二十二
明美の葬儀には、親族、友人の他、警察関係者や医師、看護師など、数多くの参列者が訪れ、賑やかなものになった。そのせいか、湿っぽいものではなく、どちらかというと故人を称える式のように思えた。
あの日酔い潰れた立野も気丈に振る舞い、参列者の対応にあたっていた。岬の姿はなかった。立場を気にしてのことだろう。通夜には訪れたそうだ。弔問客がいなくなる夜中に。
しずかの姿もあった。車椅子は木村が押していた。
立野の両親は、葬儀の間は毅然としていたが、いざ送り出す段になると、棺に縋りつき、泣き崩れた。さすがにフクも涙が溢れた。
精進落としの席で、しずかが挨拶に来た。故郷に帰り、リハビリを続けるらしい。
「寂しなるわ」
「……色々とお世話になりました」
しずかが頭を下げる。
「何も世話なんかしてないやん」
「いえ、いっぱいお話聞いてもらいましたし、アドバイスもいただきました。本当にありがとうございました」
「ううん、全然」
「それに、おいしいおでんも食べさせてもらって……本当に……」
しずかが涙ぐむ。それはフクにも伝染した。
「あんた、しっかり支えたりや!」
木村に言う。当の木村はキョトンとした顔をしている。
「ん? なんや? あんたも一緒に行くんとちゃうんか?」
「い、いえ……ぼくは……ふられましたから」
そう言う木村の表情は晴れ晴れとしていた。勇気を出して告白したのだろう。結果、ふられた。だが、いい表情だった。
「そうなんや。車椅子なんか押してるから、てっきり……」
「しばらく男の人はいいです」
しずかが言う。
「そやな……まあ、ぼちぼちでええがな」
「はい」
しずかの笑顔を見ていると、完全ではないにせよ、ある程度サトルのことは吹っ切れたとみていいようだ。そういうセリフが出ること自体、それを証明していた。
木村に向かって言う。
「あんたもまだ学生やし、人生これからや。まだまだチャンスはあるで」
「は、はい」
木村が頬を赤らめる。
「フクさん、わたし、看護師目指そうと思ってるんです」
「ええ、ほんま? ええやんか!」
心底そう思った。色々なことを経験してきたしずかは、きっとやさしい看護師になるはずだ。まさに白衣の天使だ。
「入院して、看護師さんに色々とお世話になったこともありますし、わたし自身、自分の命を粗末に扱った経験を逆に活かして、命の現場で尽力していきたいと思ったんです」
「うん、うん。きっとええ看護師さんになるわ」
「女郎あがりの看護師がいてもいいですよね?」
「当たり前や。女郎あがりのおでん屋もおるくらいやからな」
しずかが笑う。心から笑うしずかを見て、フクはホッとしていた。
そこへ半田もやってくる。酔っているようで、顔が真っ赤だ。半田にはすでに挨拶をしていたようで、
「しずかちゃん、今日にも行ってしまうんか?」
と半田が訊くと、「はい、一時間後の電車で」としずかが答える。
「そうか、寂しなるけど、頑張りや! 若い子が頑張る姿は美しい。応援してるで!」
言うや半田は立ち上がり、「フレー、フレー」とやりだした。
フクが止めるもやめない。すると、
「おい、逮捕するぞ!」
と、元々ガラガラ声なところに、ここ数日の酒浸りのせいで一層ガラガラになった声で立野が怒鳴った。
「ひっ! 逮捕だけはご勘弁を!」
半田が土下座する。座に笑いが広がった。明美も笑っていることだろう。表現は間違っているかもしれないが、いい葬式、いい精進落としの席だ。
事件の一報が入ったようで、立野が簡単に挨拶をし、現場へ向かった。「何もこんな時まで」という声もあったが、普段と変わらぬ立野の姿を見て、明美も喜んでいるはずだ。
立野に続くように、しずかも座を外れる。
「じゃあ、行きます」
フクたちに頭を下げるしずかが座る車椅子を、木村が押す。まるでボディガードのようだ。
「送っていくわ!」
立ち上がる半田を、フクが力づくで座らせる。
「無粋な真似しな! ちゃんとナイトがついてるやろ!」
「……ええ、あれが? えらい頼りないナイトやな」
一同に笑いが広がる。
「まかしてください!」
木村の言葉に、また笑いが広がった。
「あんた、何かええことあったんか?」
フクが訊ねると、
「内緒や」
と半田が煙に巻く。
「ふうん、ほな、ええわ」
突き放すように言うと、
「いや、言うがな、言うがな。聞いてや」
半田があたふたしながら困った顔をした。
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