第14話寝床
風呂上がり、昨日と同じように彩亜の髪を乾かし終えた俺はゆったりと湯船に浸かっていた。今日は100点中23点らしい。手厳しい人だ。
今日はいつになく不機嫌な時間が多かった彼女だったが、家に帰ってきてからは調子を取り戻したようで今日はにくじゃがを食べて満足げな表情を浮かべていた。
前世でも街の食事を気に入っていたあたり、彼女は割と庶民舌なのかもしれない。
それにしても、落ち着かんな…妙に風呂が広いせいか、一人だとどうも落ち着かない。
王城にいた頃は騎士団の団員全員で入るのが決まりだったから、一人で入るという経験は少ない。そのせいもあってかこういう状況になると妙にむずむずしてしまう。…このお湯が彩亜が入った後のものということもあるかもしれないけれど。
それとこの風呂場、脱衣所から丸見えなのだ。間にはガラス一枚がこの空間を隔てているだけでこちらの様子は丸見えだ。今彩亜が入ってきたら俺の裸体を見られることになってしまう。そうなると結構恥ずい。
早いところ上がってしまおう。今日はちゃんとベッドで寝るんだ。
俺はそそくさと風呂掃除を終わらせると寝巻きに着替えて脱衣所を出た。
風呂を出た俺は与えられている自室へと戻った。ここは俺の部屋の家具をそのまま持ってきて配置した部屋らしいが、前の部屋がこの部屋よりも狭かったこともあり、少々寂しい景色になっている。
しかし、寂しさの原因はその一つだけではないようだった。
「あれ?…ベッドが無い?」
妙に寂しいと思ったらベッドが無いではないか。俺の部屋の家具で一番大きな家具がなくなっている事への違和感は隠しきれるものではない。彩亜は確かに家具をすべて持ってきていたと言っていたのだが…他の部屋に置いてあるのだろうか?
俺は取り敢えず彩亜の部屋へと向かった。彼女は風呂に入ったらすぐに寝るタイプだから、おそらく部屋にいると考えられる。少々気は引けるが、寝るところが無いのでは仕方がない。
彩亜の部屋の前まで来た俺は扉をノックする。中からの返事の声を聞いた俺はゆっくりと扉を開けた。
中に入ると、大きなベッドが目に入る。周りはぐるりとカーテンで囲まれており、こちらからは中の様子を見ることはできない。
その声はベッドの内側から聞こえてきた。
「どうしたのかしら?冷蔵庫の飲み物だったら好きにしていいけど?」
「…あの、俺のベッドが無いんですけど」
「あぁ、無いわね。だって必要ないじゃない?」
「必要に決まってるでしょうが。俺どこで寝ればいいんすか」
「ここで寝ればいいじゃない」
…何を言ってるんだこの人。
衝撃のあまり、沈黙が俺と彩亜の会話を遮った。彩亜の言い分としてはこのベッドで一緒に寝ればいい、ということらしい。一緒に寝れるわけねーだろ。頭沸いてんのかコイツ。
「…その沈黙はYESかしら?」
「NOです。NOに決まってるでしょ。いいから早く俺のベッド返してくださいよ」
「もう無いわよ。黒服に適当に処分してもらったわ」
…嘘だろ。この人俺の私物を勝手に…いや、それも今更な話だがな。
寝床がなくなったのはこの際仕方ないことにしよう。問題はこの先だ。今日はソファで寝るのが無難なところだが…彼女がそう簡単に逃がしてくれるとは思えない。きっとなにかしら企んでいるに違いない。
ここはこっそりとこのまま…
「どこに行くの?話はまだ終わってないわよ」
「…今日はソファで寝ます。おやすみなさい」
「あら、主人である私の誘いを断るのね。…なら、グレイ。これは命令です。私の隣で寝なさい」
「…」
「売り飛ばすわよ」
「…なんか眠くなってきましたね」
くっそ、逃げられなかった…あっちに主導権を握られている以上、下手に逆らうことは避けたほうがいい。この人は容易に人の首を切ってくる。
