第3話

「この後、なにかやりたいこととかある?」


 不機嫌ながらも親切な晴家さんは、僕に希望を訊くという失態を犯してしまった。


 もちろん普通の状況であればそれはただの親切で、僕はそれに当てはまるのかもしれないが、僕にはひねくれている部分も少しとは言えないくらいには。


 だから、クラスの友達にそうするような感覚で僕に隙を与えるのは、悪手だった。


「僕は、可愛い可愛い晴家ちゃんのやりたいことをやりたい」


 結局、悪手といっても少しいじるくらいなのだけれど。


 しかしそれで相当不快になったのか、誰の目から見ても明らかな軽蔑の目線が向けられるのを、プロレスとして受け流す。


「じゃあ解散」


 もう少しくらいは冗談っぽさを出してほしい冗談に、僕は言い訳する。


「嘘嘘、冗談だよ。スタバ行こ」


「……それ、わたしに気を遣ってるんじゃないの」


「まあ僕おしゃれ男子だから、スタバとか好きなんだよね」


「そんな滑稽な性格をしておいて?」


「なんと失礼な。紳士的で素晴らしい性格じゃないか」


「表面上は紳士的でも、底が見えないのが憎たらしい」


「ごめんね、僕天才だから。底とかないんだ」


「能力の底って意味じゃない。そういうところでしょ」


 僕の軽薄な言葉に、晴家さんは僕のことを恐れ始めているのを感じ取って、僕はすぐに軌道を修正する。


 面白がられるのとか軽蔑されるのには慣れているが、恐れられるのはまだ不慣れ。


「深い話は、スタバでしてあげるよ。晴家さんは信頼できるから特別ね」


「そうやって、いっぱい誑かしてきたのかな」


「はは」


 笑いを乾かして誤魔化す。晴家さんの眼光が鋭い。


「スタバでは、全部喋ってもらうからね」


「怖い怖い。大した話は眠ってないけど」


 おちゃらけた僕の回答に、一拍置いて、晴家さんは大きく息を吸う。


「わたしは、君が、怖い」


 徐々に晴家さんの心のメッキが剥がれる。本心が露わになっていく。自ら心を開いているわけではないのに。


 それが”どういうわけか”切なく感じられて、僕は嘆息して重い空気の下、口を開く。


「そうか。ま、全部話すよ」


 僕の返答に、彼女はただ頷く。


 少しずつ人が増えていく街中。手を触れても届かないけど、一緒のグループだと思われるくらいの距離で歩く。


 再び沈んだ空気を持ち上げることもなく、目的地の看板が目に入るのに表情を動かすこともなく。


 店の目の前に差し掛かったころ、ようやく僕は口を開いた。


「僕、こう見えて人生初スタバなんだよね」


 彼女は、顔を上げた。

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