三十八

 富田は殺人未遂で逮捕されたが、覚醒剤を所持しており、検査で陽性が出たことで使用の罪にも問われることになる。おまけに余罪が出るわ出るわ、窃盗に始まり器物損壊、傷害に婦女暴行まで、次から次へと発覚した。

「検事がどんな判断するかわからんけど、しばらくは塀の中やな」

 立野は独りごちた。

 自分の役目だろうと、フクにそのことを告げに行く。お節介かなとも思ったが、フクは頭を下げ、「お世話かけて……すみません」と神妙な顔で呟くように言った。

 口を開きかけた立野を制し、フクは続けた。

「アホやなと思う。富田のことやなくて、うちのこと。何を血迷ったんか、あんな人間のことを三十年も待ってたやなんて……三十年やで三十年。ほんま笑ってしまうわ。笑ってよ、立野さん」

 そう言うや、フクは目に涙を溜めた。

「富田が、ヤマト会の覚醒剤を持ち逃げした時、逃げようと思えば逃げられた。いや、別に逃げる必要も、クスリの代金を肩代わりする義務もない。岬さんにもそう言われた。でも、逃げるのは違うと思ったし、知らん顔するのも違うと思った。うちはこの町に出てきて、富田に見つけてもらって、何とか生活の基盤をつくることができた。その恩は今も忘れてへん。あいつはすぐに、ヒモみたいになったけどな」

 フクが笑う。目に溜まった涙は零れ落ちず、いつの間にか消えていた。

「挙句の果てに覚醒剤の持ち逃げ。ほんまどうしようもない人間や。それでも、なんでか見捨てることはできんかった。あの頃は……うちにはあの人しかおらんかったから……だから……代金を肩代わりすることで、いつか戻ってきてくれると考えてしもた……あの人を待つことが、うちを孤独から解放する手段ていうか……うち自身の人生を肯定するすべてになってしもてた……」

「……」

「アホや」

「いや、それはちゃうで、フクちゃん。真っすぐなんや。あんたは真っすぐな人間やという証拠や」

「……そやろか」

「うん、そや」

「でも、ほんまに真っすぐな人間なら、三十年ぶりに戻ってきた富田が、どんな犯罪者になってようが、支えるんちゃう? 出所するのを待つんちゃう?」

「……支えたいんか? 待ちたいんか?」

 フクが首を左右に振る。

「もう、しんどい。無理や」

「そやろ? 自分の気持ちに正直になれる。それが真っすぐな人間なんや」

「……うん」

「もう、大丈夫か?」

「大丈夫。富田に受けた恩は忘れへんけど、富田のことは忘れた」

「三十年前は、確かにあんたには富田しかおらんかったかもしれん。でも、今は違う。岬もおるし、玄もおる。ワシもおる。町のみんながおる」

「……うん」

 再びフクの目に涙が溜まる。そしてそれは、今度こそボロボロと零れ落ちた。

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