第12話闘争

「灰くん、お昼一緒に食べよ!」


 昼休み、俺の席へと七海が駆け寄ってくる。横から突き刺さる鋭い視線は言うまでもないだろう。

 いつもならお弁当を持ってきているところなのだが、今日は生憎寝落ちしてしまっていたために持ってきていない。学食を利用するしか無いだろう。

 ただ、心配なのはうちのご主人様のことだろう。


「あー、いいけど…彩亜」


「私も行くわ。主人を置いて行くだなんて不作法な事、貴方はしないでしょう?」


「むー…ついてこなくていいのに」


「ついてこなくていいのは貴方のほうよ。グレイと私の二人の時間を邪魔しないで頂戴」


 …まただ。二人の間で火花が散っているのが見える。うちの国では美少女同士の戦いは元来美しいものとされていたが、あんなのはただのまやかしだ。こんなに恐ろしいものを見せられて胃を痛めるこっちの身にもなってくれ。

 

「灰くん、行こ!」


「行くわよグレイ。エスコートして頂戴」


 ぎりぎりと響く胃痛をこらえながら、俺は両手を二人に貸して食堂へと向かっった。



 例に漏れず、食堂は大盛況だった。この時間帯の学食は必然的に混み合う。味が美味しいのは勿論、学生向けにリーズナブルなお値段になっていることもあるだろう。

 混み合う食堂内では空いている席も少ない。だから、必然的に俺達は詰めて座ることになるのだが…


「むぅ”ぅ”…」


「…ふん」


 俺を挟んで二人が睨み合っている。剣呑な雰囲気は賑わう食堂内を包み込み、周りの生徒もこちらの様子をチラ見してくる。ちょっと誰か助け舟出してくれませんかね。

 

 二人の間で俺はちびちびとハンバーグ定食を食べ進める。この食堂に来るときはいつもこの定食を頼んでいるのだが、今日ばかりは胃痛と状況が邪魔して中々喉を通ってはくれなかった。早いところ食べ終えてここから立去りたいというのに、もどかしいものだ。


「…灰くん、あーん♡」


 なんの試練だろうか。七海は食べていたオムライス定食をスプーンでひとすくいしてこちらに差し出してくる。それはつまり、付き合いたてのカップルがよくやるあれ…『あーん』をしろということだろう。

 ただでさえそんな事は恥ずかしいというのに、こんな状況でやるとか俺の幼馴染はどんな度胸をしているのだろうか。


「…気でも狂った?」


「いいから、ほらほら。オムライス美味しいよ〜?」


 まるで子供をあやすように俺にスプーンを近づけてくる七海。あくまで俺に選択肢は無いらしい。

 普段だったら適当にあしらうかそれでも引かなかったらさっさと食べて終わるのだが、今回ばかりはそうも行かない。人の目が集まっているし、何より隣の御主人様がすごい形相で見てくる。このまま食ったら俺不敬罪で殺されちゃうんじゃね?


「はい、あーん」


「んぐっ!?」


 こいつ、俺の口に無理矢理…!

 急な出来事に困惑しながらも俺は数回の咀嚼を経て七海を睨みつけた。


「お前…」


「どう?美味しい?」


「美味しいけどさ…」


 俺は恐る恐る彩亜の方へと目線を向ける。奴隷を見下すようなその表情。眉間に深い皺を作って心底不愉快そうにこちらを見つめるその表情は間違いなく彼女の心境の写し鏡となっているのであろう。

 対象的に満足げな七海を見て俺はため息をついた。


 どうしたものかと思考を張り巡らせていると、俺の制服の袖が引っ張られる。無論、彩亜の仕業だ。一体どんな罰が下されるのかと身構えていると、彩亜は俺のハンバーグ定食を指さして言った。


「グレイ、私にあーんしなさい」


「…はい?」


 彩亜の口から出た言葉に俺は耳を疑った。思考停止した俺に間髪入れずに彩亜はスプーンを差し出してくる。


「これは命令よ。早くしなさい」


「えぇ…?」


「ちょっと!灰くん困ってるでしょ!」


「これは私とグレイの問題。貴方には関係の無い話よ。…出来るわよね、グレイ?」


 気難しい彼女のことだからよくは分からないが、彩亜はおそらく七海と張り合っているのだろう。前世から彼女はこういうところがある。何かと負けず嫌いな彼女はときには魔物にだって挑んでいたほどだ。


 プライドの高い彼女のことだからきっと俺があーんするまでこのままだ。彼女を満足させるには、やるしか無いのだろう。

 とは言えなぁ…相手は彩亜。転生したとは言え同い年の年頃の異性にあーんをするということは多少なりともドキドキする。顔立ちだって申し分無いぐらいに整っているし、本性を知らない人からすれば一目惚れの対象になること間違いなしだ。そんな彼女にあーんとか…俺にだってそういう感情ぐらいあるのだ。


 心に残る多少の羞恥心と抵抗感に蓋をし、俺はスプーンを手に取った。


「…はい、あーん」


「灰くん!?」


「ふふっ、それでこそ私のグレイよ。あー…」


 彩亜は俺の差し出したスプーンを口に含んだ。先程の剣幕はどこへ行ったのやら、彩亜はとても満足げな表情で俺の後ろの七海を見つめた。


「…悪くない味ね。グレイが食べさせてくれてるから、かしらね」


「なぜ平然とそんな恥ずかしいことを…」


「ぐぬぬぬ…私の灰くんを…」


「ふふ、貴方にはできないでしょうね。”ただの”幼馴染の貴方には」


 煽るような彩亜の口調が琴線に触れたのか、七海は拳を握りしめてわなわなと震えている。


「…七海?」


「灰くん、私にもやって!!」


「いや、無理無理はずいし…」


「彩亜ちゃんにやったんだから出来るでしょ!何なら口移し!口移しでいいから!」


 なんだよ口移しでいいって。悪化してんじゃねぇか。


 その後、七海をなんとかなだめて教室に戻るも、あーんのことが既に噂になっていてまた苦労することになるのは別の話。

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