二十四
明美を荼毘にふすと、悲しみよりも怒りの方が大きくなった。それでいいと立野は思った。年老いた母にも言われた。いつまでも悲しんでいると、明美が旅立てないと。
明美は頑張った。だが、力尽きてしまった。しかし立野はそんな明美を愛し、そして尊敬していた。それだけに怒りが募る。犯人への怒り。そして、この怒りは犯人が見つかるまで消えることはないだろう。いや、犯人がわかり、罰を与えることができても、怒りが霧消することはないはずだ。それでも立野は、細々とだが、たった一人の継続捜査を続けるつもりだった。
「福」へ向かう。通夜や葬儀の席で精力的に動いてくれたフクにお礼を言いたかった。
フクはいつもどおりの笑顔と元気な声で立野を迎えてくれた。
あのカセットテープのことが思い出され、複雑な心境になる。カセットデッキの方へ行きそうになる目を何とか抑え、フクを見る。
「色々とありがとうな。助かった」
「いやいや、お互いさまや」
フクは言いながら、酒とたまごを出してくれる。
「少しは落ち着いた?」
「そやな……時間が経つにつれて、親父とおふくろは元気がなくなっていく。葬式の時は気丈にしとったのにな」
「うん。そりゃ、自分の娘を亡くしたんやから……支えてあげてな」
「……そやな……ところで、富田は……」
「相変わらずや」
立野の言葉を遮るようにフクが言う。
「もう、どっかで野垂れ死んでるのかもしれへんな」
「……生きてるよ。便りがないのは生きている証拠や」
「……うん」
フクの目が濡れる。
と、そこへ半田が入ってきた。
「まいど! ビール入れといたで。おう、ダンナ!」
「まいど。えらい、ご機嫌さんやな」
「いやあ、実はこのたび、息子がCDデビューすることになって」
「えっ、ほんまか。そりゃめでたいがな」
「ありがとう、ダンナ。ほな、配達あるから行くわ」
半田が出ていく。
「デビューって、ほんまか?」
フクに訊くと、彼女は複雑な表情を浮かべながら、
「それがな、なんか怪しいんや」
と少し暗い声で答えた。
フクが説明してくれる。
「確かに怪しいけど……半田のオッサンもバカやないから、ちゃんと調べてから金払ったやろ? ていうか、あいつ、そんな大金隠し持ってたんか?」
「それがな……」
「ん、なんや?」
「ヤマト会にお金を借りたらしい。あの店と家を担保にして」
「……それは」
「な、怪しいやろ?」
「……家を担保にするんやったら、銀行に借りたらええやないか」
「銀行は時間がかかるからやと思う」
「それにしたって……まだ騙されたと決まったわけやないけど、もし詐欺やったら、あのオッサンはほんまもんのバカや。親バカが過ぎる」
「……なあ、立野さん。もし詐欺やったら、犯人逮捕したってや!」
「もちろん事件になったら警察は動くけど……」
「もし、詐欺の犯人が捕まらんかって、お金が戻ってこんかったら、あの店は取られるの?」
「半田のオッサンとヤマト会との間に、ちゃんとした借用証があったら、取られるな。借金の担保やから」
「……」
「岬が悲しむやろな」
「玄ちゃんとこに続いて……」
「えっ? 玄?」
「……立野さんや岬さんには黙っといてくれって言われたんやけど……」
「……」
「玄ちゃん、ヤマト会に店売るらしいわ」
「……なんでや」
「わからん。うちも心配で何度か行ってみたんやけど、店閉まってるんや。呼び鈴押しても出てこんかった」
「そういえば、最近あいつのバカ面拝んでないな」
「……立野さんも玄ちゃんの様子気にしといてな。あ、怒ったらあかんで」
「……わかってる」
立野は盃を干した。
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