三十五

 通天閣本通に立ち、通天閣を仰ぐ。夕陽が通天閣に重なると、あたりが一気に暗くなり、寒さが身に沁みた。ヒロシから着信が入る。玄は見つけられなかったが、手がかりを得ていた。

 玄は、新世界から少し離れた町の小さな病院を受診していた。個人情報の関係で、当然ながら詳しいことは教えてもらえなかったそうだが、女たらしのヒロシは一人の看護師を篭絡し、情報を引き出すことに成功していた。

 玄は腎臓ガンのステージⅣで、何の手も施さなければ手遅れになるが、腎臓は二つあり、癌に冒された方を摘出すれば助かる可能性が高いらしい。

 岬は、ヒロシの手柄を称え、電話を切った。

「あのアホ、まだまだ生きられるやないか」

 呟いて、思い出した。玄の父親は手術のミスで命を落としている。

「首に縄つけてでも病院へ連れて行かなあかんな」

「福」へ向かう。

 と、また誰かの視線を感じた。強く、そして粘着質な視線。あたりを見渡したが、それらしき視線の主は見つけられなかった。

「福」でビールを呷り、玄のことをフクに話した。フクは一瞬明るい表情を浮かべたが、すぐに険しいそれに変わり、「ほな、早く玄ちゃんを見つけなあかんな」と呟いた。

 岬は頷き、たまごを口に放り込み、その熱さと出汁の沁み込んだ味を存分に楽しんだ後、グラスを空にした。

 それと同時に引き戸が開き、立野が入ってきた。

「いらっしゃい!」

 岬は、立野と入れ替わるように店を出ていこうとしたが、フクに止められた。玄のことを岬の口から立野に話してあげてほしいと言った。フクなりの気遣いだ。

 岬は渋々、今しがたフクにした話を反芻した。

「そうか、あのアホ、手術さえすれば死なんでええんか」

 立野は嬉しそうな顔をしたが、すぐにそれを曇らせ、「なかなか難しいかもな。親父さんのこともあるし、それに何といっても怖がりやからな、あいつ……」と呟くように言った。

 岬は、たまごを注文する立野のガラガラ声を背中で聞きながら、「福」を出た。

 途端に、誰かの強い視線が突き刺さってきた。岬は立ち止まりかけ、やめた。岬の気のせいなのか、熱烈な岬のファンがいるのか知らないが、立ち止まってあたりを見渡したところで、その主を今まで見つけられなかった。もうあきらめていた。

 だが、次の瞬間、岬は思わず足を止めていた。玄が立っていたからだ。

「玄……」

 玄がゆっくり近づいてくる。足元が覚束ない。かなり体力を消耗しているようだ。

 岬は、あれほど探していた玄が目の前に現れたというのに、一歩も動けなかった。玄の小さな目が、まるで「動くな」と言うように強い光を発していたからだ。

「玄……おまえやったんか……ずっと俺を見てたのは……」

 玄は何も言わず、近づいてくる。ゆっくり、ゆっくり。

 通天閣と重なり合っていた夕陽が、半分だけ顔を見せる。思わず目を細めていた。

「!」

 次の瞬間、玄が抱きついてきた。

「ん……なんや……」

 玄が叫ぶ。

「富田! 今や、やれ!」

 背後に足音。

「!」

 富田か。富田が俺を刺しにくるのか。

 玄……木村が目撃した、おまえと一緒にいたのは、やっぱり富田やったんか。

 なんでや……玄。

 力のない玄を振り払うのは容易いことだった。だが、岬はそうはしなかった。玄がそうしたいのなら、その流れに乗ってみてもいいかなと思ったのだ。

 チンピラに刺されて死ぬ。ヤクザらしいといえばヤクザらしい死に方だ。親友がそう望んでいるなら尚更だ。

 しかし、岬の想像した結末にはならなかった。

 富田の足音がかなり大きくなったと思った瞬間、どこにそんな力が残っていたのかと思うほどのそれで、玄が岬の体を引き寄せるようにして、体を入れ替えた。

「!」

 富田が体当たりをするように玄にぶつかる、その勢いで岬は尻餅をついた。玄が岬の上に被さるように倒れてくる。その腰にはナイフが突き刺さっていた。

 西日を浴びた富田が呆然と立ち尽くしている。

 騒ぎに気づいたフクと立野が飛び出してきた。

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