第7話 その存在


木島きい。

それが私の名前だ。

私はライトニング・スターのメンバーとして活躍している。

そんな私だけど私は...霧島幸奈。

ゆっちゃんの恋心を応援している感じだ。


まあ陰ながら、そうなれば良いな、と思っているだけなので実際はあれこれ違うかもしれないけど。

だけどこんだけ必死に動いているゆっちゃんだ。

あくまでその例の男の子が気になってない訳が無い。

転校までするぐらいなのに。


そう思いながら私はゆっちゃんを陰で変装して待って居た。

私はその男の子を見定める為にこの場所に来た。

わざわざ仕事をすっぽかして、だ。

レコーディングのお仕事の約束があったけど私は「体調不良。腸チフス。色々。おなかが痛い」と言って休んだ。


そしてこうして待っている。

私はサングラスとマスク姿で怪しまれていた。

だけどそんなのは今は良い。

私は...。


思いながら待って居ると海原高校の奥。

校門辺りから男の子が出て来た。

その横にゆっちゃんが居る。

間違いない。

例の彼だ。


私は慌てて動く。

それから2人が人通りが少ない場所に入ってから「ゆっちゃん」と声を掛ける。

すると背後を振り返ったゆっちゃんが私を見て「!?...きいちゃん!?」と声を発しながら驚く。

横に立っていた彼も愕然としている。


「学校はどう?」

「い、いや。満足しているけど...何できいちゃんが!?」

「私は彼を見定めに来た」

「彼を?何で?」


目をパチクリするゆっちゃん。

横の冴えない男性を見る。

この男性が上条一郎くん、か。

そう思いながらまじまじ見ていると上条くんは真っ赤になった。

それから私に「あの?」と聞いてくる。


「あ。私の事知ってるよね」

「ライトニング・スターのメンバーさんですよね。木島きいさん」

「そうそう。大当たりです」

「...な、何のご用事で?」

「...痴漢から助けたそうですね。ゆっちゃん。もとい、彼女を」

「そうですね...」


私はじっと彼を見る。

でもやっぱり冴えないなぁ。

何でゆっちゃんはこんな男性と?

そう思いながら見ているとゆっちゃんが「もう。彼に失礼な事を考えているでしょ」と頬を膨らませて怒る。

私は「ゴメン」と謝りながら苦笑する。


「あの頑固なマネージャーが何で許可を出したのか気になってね」

「...ああ。そういう事?」

「そう。私は...不思議に思っている」


そう言いながら私は上条くんを一瞥してから「何故彼なのか」と考える。

そして「...実は私、空き家を借りたの」と告げる。

その突然の告白に「?!」となる2人。

私は「彼の家の近所の家が空き家になっていたから借りた。それから私、当面の間そこで観察しようって思って。彼を」と宣言する。


「待って!そんなの認めないよ?!」

「そう?じゃあ一緒に暮らす?ゆっちゃん」

「そんなのも駄目でしょ!」

「うん?でもそれだったら良くない?」

「良くない!」


私は「駄目って言っても不動産業者に相談したもんね」とニヤッとする。

その言葉に頬を膨らませてあからさまに嫉妬するゆっちゃん。

私はその姿に「ゆっちゃんも暮らそうよ。...丁度、共同生活の様だし」とニコッとしながら彼を見る。

「ね?良いよね?上条さん」と彼に聞く。


「え?ええー...」

「まあもう荷物も運び入れているし。もう引き返せない。さあどうしよっか。ゆっちゃん」

「...い、いや。私は...」

「因みに私は海原高校に転校もするよー」


顎が落ちる2人。

「はい!?」と絶句しながら私を見る。

だって2人だけで放置できない。

観察の為にはこうするしかないのだ。

そう思いつつ私は「上条さんがどういう人なのか見定める」とニコッとして2人に告げてから踵を返す。


「じゃあ」

「ちょっと待って!きいちゃん!そんなの...ま、マネージャーが許さない!」

「いやいや。それはおかしいでしょゆっちゃん。貴方が認められて私に自由が無いのおかしくない?...それに貴方を支えないと」

「...確かにそうだけど」


そう言いながら「ぬぬぬ」となるゆっちゃん。

私はニコッとしながら手を振る。

そして私はそのまま歩き出す。


その中で。


私は「頑張れ、ゆっちゃん」と呟き応援していた。

ゆっちゃんだからこそ。

幸せになってほしいのである。

何故なら...彼女の泣き顔はもう見たくない。


「お母さん...そんな...」


思い出すその言葉を。

私は歯を食いしばりながら空を見上げる。

そしてそのまま胸に手を添えたまま走り出した。

誰も追い掛けて来れない様に。

こんな顔は見せたくないから、だ。



木島きい、と私は話した通り幼い頃から幼馴染だ。

幼馴染だから彼女は私の事を良く知っている。

それはどれだけ知っているかというと。

私の母親が突然、幼い頃の私達の前で脳幹出血で倒れて亡くなった時も知っている。

きいちゃんが遊びに来ていた時だったのだが。


動かない母親を見てどうすれば良いか分からなかった。

そしてその中できいちゃんは直ぐに救急車を呼んでくれた。

だが母親はその日、亡くなった。

悲しかった。


私の目の前が暗くなった。

家族を失った衝撃で。

大切な母親が亡くなった衝撃で、だ。

その中で私達は(アイドル)という役職をたまたまきいちゃんがオーディションとかのサイトで見つけた。

きいちゃんだけが輝けば良い。


そう思っていたのだけど。

私の方が輝いてしまったのだ。

だけどきいちゃんは決して批判せず。

私を笑顔で同じアイドルとして支えた。


「私が傍に居るから。ね?これから先もずっとずっと!」


きいちゃんはずっとそう言ってくれた。

私の手を握ってくれた。

どれだけ暖かったかそれが。

私にとっては女神の手に思えた。


だけど。


私は自責の念に駆られている。

本来、きいちゃんがなるべきセンターを私が奪った挙句。

私がアイドルで人気が出ている。

それは...自責の念だった。


なりたくて...なったわけじゃない。

アイドルになってみたかった。

何でアイドル?


相反する想いがぶつかっている中で私は痴漢に遭い。

猶更、アイドルを怖くて辞めたくなったのだけど。

その中で私は彼に出会った。


「大丈夫ですか」


誰もが見て見ぬふりの中。

私にとってその言葉は...きいちゃんと同じ手だった。

本当に泣きそうなぐらい嬉しかった。


だからこそ私は彼にお礼を。


そう思えたのだ。

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