第11話ライバル
ピピピピ
「ぅ…」
俺の耳を劈くようなけたたましい音が俺の意識を表面へと引きずり上げる。目を開くと見覚えのあるような無いような天井。そこに取り付けられている大きな照明で俺は自分が彩亜の家にいることを思い出した。
体をゆっくりと起こす。どうやら昨日はこのソファで寝落ちしていたらしい。かなり疲れていたからしょうがないだろう。
とは言え、この後の彩亜が怖い。せめても朝ご飯でも作ってご機嫌取りでもしておこう。
冷蔵庫を開いた俺は昨日スーパーで買い溜めしておいた食材の中から適当な食材を取り出して作り始める。確か彼女は前世では朝はパン_あっちの世界にはお米というものがなかったのだけれど_だったはずだから取り敢えずパンに合うものにしよう。
「ふわぁ…」
せっせと準備を進めていると彩亜がリビングへとやってきた。いつも凛々しいその
瞳は朝だとまだ眠気の残るトロンとした瞳になっている。
「おはよう彩亜」
「おはようグレイ。…貴方ずっとここで寝ていたのね」
「あはは…寝心地良くてさ」
「まったく、寝るところがあるんだからそこで寝なさい。変な寝方をするとかえって疲れるわよ」
呆れたような口調で彩亜は言う。孤児だった俺としては寝床があるだけで満足なのだが、元王族の彼女には分からないことなのだろう。根本的な部分から価値観が違っている。
クッションを片手にソファに座った彼女は水色のネグリジェを纏っている。前世でも同じような服が部屋にあったが、何しろ彼女の風呂上がり姿は見たものが一人二人いるかというほど貴重なものであったから見る機会は少なかった。
こうしてみてみるとなんというか、年相応の魅力がある。あとは性格さえ丸くなってくれたらなにも言うことは無い。そんなことあるはずもないのだろうけど。
「そんなに熱い視線を送ってどうしたのかしら?私が服を着ているのがそんなに違和感ある?」
「服を着るのは当たり前でしょうが。…朝ご飯作りますけど、食べます?」
「えぇ。ありがたくいただくわ。学校までまだ時間もあるし、ゆっくり食べましょう」
少しだけ想像してしまった彼女の寝顔を振り払い、俺はフライパンに卵を落とした。
登校はあいも変わらずリムジンでの送迎だった。
降りた時に突き刺さる視線と言ったら痛いってもんじゃない。あんなリムジンから俺みたいな奴が降りてきたら誰だって驚くのは当然なのだが、見られているほうもそれなりに緊張するのでジロジロと見るのはやめてほしい。
なんとか教室へとたどり着くと、紅蓮が俺を廊下へと連れ去った。彩亜はどこか怪しげな目で俺と紅蓮を見ていたが、追いかけてくることはなかった。…バレないといいんだがな。
無言だった紅蓮の口から飛び出た声は実に情けないものだった。
「どうするんだよ団長〜!このままじゃ俺死んじまうよ…」
「ちょっとまて、何がどうした。なんで死ぬ?」
「何って、”魔女様”の事だよ!」
魔女様、というのは彩亜のことだろう。
前世でのあだ名の『氷の魔女』は騎士団の中でも使われていて、よく不満を漏らす団員が愚痴っている時に使っていたのを覚えている。
「団長、もう噂になってるぜ?美少女転校生が灰色の髪の召使いを連れて歩いてるって」
…サイアク。流石に噂にならないわけが無いのだが、なんというかまた縛られている感じがして嫌だ。実際には縛られているのだけれど。
「きっとこの学校を裏から掌握して支配しようとしてるんだ…団長、なんとかしてくれよ!」
「待て待て落ち着け。まずはその手を俺の肩から離してくれ!」
紅蓮の手を無理矢理引き剥がした俺は一旦彼をなだめる。コイツも彩亜には軽いトラウマがあるらしく、あること無いこと想像しているようだ。
まったく、闘神様はどこに行ったんだか、今のなよなよした彼からは見る影も無い。
「なんとかできねぇのかよ団長!俺達このままじゃまた魔女様に…」
「安心しろ。俺はもう尻に敷かれてる。どうにかしたいならお前でなんとかしてくれ」
「そんな…俺にどうしろって…」
「そんなところでなにしてるの?」
紅蓮ががっくしと肩を落としたところで一人の女子生徒が俺と紅蓮の元にやってくる。肩ぐらいで整えられた茶髪を揺らしながら、桃色の瞳を俺に向ける。
「七海」
彼女の名は
「おはよう灰くん。今日も髪は灰色だね」
「そんな簡単に変わってたまるかよ。撫でるな撫でるな」
七海は俺の髪に手を入れてわしゃわしゃと撫でてくる。犬か俺は。
「で、紅蓮くんと何話してたの?いつになくなよなよしてるけど?」
「聞いてくれよ七海〜魔女様が…」
「魔女様?」
「彩亜の事らしい。なんでも、怖いだとかなんだとか」
俺がそう伝えると、七海は少しムッとした表情になる。整った顔立ちをしているからこそ彼女の表情は分かりやすい。
「呼び捨て。誰の許可を貰って他の女を名前で呼んでいるのかな?」
「な、なんだよ。別にいいだろ」
「良くない。灰くんは誰にもあげません」
「いつから俺はお前のものになったんだよ。あんまり年頃の男子にそういういこと言うんじゃありません」
「ちぇっ、灰くんのにぶちん…」
「グレイ」
呆れた様子の七海に困っていると、教室の方から彩亜がやってくる。ビビった紅蓮が俺の背後へささっと隠れた。俺を盾にするな。
「主人を置いて談笑にふけるとはいい度胸ね。少しは私の相手をしてくれてもいいんじゃないかしら?」
「朝ぐらいいいじゃないっすか…」
「…彩亜さん、随分と灰くんと仲良さそうだね」
「えぇ。グレイは”私のもの”だもの」
その強調された言葉に場の空気が凍りついたのが分かった。いつぞやの彼女の氷結魔法を思い出すその空気に背後で紅蓮の震えが加速しているのが分かる。
「それってどういう意味かな?灰くんは”私の”幼馴染なんだけど?」
「随分と独占欲が強いのね。グレイはウチの召使いなの。私が雇っているのだから、私のものでしょう?」
「…二人共?」
ただならぬ雰囲気に一応二人に声をかけてみるが、どうやら俺の声は届いていないらしい。…二人の目線の間で火花が散っているように見えるのは俺の気の所為だろうか。
「へぇ、召使いね…一応言っておくけど、灰くんは私にぞっこんだから」
「なっ!?」
「…ふぅん?そうなのグレイ?」
「いやっ、そんなわけ無いでしょ!七海!」
七海は俺の呼びかけに答える事はない。笑っているのに笑っていない彩亜の表情がとてつもなく恐ろしい。
キーンコーンカーンコーン
「あ…時間だ」
「どうやら時間切れのようね。行くわよグレイ」
「灰くんは渡さないもん…」
火花散る二人に挟まれて俺は教室へと戻った。
「…団長、今回も女運には恵まれてないのな」
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