第89話 超法規的措置
2023年12月20日(水)年の瀬。
4:42分、明らかに遅い時間に北東北便の中沢が到着した。
観音扉を開けながら、中沢が話しかけた。
「疲れた~遅くなっちゃった。荷物が多くてさ~」
”荷物が多いから遅くなった?”
下手な芝居だ。明らかに目が泳いでいる。おそらく中沢さんはグリミーにはなれないタイプではなかろうか。いい人なんだと思う。周りに合わせる人なんだろう。世渡り的な感じの。
「はい、分かりました。お疲れさまです。大変でしたね~」
草加部の方が芝居は上手い。
Knight workers を舐めるな。
これから世界のKnight workersになるんだ。
ゆっくり接車された。曲がった。
エンジンが止まるのを待ち、草加部はバーを外し、大沢と荷降ろしを始めた。
「大沢君、6時に帰れるから。」
「はい」と大沢は強張った表情で時計を見た。
「やれるだけのことをやろう」
「はい」
白髪のリーゼント頭の中沢が運転席から降りてホームに来た。
「榊さんはそんなに早くないはずだから。」
「分かりました。ありがとうございます。」
どういわけか、珍しく残っていた元グリミー大森が荷降ろしに来た。
”遅くなったから助け合いだろうか?”
”素晴らしいことだと思う。”
そして二人がかりで降ろし始た。悪いことではない。
草加部と大沢は昨日の要領で仕分けしながら台車を逃がしながら捌いて行った。
1台のトラックが入ってくる音がした。鎌田さんのトラックだった。いつも空で帰ってくるので今日も空だろうと軽く流した。
仕分けを続けた。
”んっ!何? 積んでるの?”
鎌田のトラックがホームの前に着けられ観音扉が開けられた。
荷物を積んでいた。
草加部は反応した。
「大沢君、榊さんと仲下さんが出てないか見て来てくれ。」
ウキーキーーーーーウキーウッキキー
そんなに早く出るわけねえだろ!
と聞こえた。
草加部は人間不信だ。「大沢君、調べろ」
「はい」大沢君は走った。
ウキャーウオーーーーウキーウッキキー
そんなのいいから仕分けすればいいだろうがーーーー!
草加部は気にしない。軽くなった体をフルに動かし本気を出し始めた。
大沢が戻ってきた。
「出てます。5:02分。2台同時の出発です。」
「大沢君、申し訳ないけど、このままだと荷降ろしに追われて、朝一に出発する配達ドライバーの準備に手が回らなくなる。本気出してくれるか。」
「分かりました。」
荷物はどんどんぐちゃぐちゃに降ろされた。荷降ろし台車はどんどんた溜まっていった。
そして、パレット物も降ろされ始めた。鎌田のトラックもパレットが多かった。中沢も降ろし始めた。
ところ狭しと置かれ、グリミー沢木の番線まで埋められ始めた。
草加部と大沢は黙々と作業を続けた。追い付く訳がない。2台同時に降ろされ、しかも3人で降ろしている。
それでも必死に仕分けを続けた。
”やるしかない。”
「大沢君、やるしかない。」
ここで大沢は後々まで語り継がれることになる名言を吐いた。
「諦めてやる!」
力強かった。
「うん。」草加部は頷いた。天才だ!
そして、中沢の方の荷降ろしが終わった。鎌田の方はまだだった。
そこにグリミー7号のトラックが入ってきた。中沢のトラックがまだあったのでホームに入れない。待機できる場所に停車した。すぐに仲下のトラックも入ってきた。
2台が待機。初めてのことだった。
”荷降ろし用の空台車がない。”
”パレット物を置くスペースすらない。”
「なあ、大沢くん。」
「はい、何ですか?」
「シカトしよう。」
「・・・・はい」
二人は淡々と作業を続けた。
そして、中沢のトラックが動き始め、グリミー7号こと榊のトラックがバックで入ってきた。待機中に観音扉は開けられていた。
超満車だ。
鎌田は荷降ろしを続けていた。
グリミー大森は、ほくそ笑みながらそそくさと帰って行った。中沢も珍しくそそくさと帰って行った。
5:50分。
グリミー7号こと榊のトラックが接車された。パレット物が見える。
”置くところがない。”
グリミー榊がホームに昇ってきた。
ウホ、ウホウホ、ウホッホーーーーーー
降ろせねえじゃねえか。夜勤なんか暇なんだから片付けておけよーー!
