狭間組は、正式な組員がわずか七人だけだった。組長の狭間は糖尿病の悪化から腎臓を悪くし、今では人工透析を受けている。寝たきりに近い。実質組を仕切っているのは若頭の岬だった。

 狭間組は、元々はテキヤだった。だが、暴対法の施行等、時代の流れで商売が難しくなったため、不動産業に転じた。貸しビルの賃料と新世界の飲食店からのみかじめ料、遊郭経営、そしていわゆる相談仲介業で食っている組だった。

 この新世界は、狭間組とヤマト会が仕切っていた。ヤマト会は、違法薬物、賭博、そして違法カジノを主なシノギとしていた。小さいながらも、新世界にも違法カジノはある。だが、地下に潜っているため、警察もなかなか摘発できないでいた。

 ここ数年、外国人観光客が増え、それに伴い、犯罪に手を染める外国人も急増している。そして彼らは、ヤマト会に飼われていた。ベトナム、中国、韓国、ミャンマー……。

 彼らのほとんどは、元々技能実習生としてこの国にやってきた。技能実習生は、農業や漁業、建設関係の技術を数年間学び、国へ戻ってその技術を伝えるという制度の下、来日するのだが、実習期間を終えても帰国せず、この国に残って悪事に手を染めるようになる実習生も一定数いるのは事実だ。

 その理由は様々だが、この国で知り合った悪い仲間に誘われるケースが大半だろう。そして何と言っても、国へ帰って仕事をするよりも大金を稼げることだ。彼らは技能実習ビザで来日しているため、実習期間を終えれば当然ビザは切れる。だからこそ、彼らは不法滞在者なのだが、地下へ潜っているためなかなか摘発は難しい。

 彼らは、金のためなら何でもこいだった。ドラッグの売人、スリに強盗、自動車窃盗、喧嘩に婦女暴行、そして殺人まで請け負う。

 ヤマト会は全国規模のヤクザ組織の枝だ。狭間組がまともにぶつかっていっても潰されるだけだ。相手もそれがわかっているせいか、これまで狭間組のことなど相手にしてこなかった。互いのシノギがバッティングしないため、ある意味共存共栄してきたのだが、ここ数年、ヤマト会が狭間組のシノギにちょっかいを出すようになっていた。

 新世界のビルを買い占め始めたのだ。ビルのオーナーは皆高齢で、老朽化したビルのメンテナンスに莫大な金がかかるため、それなら売ってしまおうという考えの者が多く、資金にものを言わせてヤマト会が買い漁っていた。

 ビルのオーナーがヤマト会に変わったことで、店子のみかじめ料がヤマト会に流れるようになった。少しずつ、狭間組は打撃を受けていた。

 ヤマト会は、ビルを買い漁ることで、ヤマト会の町をつくるつもりなのだ。数年前の、労務者しかいなかった頃は、そんな野望などなかったはずなのに、町が綺麗になり、観光客が増えた昨今、この町を牛耳ることに旨味を覚えたのだろう。

 要するに、ヤマト会には、この町に対する愛情や愛着などないのだ。すべては金のため。

 労務者たちにヒロポンを売り、使い捨てにし、また労務者を使って警察署を襲わせたり、戸籍の売買をしていたかと思えば、今度は、町全体を犯罪の温床にしようと企んでいる。

 何とかしないといけないと思うのだが、どうしていいかわからない。

 岬はこの町に愛情も愛着も抱いていた。岬はこの町で生まれ育った。捨て子だった。この町に捨てられ、狭間に拾われた。文字通り拾われ、狭間組で育てられたのだ。独身で子供がいなかった狭間に、本当の子のように育てられたのだ。

 中学生になった時、狭間からその事実を知らされた。実の親の記憶などこれっぽっちもなかったから、まるで他人の話を聞いているようだった。岬にとっては、物心ついた時から狭間が親だったからだ。それでも、捨てられたことに対する怒りや疑問が湧き上がってきて、それらの感情をぶつけるように、町で人を殴った。気づけば大阪中の中学生を制圧していた。その頃に出会い、高校を出るまでつるんでいたのが立野だった。

「狭間」ではなく、「岬」を名乗ったのは、狭間の親心からだった。岬というのは、狭間の母親の旧姓だった。学校などで、ヤクザの息子だと後ろ指をさされないためだ。狭間は、岬をヤクザにさせるつもりなどなかったのだ。だが、それは意味のないことだった。誰もが、岬を狭間の子供だと認識していた。学校では腫れ物に触るように扱われた。友達などいなかった。

 それでも構わなかった。狭間が親でよかったとずっと思っていたし、誇りにも思っていた。それは今も変わらない。だからというわけではないが、狭間の背中を追い、ヤクザになったのだ。

 全身に刺青を入れたのは、一生ヤクザでい続けるという覚悟の表れだ。そしてそれは、狭間に対する感謝の表現方法でもあった。

 幼い頃からこの町が生活の拠点であり、遊び場だった。昔は狭間組も勢いがあり、組員もかなりの数いた。昔はテキヤ稼業が中心だったため、全国の祭に出向くのはもちろん、新世界の町にも毎日店を出し、労務者たちにホルモンや焼き鳥、酒などを安い料金で売っていた。

 狭間は、労務者から決して搾取することはなかった。仕事の斡旋はしていたが、労務者からピンハネすることはなかった。ヤクザだというだけで、一般人からは怖れられていたが、狭間は、この町を、そしてこの町で生きようとする人間を愛していたし、堅気の人間にちょっかいを出すことはなかった。そしてそれは、岬も同じだった。

 反面、この町を汚そう、穢そうとする人間に対しては容赦なかった。

 ヤマト会は、まさにそれにあたった。

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