第2話再会
俺、
戦場を駆け巡り、王族に使えていた記憶。今俺がいる日本という国とは全く持って違う世界、違う国だが、確かにこの記憶は本物だ。俺は最栄国家エレナで姫様の専属の騎士として使えていたのだ。
前世では関係が悪化した同盟国からの奇襲に遭い、王城の前で力尽きてしまったようだ。うちの国家は姫様の性格もあってか外交があまりうまくいっていなかったからな。仕方ないといえば仕方ないか。
あの後俺はこの日本という国で赤子として目を覚ました。どうやら俺は転生したらしい。
なんの縁かこの灰色の髪色や顔つき、これと言って取り柄のない性格と何一つ変わっていない。他に前世の記憶を持っている奴がいたとしたら俺だとはっきり分かってしまう程に容姿が酷似している。…この国だと珍しい髪色だからちょっと不便だ。
俺はこの国ではごく普通の平民として過ごしている。親元を離れ、今はこの白波学園の生徒として勉学に明け暮れている。
この国には兵士もいなければ王家すら存在していない。近しい存在はあるが、あの国とは似ても似つかない。
あの時は穏やかな人生を過ごしたいと思っていたが、いざこうして平和な日々に叩き込まれると自分の中で戦いという存在がいかに大きかったのかが痛感出来る。
前世でもそうだったが、俺には才能が無い。特別勉強が出来るわけでもないし、それ以外になにか特技があるかと言われればそうじゃない。客観的に見てみれば、平凡な生徒だ。神様ももう少し優しくしてくれたっていいのに。
「灰ー?もう帰ろうぜ」
クラスメイトの声で俺は現実に引き戻される。時計を見やると、既にHRが終わってから30分が経過している。少し感傷に浸り過ぎていたようだ。
「あぁ、今行く」
前世のことは前世のことだ今更気にする必要は無い。今は今で全力で生きることにしよう。
「帰り、駅前のハンバーガー屋寄っていこうぜ」
「昨日も行ったばっかりじゃん」
「いーじゃんそういう気分なんだって!」
「じゃ、俺こっちだから。それじゃ」
友達に別れを告げて帰路へと着く。この国の学生は帰り道ではこうやって店に立ち寄ることも普通らしい。平和な世の中になったものだ。
薄暗くなってきた路地を一人で歩いていく。この世界に生まれてからも俺は一人なことが多い。正直もう慣れっこだったからこっちのほうがやりやすさを感じたりしている。
ふと空を見上げてみる。晴れ渡った夜空に広がるのは遥か彼方に光る星々。前世ではこうやって空を見上げることもなかった。こうして見てみると、夜空というのは綺麗なものだ。
そう言えば、サイア様もよく夜空を眺めていた。毎晩決まった時間に城を抜け出して外に星に祈りを捧げていたのを俺は知っている。
彼女がどういうことを祈っていたのかまではわからない。普段から冷たく、誰にでも突き放す態度が多かったあの人だ。きっとあの人の心の内を知っているのはあの人だけだろう。
これまたふと考えたことだが。俺が転生した、ということはサイア様も転生している可能性がある、ということだろうか。そうなれば今世では一体何をしているのだろうか。日本、はたまた他の国に生まれているのだろうか。
もしいるのだとしたら少しだけ見てみたいと感じる反面、関わりたくはないと感じてしまう。きっとあの人も俺と関わる事を望んでいない。それにこき使われるのには少々飽きた。今は勉強やらなんやらで手一杯だしな。
そんなことを考えながら前世のことを思い出した俺は重くのしかかる記憶に目線を下ろす。その先に人影があることに俺は気付いた。
普段この路地は人通りが少ない。それだけに人がいるというこの状況は異質だった。
ぱっと見たところでは大柄の男が三人。それぞれスーツで堅苦しさを感じる上に、俺が抵抗しても軽々とねじ伏せられてしまいそうな体躯だ。見た目だけで予想するのなら…マフィアとかそういう世界の人間だ。
今から引き返すのは逆に怪しまれるかもしれない。別に後ろめたいことをしていた記憶はないんだが…ここは知らない振りをして通り抜けるしか無いだろう。
意を決して俺は表情を取り繕う。できるだけ動揺を表に出さず、平然とした様子に見えるように。頼むからこのまま何事もなく通り抜けさせてくれ…!
