十一

 立野は夜の新世界をパトロールしながら考えていた。サトルとかいうガキを何らかの罪に問えないかと。だが、難しいだろう。嘘をついて金を貢がせていたが、その嘘をついていた事実を証明するのが困難だ。言った言わないの水掛け論になる。

 それに、聞いた話では、しずかの方から援助したいと申し出たということだ。途中から銀行振込に変えたそうだから、送金している証拠は残っているが、それはあくまで送金の証拠であって、騙して金を振り込ませた証拠にはならない。いや、それ以前に、脅迫して金を貢がせたわけでもない。

 いずれにせよ、立件は難しい。

 岬が心配だった。

 立野は、狭間組が「はんだ」の実質的な経営者であることを知っている。つまり、商品を傷つけられた岬が、サトルに何らかの制裁を加えるかもしれないと危惧しているのだ。

 岬の気持ちはわかる。立野も、許されるなら、サトルをどうにかしてやりたい。しずかが自殺未遂をしてからというもの、しずかと妹の明美がダブって仕方ない。明美は相変わらず意識不明のままだが、しずかは怪我だけで済んで本当に良かったと心底思っていた。ただ、心の傷が心配だ。心の傷は治りにくい。下手したら一生ものだ。だからこそ、サトルに何らかの罰を与えたい。

 前から挙動不審の男が歩いてくる。黒縁の眼鏡をかけ、「福」の前へ辿り着くと、中を覗き込んでいる。

 立野は近づいていき、職務質問をした。たまには警官らしい仕事をしないと税金泥棒と非難される。

「この店に何か用か?」

 角刈りに口髭をたくわえた大男にいきなり声をかけられたせいか、眼鏡の男は余計に挙動不審になり、逃げだそうとした。その動きを読んでいた立野は、咄嗟に男のダウンの襟首を掴んでいた。足をバタつかせて逃げようとする男を、「おとなしくせえ!」と一喝した時、「福」からフクが出てきた。

「その子は大丈夫や。しずかちゃんのファンの子や」

「ほんまか? 女が一人で店やってるから、強盗にでも入ろうと思ってたんとちゃうか?」

 立野は襟首から手を離しながら言い、そして、「まあ、こんなごついオバはん襲っても負けるか」と豪快に笑った。

「失礼やな、あんた! これでも昔はスリムやったんや! さあ、入り!」

 前半は立野に、後半は眼鏡の男に言い、フクは店の中に入っていった。

 確かにフクは、昔はスリムだった。今も太っているといっても、フクという名のとおりふくよかといった感じだ。色白で、大きな目が、なかなか愛嬌がある。少し太ったから皺が目立たなくていいとフクは言っていた。ただ、自慢の大きな目が、年齢のせいか最近窪んできたことを気にしている。いくつになっても女は女なのだ。そしてフクは、富田を待ち続けているから余計だ。

「ほら、入るぞ」

 男の背中を押し、立野も店に入った。

「なんや、あんたも入ってきたんかいな!」

 フクが顔を顰める。

「まあ、そういじめるなや。ところで、名前は何ていうんや? ワシは立野っていうて、難波警察の刑事や」

 刑事と聞いて意外そうな表情を浮かべる。どうせヤクザか何かと思ったのだろう。そんな反応にはもう慣れっこだ。

「木村といいます。学生です」

「そうか。で、木村くん、しずかちゃんのことはどこまで知ってるんや?」

「……あの……行方不明だということくらいしか」

 木村が不安気な顔で答える。

「ああ、さっき岬さんから連絡あって、怪我したこととか、入院していることを、この子に言ってくれていいって、しずかちゃんが」

「そうか。あんた、上得意様やったんやな」

 状況がわからず、キョトンとしている木村に、フクがかいつまんで話した。

 木村の顔がみるみる青ざめていく。体も震え出した。色々な意味でショックだったのだろう。しずかに好きな相手がいたことからして信じたくない事実なのかもしれない。

「おいおい、落ち着け」

 立野は木村の背中をドンと叩いた。

「し、しずかさんは大丈夫なのですか?」

「怪我はたいしたことない。骨折はしてるけど……それよりも、心がな……」

 フクが答える。

「木村くん、見舞いに行ったらどうや?」

 立野は言った。

 木村はしばらく黙り込んでいたが、

「行ってもいいのでしょうか?」

 と神妙な顔で訊いてきた。

 フクは笑いながら、

「しずかちゃん、喜ぶと思うで」

 と言い、木村に病院を教えた。

「仕事はもう辞めるかもしれんなあ」

 立野がポツリと言う。

「そやな。大きなお金が必要なくなったわけやから、仕事続ける意味がないわな」

「どっちにしても、心の傷が心配や……おい、木村くん、今後は君が支えたったらええんとちゃうか。支えるには相当の覚悟が必要やけど」

 木村は真剣な表情で何度も頷いていた。 

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