三十三


 半田の息子の真一が配達にやってきた。

「酒屋さんが板についてきたがな」

 長かった髪をばっさり切り落とし、坊主頭だ。どちらかというとひ弱そうだった風貌が精悍なそれに変わっている。立野や岬のおかげで、店を取り戻せたことで、詐欺のショックから多少抜け出せたようだ。

 だが、真一の表情は冴えない。やはり、バンドへの想いが強いのだろうか。

「半田さん、元気か? 最近姿見えへんけど」

「……はい。まあ、体は元気なんですけど……」

「どないしたん? あんたも体は元気そうやけど……」

「いや……親父が、酒屋を継がんでもええって言うんですわ」

「へえ、そらまたなんでやろ? あんなにあんたに跡継いでほしがってたのに……」

「今回、親父には迷惑かけたし、俺は、バンドはあきらめて、家を継ぐつもりなんやけど、親父が、『夢をそう簡単にあきらめてええんか?』って」

「そうかぁ、半田さん、あんたがデビューできるかもって聞いて、喜んでたからなぁ……だからこそ……」

「はい、あんな目に遭ってしまったんですわ……俺のせいですけど」

「親心やな。うちには子供おらんけど、親は子供のためなら何でもしてやりたいって思うんやろうなあ」

 フクは思った。フクの両親は、フクが幼い頃事故で亡くなった。もし、そういうことがなければ、無償の愛でフクを包んでくれただろうか。そしてフクはこうも思った。もし、富田との間に子供がいれば……だが、すぐに思考を停止した。考えても意味のないことだ。

「最終的には、俺の意思に任せてくれるみたいですわ。とりあえず、しばらくは酒屋をやってみようかなって……親父がどんな仕事をして、俺を育ててくれたかを知るためにも……」

「そうか、それはええことや。まだ若いんやし、ゆっくり考えたらええ」

「はい」

 少し話しただけだが、真一は来た時よりは少し元気になって帰っていった。

 詐欺に遭ったショックからか、半田は少し落ち込んでいるようだが、もう大丈夫だろうとフクは思った。そもそも詐欺を働いたのは、半田の家の土地が欲しいヤマト会であって、真一のバンドが決して実力でデビューできないからというわけではない。そう、真一はまだ勝負すらしていないのだ。

 詐欺に遭い、改めてそれに気づいた半田は、息子に対し、納得するまでとことん自分の実力だけで人生の勝負をしろというメッセージを送っている。

 本音の部分では、何代も続いた酒屋を一人息子の真一に継いでほしいと願っているはずだ。だが、それよりも、今回の件で自分の想いを改めて知った。息子の夢を応援したいという想いを。

 半田がかつて、どういう経緯で親から酒屋を継いだかは知らない。もしかしたら、夢をあきらめて継いだのかもしれないし、そうではないのかもしれない。ただ、今は息子の人生を応援したいと考えているのだろう。

「愛やんか、なあ、愛や、半田さん」

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