二十三

「言いたいくせに素直に言わへんからや!」

「いや、実は、息子のデビューが決まったんや」

「え? ほんまか? 凄いがな。CDデビューかいな?」

 半田は誇らしげに、「そうや」と頷いた。

「へえ、頑張ってきた甲斐があったがな。よかったなあ」

 フクは心底そう思った。

「そやな。酒屋を継ぐ気がないと知った時はショックやったし、あいつの将来が心配やったけど、でも、何とかかたちになりそうで安心したわ」

「この前も、金をせびりにきたって文句言うてたけど、あんた応援してたもんな」

「なんやかんや言うても息子やしな。それに、さっきもしずかちゃんに言うたけど、頑張ってる若者を見ると応援したくなるんや」

「そやな」

「それでな……」

「ん?」

「お得意さんのあんたには早めに言うとかなアカンから言うけど、実は店を閉めるんや」

「えっ?」

 驚くフクに、半田も驚きながら言った。

「そんなにびっくりすることないやろ!」

「いや……そりゃびっくりするやろ」

 フクが驚いたのは、玄のことがあったからだ。玄も自転車修理店を閉めると言っていた。

 そういえば、玄は通夜にも葬式にも来なかったが、どうしているのか。

「息子に投資したし、印税で悠々自適な余生を過ごすわ」

「投資て、大袈裟な。まあ、でも、男手ひとつで育てたわけやからな」

「いや、そういう意味やのうて、ほんまの投資や」

「ほんまの投資って、お金かいな?」

「そうや。息子のバンドを評価してくれる人がおってな、色々と世話になってるらしい。メシをご馳走してくれたりして、スポンサーのような人らしいんやけど、その人がレコード会社にコネがあって、息子のバンドを紹介してくれたんや。そしたら、レコード会社の人も興味を持ってくれて、製作費の半分をバンドが持ってくれたら全国で発売してくれるっていう話になったんや」

「……」

 フクはなんとなくきな臭いものを感じながらも、先を促した。

「息子に相談されて、たまには親父らしいことをしたいと思って、今日、契約してきた」

「契約したって、なんぼ払ったん?」

「とりあえず一千万」

「いっせんまん?」

「そや。製作費だけやのうて、宣伝広告費やマネジメント料なんかも必要でな。それでも半金や。サンプルのCDができた時点で、残りの一千万を支払う手筈になってる」

「……その話、大丈夫か?」

「当たり前や。長年商売してきた俺が騙されるかい! 企画書なんかも見せてもらったけど、しっかりしたもんやった。レコード会社の担当とも会ったけど、背広着てちゃんとしてた」

「……それにしても二千万て……」

「何言うてるねん、安いもんや。CDの印税だけやのうて、カラオケとかネットのダウンロードとか、映像とか……まだ他にも色々言うてたけど……ああ、そうそう、ドラマの主題歌になったりとかな……とにかく売れたら売れただけ儲かるらしい。二千万なんてあっという間に元が取れるんや」

「……ほんまに売れたらな」

「どういう意味や! 息子のバンドが売れへん言うんかい!」

 怒鳴るように言うが、半田は上機嫌に笑っている。

「そやない。その話がほんまかどうかっていう話や」

「だから、ほんまや! 今度フクちゃんにも企画書見せたるわ。もちろんCDもプレゼントする!」

「……うん」

「ほな、そろそろ行くわ。俺は売れっ子歌手の親父やからな。忙しくなりそうや」

 半田が立ち上がる。

「ところで、そんな大金どないしたん?」

「それっぽっちの金、貯えとったんや! というのは嘘で、借りた」

「借りた? 銀行か?」

「銀行が貸してくれるかいな。ヤマト会や」

「ええっ?」

「あいつらの地上げの話知ってるやろ?」

 フクは頷いた。ヤマト会は、新世界中の土地建物を買い漁っている。まるでバブル期のように、激しい地上げを繰り返していた。

「うちにもしつこく来てたんや」

「それで売ったんか?」

「いや。息子が跡を継がんと歌手になるからもう店は必要ないんやけど、先祖代々続いた店やからな。それに、売ったら岬はんに怒られるがな」

「それで、金を借りたんか?」

「店を担保にしてな」

「……」

「大丈夫や。息子がデビューしたらすぐに返済できる。店を取られることはない」

「……」

「ほな、行くわ」

 半田は最後まで上機嫌で、千鳥足で会場を出ていった。

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