「ほんまに外国人が増えたなあ」

 立野が呟く。新世界のメイン通り。立野はブラブラとパトロールしていた。一人だ。基本的に立野は単独で行動している。本来なら、パトロールは地域課の仕事だ。だが、立野はこの町を愛するがゆえ、勤務の合間を縫っては町に繰り出している。

 外国人が増えることはいいことだ。しかし、それは観光客に限ってのことだ。旅行者がどんどん金を落としていってくれるのはありがたいし、活気が出る。だが、不法入国や不法滞在、つまり不良外国人が増えるのは困りものだ。

 新世界界隈は、ひと昔前までは、女子供が歩けない地域だった。西成暴動もあったし、労務者やホームレスが我が物顔で闊歩しており、所謂怖い町だった。それが、大阪市のイメージアップ戦略のおかげか、近代的な町、いや、「街」に様変わりした。

 以前は、飲食店にトイレがなく、誰もが立小便をしていた。警察もそれを黙認していた。今では考えられない。昔ながらの串カツ屋やホルモン屋は残っているものの、同じ串カツ屋でも業態の異なる店が増え、綺麗にはなったが風情はなくなってしまった。

 と、路地にでっぷり太った黒人と、まだ若い日本人が入っていくのが見えた。ドラッグの売買だ。ピンときた立野がそちらへ向かう。すると、前から岬が歩いてきた。

「おい、立野。ここは俺に預けてくれへんか」

「ん?」

「あの若いの、うちで使ってる奴なんや」

「……わかった。せやけど、でかい黒人おったぞ。ワシもついていく」

 岬と並んで狭い路地を行く。二人とも、百八十センチを超えている。立野はガッチリした体型だが、岬は細身だ。学生時代は、二人でこうして他校へ喧嘩に出向いたものだ。今は刑事とヤクザ、立場は変わってしまった。

 路地の奥で二人がドラッグと金を交換している。

「アホやな、あいつら。路地の奥は目立てへんけど、逃げ道ないがな」

 立野が言うと、岬は口元だけで笑ったが、眼鏡の奥の目は鋭いままだった。

 二人が立野たちに気づく。黒人が立ちはだかるように胸を反らす。日本人の若造はその陰に隠れた。

「おい、田中! おまえ、なに勝手なことしとんねん! うちがドラッグ禁止なんを知らんとは言わさへんぞ!」

 岬が怒鳴りつけると、田中と呼ばれた若造が黒人の前へ来て、土下座した。

「す、すいません、カシラ!」

 岬が無言で田中の顎を蹴り上げた。と思った時には髪を掴み、立たせるや、鳩尾に膝を入れた。田中は声も上げられず、胃の中のものを吐き出し、そして気絶した。岬は、田中のフェイクレザーコートの内ポケットから白い粉が入ったパケを取り出し、立野に放って寄越した。そのまま田中のコートの襟元を掴み、引き摺っていく。

「おい、岬、もう行ってまうんかい! ワシひとりでこんな大男を……」

 岬は無視して歩いていく。田中は破門、いや、絶縁処分になるだろう。

「おい、今買ったシャブを寄越せ」

「ノー!」

「なにが『ノー』じゃ、ボケ。ここは日本や、日本語しゃべれ! 来い、警察行くぞ!」

「ノー!」

 黒人が立野を突き飛ばして逃げようとする。立野は、黒人の勢いを利用するや、一本背負いでアスファルトに叩きつけた。受け身も取れず、黒人が泡を噴く。

「柔道三段や、舐めるな」

 呟くと、立野は難波署へ電話をかけ、迎えを要請した。

「困ったもんや」

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