怒鳴っている!
寝てたんじゃねえのかよ!
こんなんだったら降ろせねえからこのまま帰るぞー
草加部と大沢はシカトした。黙秘権行使。文化的な対応だ。
Knight workers は、紳士なのだ。
グリミー榊は、フォークで荷物を降ろし始め、いつもなら荷降ろし用の空台車を置くスペースに降ろし始めた。
かなりの量だった。
そして、カイと林が出社してきた。もう6時だ、必死だったので気づかなかったが配達ドライバーも出社し始めていた。グリミー1号の嵯峨、2号の村上もいた。
金髪でモデルのような体型のカイは、周りを見渡し、何があったのという感じで歩いてきた。林はニヤニヤしながらグリミー榊に近づいて行った。
嵯峨や村上もニヤニヤしながら見ていた。嵯峨は最近は大人しかったがやはり血が騒ぐのだろう。
キーウキーウッキキーキー
ウキ、ウキウキウッキーーーー
ざまあみろ。暇なんだからちゃんとやっとけよーー!!
そして、グリミー榊が、
「夜間作業員が俺より早く帰るなんて絶対に阻止してやるから。」
と、林に言った。
林は草加部と大沢を交互に見てほくそ笑んでいる。
”いいから作業しろよ” と、草加部は思う。
カイも林を睨むように見ていた。いつもと違う殺気に近いオーラが感じられる。
草加部がカイに言った。「1台待機中です。」
そして、「大沢君、シカトしよう。」
「はい、諦めてやる。」
カイは冷静に構内を見渡し、簡単に降ろせそうな荷物を見つけて空台車を作り始めた。草加部達も作ったが、時間がなく作り切れていない。まだ作ろうと思えば作れる余剰はあった。
林もバカにした目をしながらコの字に来た。
グリミー榊は乱暴にバラの荷物を降ろし始めた。とにかく乱暴だった。ぐちゃぐちゃに。
そして、台車がねえんだよと怒鳴り始めた。
その瞬間だった。
構内にいた全員の頭が真っ白になった。委縮するくらいの大きな音。
「ウィーーーーン、ウイーーーーン」
何があった? 全員、何が起きたのか分からない。
パトカーのサイレンだった。次々に営業所に入ってきた。黒いセダンもある。商用車もあった。出入口を塞ぐように停車した車両もあった。
佐藤が降りて来た。ビシッとした濃紺のスーツ姿で足早に歩いてきた。その後ろには5~6人がついてきている。制服警官もいた。
佐藤が、グリミー榊の前に立った。
「逮捕状が出ている。あと、嵯峨、村上、動くな!」
と、佐藤が緊張感ある声を出すと、他のスーツ姿の男たちが嵯峨と村上の所に行き取り囲んだ。
草加部は黙って見ていた。カイ、大沢、林も黙って見ていた。
「草加部さん。」佐藤が呼んだ。
「はい」
「同じこの時間にグリミーこと東藤の自宅にも捜査員が行っています。」
「え?」
榊は、何も言えず黙っていた。
「そして、グリミー伊藤の所にも警視庁の人間が行っています。」
「え?」
「本社にも令状を持って入っています。今頃、社長は呼び出されていると思います。新聞に載りますよ。」
「グリミー榊、罪状は威力業務妨害罪だ。」
「嵯峨、村上は侮辱罪。6時7分。いいな。」
グリミー榊、嵯峨、村上は容赦なく手錠をかけられ連行された。駐車場を出てすぐのところにワゴン車が停められていて、それに乗せられていった。
「草加部さん、今頃、今村所長には電話で連絡が入ってると思いますから、すぐに来ると思います。高速使ってきますよ。本社からも電話が入ってるはずですよ。それから、今回のは超法規的措置です。通常は侮辱罪は親告罪になりますから本人からの被害届が受理されないと動けません。後から書類の記入をお願いします。今までの証拠は揃えています。」
「分かりました。・・・・超法規的措置。」
「では、このままの状態で現場検証を始めます。何にも触らないでください。」
「はい」と言って草加部は喫煙所へ行った。大沢君もついてきた。カイさんと林も喫煙所に来た。
ーつづくー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます