第8話

「なにか、嫌なことでもあった?」


 晴家さんに詰められて、彼女が死のうとしたら止めるだろうという結論に至ったので、ケアをする。


「そういうわけでもないんだけどね。ただ、この世界に適応するのに疲れてる」


 思春期でもあるし、反抗期でもあるだろう。仕方のないことだ。


「やっぱり親とかはその筆頭?」


 思春期あるある、親が嫌い。とりあえず最初は親について聞くのが無難だろう。


「いや、わたし親とは別居してるから、そういう心配はないよ」


「親と別居……。晴家さんも苦労してるんだね」


「だから心配ないって言ってるだろうが」


「口が悪い。せっかく可愛いんだからもっと丁寧にしゃべればいいのに」


 親戚のおっさんがよく言ってそうなことを注意すると、ちょっとその辺が寒くなってきた。視線を晴家さんに移すと、殺されそうな気がしたのでやっぱり逸らした。


「で、話を戻そうか。世界に適応するのに疲れてる、ってどういうこと?」


「どうしても、この世界から弾かれてるように感じる」


 彼女のバックグラウンドを全く知らない僕からしてみれば、ただの中二病罹患者のように聞こえる。


「思春期の人がよく感じる感覚。なにも特別なことじゃないんだけどね」


 彼女は自虐するように笑う。


「そうだね、なにも特別なことじゃない」


 彼女は僕の方を睨みつけてきたけど、彼女が自分で言っていたことなんだから仕方ない。


「ただ、わたしは世界にいない方が楽な気がして――」


 僕がそれに名前を付けるとするなら、「消極的希死念慮」。死後の世界が楽だとは思わないけど、この世界にいるのも嫌だから。


「でも、僕は君のいる世界は結構気に入ってるけどね」


 今はそんな考えだけど、昔は晴家さんと同じように考えていたことは、言わないでおく。恥ずかしいから。


 よく考えたら今僕が言ったこともかなり恥ずかしいけど、彼女は予想外に正直に笑う。


「別にそんな、今すぐ死ぬなんて言ってないけど」


 気づけば雨は止んでいた。

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