まさかこの人と一緒に寝ることになるとはな…人生っていうものは分からないものだ。すごく気が引ける…
俺は意を決してカーテンを少しだけ開いて中へと入る。その先の光景に俺は驚愕した。
「なっ!?」
「?」
中にはブランケットを纏った彩亜の姿。そのブランケットは胸元まで隠しているが、それ以上は丸見え。肩から上の彼女の肌を隠すものはなにもない。
雪のような白くきめ細やかな肌は露出し、俺の視線を惹きつける。
ふと過る前世の記憶。風呂上がりの彼女は元来、裸族だ。
「さ、彩亜!?!?」
「どうしたのよ。そんなに困惑して?」
「服!なんで…」
「…あぁ、言ってなかったっけ?私、寝るときは裸なのよ」
「やっぱりソファで…」
「いいから来なさい。ほら」
彩亜は自分の隣に来いと言わんばかりにぽんぽんとベッドを叩く。ここで逃げたら多分殺される。社会的にも。
俺は彩亜に手を引かれてズルズルとベッドに引きずり込まれる。ベッドに残るぬくもりが俺の鼓動を加速させる。
「っ、やっぱ恥ずいっすよ…」
「なにも寝るだけだから緊張しなくていいのよ。私の騎士なんだから、私が寝る時は私の一番近いところで守ってくれないと。…それとも、”そういうこと”を期待してるのかしら?」
意地の悪い笑みを浮かべた彩亜は俺の胸に人指し指を突き刺してくる。俺の心の内を見透かされているようで、俺の心臓の鼓動はますます加速していく。
なんとか落ち着こうと呼吸を整えていると、頭の上にあるクッションが目に入った。それにはでかでかと『YESの』の文字。裏返してみても『YES』だ。
「…なんすかこのクッション」
「気になる?それは私とグレイの関係を表したものよ」
「俺と彩亜の関係?」
「えぇ。私とグレイの関係に『NO』は無い。『YES』だけ。でしょ?」
「…可愛くない考え方っすね」
俺には逃げ場が無いことを再確認させられたところで無心で仰向けになる。彩亜が照明を消したところで部屋は暗闇に包まれた。
いよいよなのかと悶々としていると、柔らかな感覚が俺の腕に押し付けられた。女性の柔らかな部分と言えば言わずもがな、アレだろう。
「…近くないっすか」
「このぐらいがちょうどいいのよ。貴方もそうでしょう?」
俺としては直ちに離れてほしいところだ。俺の意識が途切れるまで理性が持ちこたえてくれるかが不安である。
精神統一を兼ねた訓練だと自分に言い聞かせてまぶたを落とす。腕に激しく主張してくる感触に必死に耐えながら意識を落とそうと努力していると、今度は俺の胸元に彼女の手が這い回ってきた。
「…貴方、生きてるのね」
「そりゃ生きてますよ。じゃなきゃここにいません」
「…時々、こう思うの。貴方はただの幻想で、本当は生きてないんじゃないかって。全部嘘で、いつか覚めてしまう夢なんじゃないかって」
らしくなく、か弱くて、不安が色濃く見えるその声に俺は動揺してしまう。以前にも見た彼女の年相応の弱さが見えた瞬間だった。
「ねぇグレイ、私の手を握って」
「…こうですか?」
「もっと強く。少し痛いぐらいに」
胸元にあった彩亜の手をぎゅっと握る。暗闇の中で満足そうな微笑みが隣からこぼれた。
「ふふっ…今世では離れないでね」
かき消されてしまいそうなほどの小声で彼女はそう呟いた。
彼女は今何を思い、どんな表情をしているのだろうか。わざわざ明かりをつけて確認するだなんて野暮なことはしない。でも、彼女はどうしてこれほどまでに俺を求めているのだろうか?
そんなことを考えているうちに、俺の意識は闇の中へと沈んでいった。
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