三十一

 神津と服部がまるで見つめあう恋人同士のように、互いの顔を凝視している。

 詐欺とクスリの両方に関わっていることを自白しているようなものだ。

「……土地の権利証を返したら、その他の件は……」

 苦渋の表情で神津が言う。

「今回は、知り合いの半田が被害に遭ったから黙ってられへんかったんや。二課にはワシから言うといたる。手を引けってな」

 立野がニヤリと笑う。

 それに追従の笑みを漏らした神津と服部が頷きあう。

 岬は思った。立野が二課に手を引けなんて言うわけがないと。それに、クスリの件も見逃すはずなどないと。徹底的にやるだろう。立野はクスリを憎んでいる。

 立野が訊ねる。

「それと、通天閣の下の自転車屋を地上げしたやろ?」

「いや、あれは、向こうから売るって……」

「黙れ! たった五百で何を言うとんねん。地上げで買い叩いたんやろが!」

「確かに五百万円で買い取りましたけど、それはお互いが納得した上のことで……契約書もあります。おい!」

 服部が頷き、立ち上がる。隣の部屋から書類を持ってきた。

「このように、ちゃんとした契約書が……」

 立野がそれを手にとり、破ろうとする。

 それを止めたのは、神津でも服部でもなく、岬だった。

「アホか。デコスケのくせに、ヤクザみたいな真似するな」

 岬は、立野から契約書を奪い取り、それを机の上に置いた。

「なあ、服部さんよ、悪いけど、俺が持ってきたキャリーをここまで運んできてくれへんか」

 服部が神津を見る。神津が頷くと、服部は岬を睨みつけながら玄関に向かった。

 すぐに若い衆がキャリーケースを抱えるようにして部屋に入ってきた。服部はその後に続いている。

 若い衆はそれをドア付近に置くと、頭を下げて出ていった。

「何が入ってるんや? まさか機関銃とか手榴弾やないやろな」

 立野が茶化すように言う。暗に神津たちを脅しているのだ。

  岬はそれには答えず、「鍵はかかってない。心配やったらそっちで開けてくれ」と言った。

「開けた途端にドカン! てか?」

 立野が笑いながら言う。

 神津と服部は、しばらく顔を見合わせていたが、やがて神津がキャリーに向かって顎をしゃくると、服部は意を決したようにファスナーを開けた。

「!」

 中身を確認した服部が、目を大きく見開いている。

「オヤジ……」

「これは一体……」

 神津も驚いている。

 立野もまた驚いた表情を浮かべていた。

 岬はキャリーを手元に引き寄せ、そこから百万円の束を六つ取り出した。

「同額で買い取りたいところやけど、あんたらにもプライドがあるやろう。大事なシノギやろうから、百万だけ上乗せさせてもらう。それで文句ないな?」

 神津と服部は渋面をつくっている。

 立野が言った。

「おい、岬、何もそこまでせんでもええがな。こいつらもどうせ強引に玄から買い取ったんやから」

「かと言って、こっちまで汚いことしてたら同じ穴の貉になってしまう」

「何を偉そうに言うとんねん、おまえも同じヤクザやろが!」

 服部が立ち上がる。岬はソファに座ったまま服部を睨みつけた。

 神津が服部を座らせ、口を開く。

「確かにうちはあの店を五百万円で買い取った。せやけど、あの場所は、通天閣のお膝元や。これからなんぼでも金を生む場所や。それを百万円の上乗せで売れというのは、それこそヤクザの所業やわ」

 岬が口を開こうとするのを立野が遮るように言う。

「あの自転車屋、玄というんやけど、あいつはワシの知り合い……というか、ガキの頃からの親友でな。それだけ言うたらわかるやろ?」

「……いや、しかし……」

「二課を焚きつよけよか?」

「そんな……刑事さんが脅しなんて洒落になりまへんで」

「脅しやない。当たり前のことをしようとしているだけや。警察官として、詐欺を取り締まるために同僚の尻を叩く。警察官の鑑やがな」

「……」

 神津と服部はしばらく渋面を浮かべていたが、やがて渋々頷いた。

 岬は契約書を灰皿の上で燃やした。そして、キャリーのファスナーを閉めながら、

「この残りの金で、あんたらからシャブを根こそぎ買い取ろうかと思ったけど、どうやらシャブは扱ってないみたいやから、あきらめるわ」

 と言い、立ち上がった。続ける。

「この町は俺にとっては家族や。家族をこれ以上汚されると、俺も黙ってないぞ」

「同じヤクザのくせに、偉そうに何様や! おまえらも一般市民からミカジメ取って生きてるんやろが!」

「それをミカジメと取るか、あるいは、あんたらみたいな外道や不良外国人から我が身を守るための警備料と考えるかは、払ってる側の価値観やろな。警備会社に金を払うのも、うちに払うのも同じやからな。そして、うちに払った方が、確実に害を取り除く」

「このガキ……」

「それにうちは無理やり金を取ってるわけやない。気持ちよく払ってくれるところからしかもらってない。もっと言えば、払ってもらってない店がトラブルに巻き込まれても、俺らは助ける」

「……」

 立野が立ち上がり、岬の背中を押した。

「旦那、例の件、頼みますよ」

 神津が手もみをしながら言う。

「まかせとけ」

 大きなガラガラ声が響く。そして一転、岬にだけ聞こえる小声で立野は言った。

「アホか。おまえらはもう終わりや」

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