しかし、俺の願いはあっさりと打ち破られた。
「柊灰様ですね?」
真ん中の黒服が重低音の効いた声でそう言った。まさか名前を呼ばれるとは思っておらず、俺は動揺を表に出してしまう。
その様子を見て確信したのか、男は俺の行く手を片手で阻んだ。
「お嬢様がお待ちです。どうかご同行願います」
「えぇ…」
黒服に車に連れ込まれ、状況が飲み込めないまま数分が過ぎた頃。あるマンションの前で車は止まった。
黒服に丁寧に促されて外に出ると、俺の目の前に堂々と鎮座していたのは見上げるだけで首が痛くなるような高層マンションだった。
車の中からではその全貌を拝むことができなかったが、こうして外に出て見てみると、ありえないほどに高い。首が折れそうだ。
「灰様、どうぞこちらに。中でお嬢様がお待ちです」
「あっ、はい…」
俺は黒服の言うがままに中に入ると、エレベーターへと向かう。エントランスホールだけでも目が痛くなるほどの輝かしい装飾で満ちており、その光景は俺に王城を想像させた。
エレベーターに乗り込むと、俺の周りを固めるようにして黒服も乗り込んでくる。どうしても俺を逃がしたくないらしい。まぁあんな待ち方してたんだから当然と言えば当然か。
…俺は一体何をしでかしてしまったのだろうか。この世に生を授かってからは穏便に過ごしてきたつもりなのだが、どうやら神のお気に召さなかったらしい。あぁ、神よ、命まではどうか…
あの日に見たあの人のように俺は星に祈りを込めた。
しばらく乗っていると、停止前のふわふわする感覚が襲ってくる。鐘の音と共に表示されたのは40の文字。どうやらここが最上階のようだ。
エレベーターから出ると、少し大きめの扉が見えた。どうやらこの階層にある部屋は一つだけらしい。
扉を前にして、俺の心拍数は増加していく。悪いことをした記憶は無い。きっと何かの間違いで俺は呼ばれたのだ。きっとそうに違いない。俺は自分にそう言い聞かせる。
なにかの間違いで消される人生なんて御免だ。いざとなればこの身一つで戦う覚悟で行こう。
扉が開かれると、広い玄関が俺を出迎えた。ここから見える広々とした廊下の置くにはおそらくリビングであろう空間が見えた。踏み入るには多少の勇気ど度胸がいる場所だ。
足元を見ると、靴は一つ。女物だ。つまり、この奥に黒服の言う『お嬢様』がいることになる。
「灰様、ここからはお一人でお向かいください。お嬢様が奥でお待ちです」
そう言って黒服を扉を閉めた。もう後戻りはできない。覚悟を決めろグレイ…いや、柊灰。
俺は靴を脱いで脇に揃えると、一歩ずつゆっくりと奥へと進んでいく。彼らの言うお嬢様というのは一体どんな人なのか。俺の脳裏にはかつて仕えていた王女の姿がよぎる。…まさかな。
雑念を振り切った後、俺は広い空間に出た。
暗い色で統一された内装に淡い照明が合わさって高級感が漂う。
見るからに座り心地の良さそうなソファ。大人数で使うにしても大きすぎるテーブル。俺の住んでいる世界とは違う場所のようだ。
そして大きな窓。辺りを一望出来る程の大きさの窓殻は夜景を見ることができた。
その窓際に一人佇むその姿。俺はその姿を目にした途端に固まってしまった。
少し力を入れれば折れてしまいそうな手足。すらっと伸びた背筋にどことなく儚い雰囲気を纏ったその姿は散り際の花を思わせる。
そして何より特徴的な濃紺の頭髪。幾度となく拝んできたその姿はもしかして___いや、間違いなく彼女だ。
俺の気配を感じ取った彼女がゆっくりと振り返る。翡翠色の瞳がついにその顔を覗かせた。
「遅い。貴方はいつも私を待たせるのね。___グレイ」
そこに立っていた女は間違いなく、サイア・ミスリム本人だった。
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