三十四
岬は玄を探していた。
「どこ行ったんや、玄……店はおまえの元に戻ったんやぞ」
玄の店のシャッターを叩いてみる。だが、反応はなかった。当然だ。玄は、店が戻ったことを知らない。
ホームレスの溜り場である三角公園に行ってみた。だが、ホームレスの中に玄の姿はなかった。
「売人と一緒におったみたいやけど……おまえは一体何をしとるんや? その売人は富田か?」
岬は歩き続けた。
ふと、誰かの視線を感じた。かなり強いそれだ。振り返るが、誰もいない。しばらく前から感じる視線。気のせいなのか、疲れているせいか。
岬は新世界の町を歩き続けた。岬の気分を嘲笑うかのように、町は活気に満ち溢れていた。能天気な観光客の姿が多い。中国人がドラッグストアで大量に何かを買っていた。
と、観光客を掻き分けるようにして、ヒロシがやってくる。
「ダメですわ、玄さんどこにもいませんわ」
「そうか……」
ヒロシには、競馬場やパチンコ屋をあたらせていた。玄の手元には五百万の現金がある。医者から先が長くないと言われているため、それを治療に使うことはないはずだ。かといって競馬などで金を増やそうとも考えないだろうが、一気に使いきろうとする可能性はあった。
だが、それも空振りだったようだ。そうなると、気になるのが売人といたという事実だ。
「!」
玄の病状がわからないが、仮に痛みを伴うものであって、それを紛らわせるためにクスリに逃げたのだとしたら……。まさかとは思うが……。
「玄……医者があきらめても、おまえがあきらめたら、ほんまに終わりになってまうぞ」
「えっ?」
ヒロシが訊き返す。
「いや……おい、ヒロシ、悪いけど、病院をあたってくれへんか? もしかしたら、玄は病院で薬を処方してもらってたり、入院してるかもしれへん」
「わかりました」
ヒロシが駆けていく。
と、再び鋭い視線を感じた。あたりを見渡す。だが、誰の姿もなかった。
立野は「福」で飲んでいた。
「そうか、半田のオヤジ、息子に夢を追いかけろって言うたんか」
「うん。まあ、元々、好きにさせとったけどな。援助はせんと言いながらも、何かあったら助けてたみたいやし」
「だからこそ、騙されたんやな」
「うん。でも、それをええ教訓にして、これからは自分の実力だけで勝負しろって言うたらしい」
「そうか……あのオヤジ、あれでも昔は男前でな、役者目指しとったんや」
「へえ、そうなん?」
「今では禿げ上がって、ただの阪神ファンの酒屋のオッサンやけどな」
「役者の夢破れて酒屋さんを継いだんかな?」
「いや、夢破れてというか、急に父親が倒れたんや、半田がこれから本格的に役者をやろうかという時にな。父親は脳出血でそのまま逝ってしもた。だから役者をあきらめて跡を継いだんや」
「そんなことが……だから、息子には夢を追いかけてほしいんやな」
「で、息子はどうするんや?」
「悩んでいるみたい。今はとりあえず、手伝ってるけど。父親がどんな仕事をして自分を育ててくれたか、身をもって知るためやって」
「ええ心掛けや。素晴らしい」
「うん」
立野はたまごを頬張り、盃を干した。
「玄ちゃん、見つかれへんの?」
「そやな。岬も探してるみたいやけどな……どこ行ってしもたんや……そや、あんたのええ人の写真見せてや」
「ええ人て……そんなええもんやないよ」
フクは言いながらも、セピア色に変色した写真を水屋の抽斗から取り出し、見せてくれた。
「これが富田か。パンチパーマが時代を表してるな……ん?」
「え? どないしたん?」
「うーん、どっかで見たことあるような、ないような」
「どっちやの! その写真、三十年くらい前のものやから、今はだいぶ変わってるやろうな」
「そやな。写真の中のあんたはスマートや」
「ほっといて!」
「いや、しかし、この男……やっぱり、会ったことあるぞ」
「ええ? ほな、玄ちゃんと一緒にいた売人、やっぱり富田なんやろか?」
「いや、会ったのは最近やないよ。あんたが言うように、これは三十年以上前の写真やろ? だから、その当時に……あかん、歳のせいで思い出されへん」
「まあ、どこにでもある顔やからな」
フクが笑う。
「パンチパーマに口髭はなかなかおらんやろ」
立野も笑い、写真を返した。
「それにしても、玄ちゃん、心配やな。病気もひどいみたいやし」
「そやな。あのアホ、どこで何しとるんか知らんけど、見つけたら即逮捕や。身柄拘束して治療や、治療」
立野は「福」を出た。
「あのアホ、マジでどこにおるんや……治療せな、ほんまに死んでまうぞ」
呟く。
売人らしき男と一緒にいたということだが、売人からクスリを買って、モルヒネ代わりに使っている可能性もある。まさかとは思うが、病気の痛みは耐え難いものらしい。
「パトロールするか……不良外国人ガンガン捕まえて、ヤマト会いじめたろ」
立野は通天閣に向かって歩き出した。
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