十
「福」を出たその足で、岬は西成病院へ向かった。
面会時間はとっくに過ぎていたが、個室だからなのか、岬の迫力に圧されたのかわからないが、病室に通してもらえた。
しずかは起きていた。ベッドに体を起こし、ぼんやりしていた。膝から下が固定され、吊るされている。自分一人では動けないようだ。少なくともこの状態でいる限り、再び自殺行動は起こせないだろう。
「どや?」
「……ごめんなさい。迷惑かけて……」
「気にするな」
岬はベッド脇の丸椅子に腰を下ろした。
「足の方はどれくらいで治るんや?」
「順調なら一か月でギプスが取れて、リハビリして……三か月くらいかな」
「そうか……」
怪我は三か月で治っても、しずかの心の傷はそんな短期間では癒されないだろう。
「その……サトルとかいう奴から連絡は?」
しずかは、床頭台に置かれたスマホにチラリと目をやった後、首を振った。
「そいつ、殺したろか?」
岬は眼鏡を外し、まるで睨みつけるようにしずかを見て訊ねた。
しずかが、元々大きな目をいっぱいに広げ、あわてて首を振る。
「やめて……殺さなくていい……」
「そうか……うちの大事な商品をこんな目に遭わせてくれたんや。殺されても文句は言われへんやろ」
「……殺さなくていい……殺す時は……私が殺すから」
しすかは感情を抑え、呟くように言った。凄みを感じた。
「わかった。殺さんとくわ……ところで、木村とかいう大学生知ってるやろ? おまえの客や」
「うん」
「えらい心配してたぞ。『福』にまで様子見に来てた。あいつにストーカーとかされてないか?」
「うん、それはない。いいお客さんや」
「木村に、入院していること教えてもええか?」
「うん……でも……」
「ん? ああ、そうか。もう、仕事辞めるわな」
「……ごめんなさい」
「謝ることない。当たり前の話や」
「でも……いい経験になったと思う。色々な人生を感じることができたから。この仕事をしてきたことは、これからの人生で何かの役に立つと思う」
それを聞いた岬は、自ら命を絶とうとすることはもうないと思った。眼鏡をかけ、腰を上げた。
「おまえは一人やない。フクさんもおるし、俺もおる。半田のオッサンもおるし、それから……立野のアホもおる」
しずかは笑顔を見せた。久しぶりにしずかの笑顔を見た。
「じゃあな。内臓は大丈夫なんやから、ちゃんと食べなあかんぞ」
「うん」
病室を出る。
しずかに殺すなと言われたから、殺すのはやめよう。だが……許すわけにはいかない。
怒りが込み上げてくる。胃がキリリと痛んだ。病院にいるせいか、自分まで病人になったような気になる。
「まだ、この町におるやろ。しずかがこんな目に遭っているのも知らずにな」
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