三十

 業務用のスーパーと木賃宿に挟まれた三階建てのビル。一階部分は駐車場だろう、シャッターが閉まっている。脇にコンクリートの階段があり、二階にあたる部分が玄関のようだ。

 これ見よがしの大きな監視カメラがこちらを睨んでいる。岬はキャリーを抱え、階段を昇り始めた。

 そういえば、立野はキャリーの中身について訊いてこない。訊いても答えないと思っているのか、岬を信頼しているのか……。

 インターホンのボタンを押した。反応がない。もう一度ボタンを押そうと思った瞬間、ドアが開き、部屋住みだろう若造が顔を出した。

「どうぞ」

 岬は頷き、キャリーを抱えたまま三和土まで進んだ。ボディチェックを受ける。スーツのポケットを裏返しにされ、徹底的にチェックされた。キャリーの中まではチェックされなかったが、それは玄関口に置いていけと言われた。

 廊下を進み、一番奥の部屋へ。応接間となっているようで、二人の男がソファに座っていた。組長の神津と若頭の服部だった。小さな町だ。何度も見かけたことがある。だが、こうしてちゃんと向き合うのははじめてだった。

 神津は、岬や立野と同じくらいの年齢だろう、でっぷり太っている。座っていても、チビなことはわかった。ひどい二重顎で顔が胴体に埋もれている。そのせいか、声がこもっていた。派手なセーターの上にジャケットを羽織っている。 

  若頭の服部は、四十代半ば。スキンヘッドで、ゴボウのような体をしている。組んだ足は長い。相当背が高そうだ。ジーパンに革のブルゾンを羽織っている。

  ふと、岬は思い直した。この二人とは、三十年前に会っている。富田がシャブを持ち逃げした件で、フクと富田が暮らしていたアパートに追い込みをかけてきたチンピラたちだ。順調に出世したということか。シャブで出世したのだろう。

「我々とご同業の方と、刑事さんが仲良くお見えになるなんて驚きです。癒着と言われても仕方ないですよ」

 くぐもった声で神津が挑発してくる。立野が返す。

「同級生やからな。腐れ縁や、しゃあないわ。せやけど、久しぶりに来たけど、相変わらず趣味がええ部屋やな、ええ?」

 正面の壁には「義」と墨で書かれた大きな額縁。その隣には象牙が飾られていた。神津の傍らにはトラの剥製が身構えている。絨毯は、目がおかしくなりそうな原色の幾何学模様だ。

「どれもこれも一億は下らない。公務員の給料では手が届かないものばかりですわ」

 服部が甲高い声で言い、高笑いする。耳障りだった。

「『義』の文字を『薬』に変えたらどうや」

 立野がさらりと反撃しながらドカッとソファに体を沈めた。岬も座る。岬の前には神津、立野の向かいは服部。

「それで、今日は何ですかな?」

「お互い、歳をとったと思ってな」

 立野が言う。

「へっ?」

「歳をとったせいで、最近は体やのうて、頭を使ったシノギもするようになったんか?」

 神津と服部が顔を見合わせる。

 岬が口を開こうとすると、立野が制し、続ける。

「まあ、ええ。ところで、シャブは扱ってないやろな?」

「もちろんです。うちは、シャブはご法度ですわ。近頃は不良外国人が自分の国から持ち込んだドラッグを売り捌いとりますわ。困ったもんです。混ぜもんだらけの粗悪品ばかりだそうですわ。あ、噂ですけどね、へへへっ」

「そうみたいやな。この前も外国人の売人捕まえたんやけど、なかなか口を割らんのや。新宿ならいざ知らず、この町で外国人が独自にシノギをあげるなんてあり得へんから、どこと組んでるのかをゲロさせたろうと思って締め上げたんや。でも、吐かん。まあ、言葉がわからんフリしとるだけやけどな」

「……」

「この岬が若頭を務める狭間組は、クスリは扱わん。ということは、ヤマト会やと睨んでるんやけど、どや? 心当たりないか?」

「いや、うちやないですね。うちも狭間組同様、クスリは扱いません」

「そうか。外国人を使ってうまいことやってると思ってたんやけどな。頭を使ってな」

「いえいえ、うちは頭を使えるようなインテリはいないですわ」

「わかった。せやけど、もし、おまえのところが関わってることがわかったら、その時は容赦せんぞ。徹底的にやる」

「……はい」

 立野が目配せをしてくる。岬は口を開いた。

「半田酒店って言うたらわかるやろ?」

「……さて、一体何のことか。カシラ、わかるか?」

「いえ、さっぱり」

 立野が口を挟む。

「二課が動いてる。あいつらは細かいし、しつこいぞ。おまえら、半田以外にも詐欺やっとるやろ? 全部暴かれたら一生塀の中やな」

「……」

「おまえらの出方次第では、ワシが二課に口をきいたってもええ」

「……出方次第とは?」

 神津が下卑た目で訊く。

「半田から騙し取った金、いや、担保にした土地を返せ」

 二人は再び顔を見合わせていたが、やがて神津が口を開いた。

「騙し取ったというのは、ちょっとひどいですな」

「騙し取ったんやなかったら、何や? CD出したる言うて、金を騙し取ったやろ! その制作会社はヤマト会のフロントや。金のない半田の土地を担保にしておまえらが金を貸した。その金は、回り回っておまえらの元へ戻ってきた。半田の土地という利子をつけてな」

「……」

「全部バレとる。二課がその絵図に気づくのも時間の問題や。このままやったらおまえらは終わりや」

「……半田さんが、金が必要やと言うので、土地を担保に金は貸しましたが……CDとか制作会社とか、フロントとか……一体何のことだか」

 神津がシラをきる。服部が頷く。

「そうか……二課に手を引かせようと思ったんやけどな。それと……」

「……」

「さっきの話、もし外国人の売人と、おまえらとの関係がわかったとしても、黙殺したる」

「……」

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