三十九

 玄への面会が可能になったということで、フクと岬と立野は何となく連れ立って病院に向かった。

 自然と、岬と立野が前を歩き、そのあとからフクがついていくかたちになった。フクは二人の背中を眺めた。二人とも背が高い。がっちりした体型の立野と、細身だが肩幅が広い岬。学生時代、二人はこうして町を闊歩していたのだろう。そして玄は、今のフクのように、二人の頼もしい背中を見ながら、後ろを歩いていたのではないか。思わず立ち止まり、二人の背中を眺めていた。

 と、二人が気配に気づいたのか、同時に立ち止まり、振り返った。眩しそうにフクを見ている。立野が口を開いた。

「何してるんや? 行くで!」

「はい」

 フクは小走りで二人の元へ向かった。玄もこうして、二人に「早よ来い!」と怒鳴られながらも、笑いながら後を追ったのだろう。なぜか懐かしい想いに包まれた。同時に嬉しかった。自分は、もうすっかり彼らの仲間になることができていると。


 玄は照れていた。照れながら、それを隠すように喋り続けた。

「せっかくあの世で楽しようかと思ったのに、岬のせいで逆戻りや。点滴か何か知らんけど、こんな管でつながれて……おい、岬、一生面倒みてもらうからな!」

「そんなに死にたいなら殺したる」

 岬が玄の首を絞める。その手に力が入っていないことは端から見てもわかるが、玄はおどけた顔で苦しむフリをしている。

「フクちゃんまで来てくれて……ありがとうな」

 岬の首絞めから解放された玄がやはり照れながら言う。

 フクは黙ったまま頷いた。

「おい、玄、ワシら邪魔みたいやから、帰ろか?」

 と立野。

「あ、あほ、何を言うとんねん! あ、痛たたたたた。手術の跡が痛むやないか!」

 玄がおどけて言う。

 フクは安心した。憎まれ口を叩いてはいるが、玄は嬉しいのだ。生きて、彼らと時間を共有できるのが嬉しくて仕方ないのだ。

 フクの方こそ、ここにいては邪魔になると思ったが、岬がたったひとつしかない椅子を勧めてくれた。

「玄には、点滴なんかより、あんたがいてくれることが一番の良薬や」

「な、何を言うとんねん、岬! あ、痛い、痛い!」

「おまえ、照れ隠しに痛がってるだけやろ!」

 立野が茶化す。

「アホ、ほんまに痛いんや。結構でかい傷口や。見せたろか?」

「いらん。オッサンの裸に興味はない」

 病室に笑いが広がる。看護師が飛んできて、他の入院患者に迷惑がかかるから静かにしてくれと注意された。

「談話室に行こ」

 玄は言うと、電動ベッドを起こすと、車椅子に器用に乗り移った。

 談話室のテレビは時代劇が流れていた。先客が数組いて、テレビを見たり、話をしたりしている。適度に騒がしく、ここでは多少騒いでも問題ないだろう。病院で騒ぐことの是非は別にして。

 窓際の空いているテーブルへ行き、落ち着くと、玄が、それまでのおどけた表情を消し、口を開いた。

「富田が警察でどこまでほんまのこと言うてるか知らんし、俺も警察から事情を訊かれると思うけど、みんなには話す責任があると思うから、先に話すわ。嘘は言わん。全部正直に話す。耳が痛い内容もあるかと思うけど、聞いてくれるか?」

 岬と立野が同時に頷く。フクも頷いた。

  玄の長い語りが始まった。

 玄によると、ある日、富田の方から声をかけてきたそうだ。玄と岬が言い合いをしているのを目撃したそうで、「おまえもあの岬を憎んでるんか?」と訊いてきた。

 玄は、みすぼらしい男を見て、無視しようとしたが、どうやら男は岬に恨みがあるようだったので、気になった。だから、探るために話を合わせた。

 男は名乗らなかったが、話の内容から富田だとすぐにわかった。

 富田は、フクとは言わなかったが、三十年間離れ離れだった女の居場所をようやく見つけたと言い、今すぐにでもその女に会いに行きたいが、その前に岬を殺さなければならないと怒りに燃えた目で続けた。

 富田は二十年ほど前、岬に半殺しの目に遭わされたと言った。そして驚いたことに、それ以前にも、学生だった岬に殴られたことがあると。それは、二十年前に岬に半殺しにされた時に思い出したらしい。一度ならず二度までも……富田のどす黒い怒りを、玄はひしひしと感じた。

 岬が、理由もなく人を殴るわけなどないと考えた玄は、なぜ岬に殴られたのかと尋ねたが、富田ははっきりとは答えず、あいつが俺の女に手を出そうとしているのを咎めたら、逆ギレしてきたからだと吐き捨てた。

 嘘だとわかっていたが、玄は話を合わせた。「俺もあいつを殺したいんや」と。

 富田は、手を組もうと誘ってきた。玄は喜んだフリでそれを受け入れた。

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通天閣のネオンがギリギリ届くおでん屋 登美丘 丈 @tommyjoe

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