第13話嫉妬

「へい灰くん、今日の放課後空いてる〜?」


 HR終わりに七海が俺の元へとやってきた。あいも変わらず彩亜のことなの気にも止めていないコイツは堂々と俺に突っ込んでくる。半ば飛びつくようにして飛びついてきた七海を俺は受け止めた。


「ぅおっと…突っ込んでくるなあぶねーだろ」


「えへへ、灰くんのいい匂い…」


「嗅ぐな嗅ぐな。男臭いから」


 七海は俺にお構いなしに俺の胸に顔を埋めてくる。コイツは遠慮という言葉を知らないらしい。まったく、こんなことばかりしているから夫婦だの何だの周りから言われるのだ。苦労するのは俺なんだぞ…


「…で、灰くん放課後空いてる?空いてるよね?だって私の誘いだもんね〜?」


「強制かよ。…いいですか」


 彩亜の方へとチラリと目線を向けると、恐ろしく真顔な彼女の表情が目に入った。一見穏やかに見えるその表情も裏にはおぞましい感情で溢れているに違いない。彼女からにじみ出るはずのない冷気がにじみ出ている。


「…良いとでも言うと思ってるの?」


「…ダメっぽいわ」


「えー?別に彩亜ちゃんが決めることじゃないじゃん」


「ダメよ。決定権は私にあるの。気安くグレイに触らないで頂戴」


「急に来て所有権主張されても付き合いが長いのは私の方なんですけど?」


「私とグレイは前世からの付き合い…つまり運命共同体なの。貴方みたいな小娘が語らないで」


 …また雲行きが怪しくなってきた。こいつら少しは仲良くしようとか思わないのか。

 白熱する二人のにらみ合いにクラスがざわついていく。紅蓮に助けを求めようと目線を向けるが、既に教室を出ていったらしくその姿はなかった。逃げ足は速いんだよな。


「グレイ、迎えが来てるわ。行くわよ」


「へいへい。…わりぃな七海。また埋め合わせは今度するからさ」


「むー…厄介な女」


 彩亜にぐいぐいと引きずられるようにして俺は教室を出た。




 リムジンに乗り込んだ彩亜は俺の隣に座った。心做しかいつもよりも距離が近い。理由としてはその不服そうな表情が物語っているだろう。

 こういうときはすぐに対処しないとずっとこのままだからな。悪即斬が一番である。


「…彩亜」


「なによ。別に怒ってないわよ」


「それは怒ってる人のセリフなのよ。…どうしたんですか。なにか嫌なことでもありましたか?」


「…グレイ、貴方あの七海とかいう小娘とはどんな関係なの?」


 小娘て。まぁこの人からしたら小娘なのかもしれないけど…


「別に、ただの幼馴染ですよ。特別な関係じゃありません」


「えぇ。そのようね。あんなふうに抱きついたり、あーんしたりしてるのよね。特別な関係でもないのに」


「うっ…そう言われると返す言葉がないです…」


 流石彩亜。人の痛いところをついてくるのがうまい。

 あれは単純に七海がやってくるから俺が付き合ってやってるだけだけど、旗から見たら勝手にイチャイチャしてるだけだもんな。


 …待てよ。なんでこの人俺の事好きでもないのに怒ってるんだ?


「…私と一緒のときにはあんな表情見せないくせに」


「…もしかして彩亜、嫉妬してる?」


 俺の言葉に彩亜は僅かに肩をピクリと動かした。


「…してないわよ」


「ほんとに?」


「ホントよ!年甲斐もなくあんな小娘に嫉妬なんてしてないんだから!」


「年甲斐もなくって貴方まだ16でしょうが」


「前世も含めたら78よ!いい年こいた立派なババアよ!!!」


「こらこら、ババアとか言うんじゃありません」


 取り乱した彩亜を見て俺は図星だったことを確信する。

 どうなだめたものかと悩んでいるうちにも彩亜の口からは不満が漏れ続ける。


「大体なんなのよあの小娘!人の騎士ナイトを勝手に奪っておいて”私の幼馴染”とか…不敬罪も良いところよ!斬首!斬首刑よ!!!」


「勝手なところで言ったら俺の人権を侵害してる彩亜も大概だと思うんですけど…」


「私はいいのよ!王女だもん!」


 今はちげーだろ。ご令嬢だけど。


「こうなったらヤケよ…自棄酒よ!グレイ!ボトルを!!!」


「ダメに決まってるでしょうが。いいから落ち着いてください。まだ飲酒できる歳じゃないでしょう?」


「自棄酒もできないなんて…なんて不便な国なの…!」


 まったく、横暴なことしてるからこうなるんだよ。この人はいつになっても自棄酒癖は治ってないらしい。

 …しょうがないな。


「…サイア様」


「…えっ」


 俺は彼女の手を取る。そしてそのまま手の甲に軽く口付けを落とした。刹那に行われた行動は長い余韻を彼女に残す。

 女性が落ち込んでいる時は確かこうすると前世でサイア様に教わった。彼女に対してやるのは初めてだが、きっと悪い気はしないはずだ。


 鳩が豆鉄砲を食らったような表情の彼女の反応を待つ。次第に彩亜の顔は赤くなっていった。


「ななななな、貴方何を…!」


「あー、女性が落ち込んでるときにはこうしろってばあちゃんから教わってて…」


「ッ〜、貴方、余計な事は覚えているのね…」


 彩亜はそう言って額に手を当てる。教え込んだのは貴方ですよ。

 彩亜はそのまま両手で顔を覆い尽くすと俺の肩にもたれかかってきた。


「…今日のところはこれで許してあげる」


「お気に召して何よりです」


 その後数分間、彩亜は顔を覆ったままだった。そんなに恥ずかしかったのかな…?

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