二十七

 和歌山から南海本線で新今宮に戻ってきた立野は、失意の中、歩いていた。

 今回も空振りだった。もう慣れっこになりつつあったが、それでも、どれだけ空振りしても、失望感を覚えないことはなかった。

 今日、和歌山中央署から連絡が入った。連続暴行犯グループが逮捕されたというのだ。犯人の年齢は全員五十五歳。立野はすぐに和歌山に飛んだ。犯人たちは観念しており、ペラペラ自供していた。立野は特別に尋問を許され、明美の事件を訊いてみたが、奴らは否認した。大阪では犯行に及んでいないし、三十年前はお互い知り合いではなかったため、犯行を起こしようがないと供述した。逮捕時にDNAを採取したが、何分それと比較するものがない。明美の事件の発生時、今ほどDNA捜査は盛んではなく、せいぜい精液から血液型を導き出す程度のものだった。

 溜息をつき、難波警察に向かっていると、背中に声がかかった。振り向く。半田だった。

「ダンナ……騙された……詐欺や……」

 そこまで言うと、半田は地面にへたり込んだ。

 それだけで、何のことかわかった。息子のCDデビューの件で騙されたのだろう。

 立野は半田を抱え上げるようにして立たせると、難波警察の捜査二課に連れていった。担当に話を聞かせ、被害届を出させる。

 被害届を出すのも意外とエネルギーが必要だ。被害者なのに、まるで加害者かのような扱いを受けることもある。尋問口調で色々と訊かれ、中には怒り出す被害者もいる。

 男に暴行された女性が、被害届を出したくない気持ちもわかる。明美もそうだった。被害を隠したまま、向こうの世界へ行こうとした。

 果たして、届けを出し終えた半田は憔悴しきっていた。もちろん被害に遭ったショックもあるだろうが……。

 半田を自宅まで送り届けると、立野は「福」へ向かった。

 他言するのもどうかと思ったが、フクには言っておくことにした。フクなら精神的な部分で半田をフォローしてくれるはずだ。

「この前の半田のオッサンの話やけど、やっぱり詐欺やった」

 フクは首を左右に振り、溜息をつきながら訊いてきた。

「……それで半田さんは?」

「家まで送った。一応被害届は出させた」

「犯人、捕まりそう?」

「わからん……息子のデビューのために盲目になっていたとはいえ、あの半田が騙されたんやから、相手は巧みに立ち回ったはずや。まあ、二課が頑張ってくれるやろうけど」

「ヤマト会とのつながりはないんやろか?」

「それは何とも言えん。ただ、デビューの話が出始めた途端、ヤマト会が、それまでの立ち退き交渉じゃなくて、融資の話を持ち出してきたらしいからな。つながりはあるかもしれへん」

「ヤマト会とのつながりがわかったら、立野さんの出番やな」

「そやな……ほな、あとで半田のオッサンのとこ覗いたってくれへんか?」

「わかった。どうせ何も食べてへんやろうから、おでん持っていくわ」

「たのむ」

 立野が「福」を出ようとすると、フクが言った。

「これは言うなって釘刺されたんやけど……」

「ん、なんや?」

 引き戸から手を離す。

「玄ちゃん、長くないみたい」

「え……」

「癌やって……」

「!」

 驚いた。

  玄ほど死を連想させない奴はいない。天真爛漫で少し抜けていて、バカ正直。いつまでもガキの頃の気持ちを忘れない男。よりによってそんな玄が癌になるなんて……いや、どんな人間だって病気にもなれば事故にも遭う。だから、玄が病気にかかってもおかしくはない。ただ、病気が玄のイメージに合わないだけの話だ。

「玄……」

 立野は携帯を取り出した。

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