第4話いたずらな姫
あれから一夜が明けて、俺はいつも通り登校している。
まさかの再会に驚きはあったが、世界はいつも通り進んでいく。いつまでも彼女に囚われてしまってはよろしくない。今世では自由に生きていくと決めたのだ。
「おはよう団長」
不意にかけられた声に顔を向ける。そこには俺に負けず劣らず個性的な赤髪の男が立っている。
彼は
そして、彼もまたあの世界から転生してきた人間の一人。あの世界では俺が取りまとめる王国騎士団の一番隊隊長として数々の戦場を共にした仲だ。
中学で出会った俺達はすぐさま意気投合して派手髪コンビとなった訳だが…こいつ未だに団長呼びなんだよな。歯がゆいからやめて欲しい。
「…その呼び方はやめろと言ってるだろ。誰かにバレたらどーすんだよ」
「バレるって誰にだよ?俺ら意外に知ってる奴なんていねーって」
「それはそうだけど…なんかあの頃に戻ったみたいでむず痒いんだよ。やめようぜ。あの時の俺は一回死んだんだよ」
「相変わらずお硬いねぇ」
前世の話題とか言う普通の男子高校生なら話さない話題で駄弁っていたところ、担任の先生がやって来た。HRの始まる時間ということもあり、生徒達は各々の席へと座る。
「はい、皆さんおはようございます。いきなりですが…今日は転校生の紹介をします」
「おっと…?」
転校生、というワードに反応してクラスがわぁっと盛り上がる。どんな人なのか。男か女か。イケメンなのか美少女なのか。クラスは朝とは思えない盛り上がりを見せた。…俺一人を除いて。
「おいおい、転校生だってよ!…団長?」
「…ん?ぁ、そうだな…」
俺の脳裏に過ったのは昨日別れたばかりの彩亜の顔。
…まさかな。昨日はうまくやれたはず。記憶が無いと分かった彼女が今更追いかけてくるなど…
「それじゃ、入ってきて」
先生が廊下に向かって言うと、一人の女子生徒が教室へと入ってくる。
すらっと伸びた背筋。ふわりと揺れる濃紺の頭髪。歩く姿はまさに花のよう。その姿を見て、俺は顔を手で覆う。隣でも紅蓮が声を出して驚いているのが分かった。
「…水無月彩亜です。よろしくお願いします」
俺が一番危惧していた事態が今、目の前で起こっていた。
突如とした彼女の襲来にクラスは大盛りあがり。主に男子。美少女には誰だってときめくものだ。それが前世に使い回された姫じゃなければな。
「おい、団長…」
「…紅蓮、何も言うな」
「今日から彩亜さんはこのクラスでみんなと一緒に授業を受けてもらうことになります。席は…柊くんの横が空いてるわね」
都合の良いことに、俺の隣は空席だ。運命の悪戯にしては性格が悪すぎる。神様は俺のことが嫌いらしい。
クラスメイト達の視線を集めながら彩亜は俺の隣に座った。頼む、何も喋らないでくれ…
「また会ったわね柊くん?」
彼女の口から俺の名が出たことで集まっていた視線が今度は俺に向けられる。この人、俺の逃げ道をなくそうとしてるのか…?このままだと変な勘違いをされる…
「な、なんのことでしょうか…?」
「あら、覚えてないのかしら?昨日はお話したじゃない…」
クラスメイトからの視線が鋭いものへと変わっていく。主に男子からの視線だ。痛い。ただひたすらに痛い。
「…あら?お隣の人は…」
「はは…は…」
紅蓮ももはや笑うことしかできなくなっている。彼もまた虐げられていた人間の一人だ。
「それじゃ、分からないところがあったら柊くんに聞いて。みんなよろしくね〜」
そんな担任の無責任な言葉で俺は彼女を押し付けられた。…困ったぞ。完全に油断していた。俺の隣には冷や汗をかきまくっている紅蓮。こんなの問い詰められたらどう説明すれば…
「ねぇグレイ。私結構諦めが悪いの。知ってるでしょう?」
「俺は柊灰なんですが…」
「私からすれば貴方はグレイなの。この呼び名が気に入らなくて?」
「いや、そういうわけじゃないんですが…」
彼女の諦めが悪い性格は前世から変わっていないようだ。なんと都合の悪いことか。あそこで諦めてくれれば良いものを…!
どうしたものかと状況の打開策を練っていると、俺の机の周りに人だかりができる。全員男子だ。その瞳に光は無い。
「灰ー?ちょっと聞きたいことがあるんだが…」
「どういう関係なのかな〜?」
先程の俺と彩亜のやり取りと聞いてか、男子たちが詰め寄ってくる。彼女に飢えた亡霊たちが俺を引きずり込もうと心のない目を向けてくる。
「い、いや、ちょっと待て!誤解!誤解だ!俺とこの人は別に…」
今から適当な言葉を並べて取り繕う。そう思っていた矢先に彼女は首を突っ込んできた。
「グレイは私の家の使用人なの。身の回りのことはグレイにやってもらっているの」
「な!?」
突如として落とされた爆弾。俺含め、クラスメイトが凍りつくほどの衝撃に紅蓮も頭を抱えた。
そして数秒が経って男子からは悲鳴。女子からは黄色い声が上がる。
「そんな…灰に…灰に女が…」
「ねぇねぇ水無月さん!柊くんのことなんでグレイって呼んでるの?二人だけのニックネーム?」
「グレイは愛称よ。小さい頃からそう呼んでいるの」
「おい灰!お前だけは裏切らないって信じてたのに…」
すぐさま話題は広がっていき、俺はすぐさま男子達に囲まれる。まぁ、彩亜から離れることができたのでこれはこれでいい…のかな。
質問攻めしてくる男子の合間からちらりと彩亜の姿を見る。どこか満足げで、悪戯を思いついた子供のような顔で俺の方を見ている。この人は全く…
結局、質問攻めは昼休みまで続いた。
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