第5話人身売買は程々に
昼休み。本来ならば穏やかな時間を過ごすべき時間帯なのだが、今日のところは穏やかではなかった。
今日の朝、突如として転校してきたサイア様…いや、彩亜によって落とされた爆弾のせいで俺はずっと質問攻めだ。
やれいつから付き合っていたのだだの、どういう経緯でお付き合いしているのだだの、回答に困るものばかりだ。
紅蓮に助けを求めようにも、彩亜を見てビクビクしているばかりでまるで使い物にならない。あの頃の一番隊隊長はどこに行ったんだか。…まぁ、相手が彩亜なら無理もないか。
取り敢えずクラスの奴らの手から免れるために俺は屋上へと赴いた。
この学校、七星学園の校舎は南と北で二つに分かれている。北の校舎は普段俺等がいる教室がある校舎で、あちらの屋上は人で賑わう。しかし、教室から多少の距離があるこの南校舎の屋上は人が少ない。最近じゃ、老朽化が進んでいることもあってか近寄る人は少ないのだ。
それにしても疲れたな…あいつら、有ること無いこと言いやがって。こっちは急に巻き込まれて困ってるんだよ。取り敢えず、弁当でも食べて休むか…
持参した弁当箱を開こうとしたその時、屋上の扉はこすれた金属音を上げて開いた。
「え」
「あらグレイ、ここにいたのね」
俺の目線の先、扉の前にはストレスを生み出した張本人の彩亜が立っていた。
俺を見つけた彼女はゆっくりとその歩みを進めて俺の隣に座り込む。昨日とは打って変わって我が校のセーラー服に身を包んでいる。
「主人を放って一人昼食だなんて従者として失格だとは思わなくて?」
「俺はいつから彩亜さんの従者になったんですか…」
嘆息した俺を見て彩亜はどこか満足げだ。この悪魔め…
「貴方はウチで買い取ったから。今日から私の召使いよ」
「…はい?」
「あぁ、あの借りてた家も契約解除しておいたから。今日から私と一緒に帰るのよ?」
「ちょちょ、ストップストップ。…理解が追いつかないんですけど」
するすると彩亜の口から出てくる言葉の数々に俺は混乱を隠しきれない。
俺を買い取った?今日から召使い?今日からあの家に帰る?…何を言っているんだこの人は。
「今言った通りよ。貴方は私に”買われた”の。つまり、私の”所有物”なの」
運命とは不思議なものだ。時代も世界も超え、ようやく自由になれたと思ったら、またこの姫様に縛られることになるとは。
穏やかな日々は簡単に崩れ去る。あの時も、今も同じだ。
「えっと、俺はなんの偶然か彩亜さんに買われて、召使いになったと…急すぎません?ていうか、勝手に人身売買しないでくださいよ」
「人生っていうのはそういうものよ。…美味しそうなサンドイッチね」
そう言ってはぐらかした彩亜は俺のお弁当箱に目線を落とす。今日は面倒だったので簡単に作れるサンドイッチにしてきたのだ。
「一つ頂戴」
「…彩亜さん、お弁当は?」
「無いわ」
「学食のほうが美味しいもの食べられますよ?」
「行くのが面倒なの。いいから早く。あー」
そう言って彩亜は小さく口を開いてこちらにアピールしてくる。自分で取って食えばいいものを…
俺は嫌々ながらにサンドイッチを一つ取ると、彼女の口に向かって差し出した。
「あーん…中々悪くない味ね」
彩亜はぱくりと一口かぶりつくと、表情を何一つ変えずにそう呟いた。さらっと上から目線なところがどうにも彼女らしい。
「もう一口頂戴」
「自分で食べてくださいよ…」
「あら、貴方は私の従者でしょう?私の気まぐれで貴方を裏の方に売り払うことだって出来るのよ?」
「…どうぞ」
なんたる脅しだろうか。高校生がやっていいものじゃないだろう。裏の社会になんて売り払われたら俺の体はきっとバラバラに…恐ろしい。
「お気に召しましたか彩亜様?」
「彩亜でいいわ。…まぁ、及第点ってところね。これから精進なさい」
「有難きお言葉です」
「変にかしこまらないで。…もうそういう貴方は見飽きたの」
そう言われてもなぁ…相手がサイア様だと思うと自然とこうなっちゃうんだよな。前世からの癖が完全に染み付いてしまっている…
だが、今はもうグレイ・アレグリアではなく柊灰だ。彼女と新たな関係値を築いていけばいい。こうなってしまったからには仕方がない。どうにかしてこの状況への打開策を探しつつ、少しずつ関係値を作ろう。
「えと、それじゃ、彩亜…」
「それでいいのよ。さ、そろそろ時間ね。グレイ、教室に戻るわよ。…グレイ?」
立ち止まった俺を見て彩亜は首をかしげる。まぁ理由は言わなくても分かるだろう。
「別々で戻りません?」
「どうして?」
「それは、その…クラスの奴らにまた色々と言われるんで」
「別にいいじゃない。減るものじゃないわ」
いや、そうだけど…俺の心がすり減るんだよ。
「四の五の言わずに行くわよグレイ。いつも通りエスコートして頂戴」
そう言って彩亜はその片手を差し出してきた。手を握れ、ということなのだろう。前世では触れることすらもできなかったというのに、随分と距離が近くなったものだ。
俺はそっと彼女の手を取る。崩れてしまわないように、花に触れるような感じで。
「…いつも通りって、俺達会ってまだ二日目ですよね?」
「…えぇ、そうだったわね」
この後、手を繋いでいた事に関してまたクラスメイトに詰められることになった。
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