第73話 武器はペンだ!

欺瞞ぎまんに満ちた行動。

これを欺瞞と言わないで何と言う。


無意識に左肩が上がり後ろに回った。顔が左に傾き正面に戻る。ナイトワーカーズとしては看過できない。


グリミーの短絡的な承認欲求のためだけに大沢君がターゲットにされた。俺はちゃんとやってるけど夜勤がだらしないんだ。これが言いたいだけだ。


”異常だ”


「まずさ、大沢君の名誉を回復しようか。」

「えっ」

「だって、皆の前で謂いわれのないことで怒鳴られ続けんたんでしょ。」


「できるんですか?」

「やる!大沢君には俺が教えたんだ。」

「どうやって?」

「奇襲をかける」

「奇襲?」


「グリミーは今回の欺瞞ぎまん行為はバレていないと高をくくっているわけだ。所長すら騙せたわけだから。もしかすると絶対にバレないと完璧さに酔いしれて、今日の日中にさらに吹聴ふいちょうしてると思う。夜勤の尊厳を軽視して自分を優越的に見せて満足したい。ただそれだけがしたいだけで短絡的に衝動的に欺瞞ぎまん行為を繰り返している。だけど今までのを思い起こすとワンパターンなんだ。言っている内容が同じなんだよ。誤仕分けだ。誤仕分けを利用して、欺瞞ぎまんという得意のすべで、正当であるかのように演技して人をコントロールする。」


草加部は少し間を置き大沢君がついてきてるかを確認して続けた。


「コントロールされた側はグリミーが正論を言っているので、これ以上なんとも思わないで夜勤や大沢君個人の尊厳を軽視するようになる。エスカレートすると大沢君が孤立していくことになると思う。俺は、カケルさん、東藤、村上、嵯峨、鈴木にこれをやられた。きついぞ。引き際を知らない社会病質者が一線を越えてくる。それに終わりがない。誰も助けてくれない。周りは自分に矛先が向かないようにするだけ。人の顔をまともに見れなくなるんだ。経験あるか。」


「ないです。」


「あいつらに罪悪感がないんだ。」


草加部は続けた。


「ソシオパスの典型だろ。」

「・・・・そうなんですかね。難しい。」


「俺らは逆を突く。」

「逆?」


「そうだ、グリミーは高をくくってるわけだろ。不意打ちで、グリミーが今まで言っていたことと矛盾があることを暴露する。」


「どうやって?」

「ここに貼り出す!」

「おーいいですね。」


「そうだろ、名誉回復措置として今までの矛盾を張り出し暴露する。全員の目に入る。形勢逆転だ。こないだ世論が傾いたばかりだから難しくないと思う。」


「草加部さん、ありがとうございます。」

「とりあえず、名誉が回復すればいいよな。」

「はい」

「ナイトワーカーズの武器はペンだ」

「はい」

「そして結界を張る。接近禁止命令だ。」

「おー」


「シフト上でグリミーの時間をずらし顔を合わせないようにする。シフトから外してもいいんじゃないか。」


「ありがとうございます。」


「俺だってやる時はやる。今日中にやる。月曜は荷物少ないからやってしまおう。」


21:36分に元グリミーの大森さんが到着。その後に発送のトラックも来た。草加部は頭で文章を組み立てながら、大沢はそれを期待しながら作業にあたった。


22:26分 作業終了。


大沢君は張り切って受付に行った。


草加部はタバコを吸い文章を組み立てていた。10月半ばになり、だいぶ涼しくなった。日中に芋煮会やバーベキューをするのにはいい気候ではないだろうか。


草加部の持論だが、何も真夏の炎天下でバーベキューしなくてもいいだろうと思っている。もう歳なのだ。草加部も若い頃は炎天下でやっていた。


やりたい時にやればいいんだよ。


草加部が駐車場まで出て公園を覗く。若者たちがバスケットをしていた。金網のフェンス越しに歩道を歩いていた男がこっちを見ている。


”佐藤さん?久しぶりだな~”


佐藤は笑顔で手を上げて去って行った。


”全部、筒抜けだろう。” 草加部は、ある種の安心感を感じた。


草加部はタバコを消して休憩室に戻り、いつもの席に座った。


腕を組む。考える。文章を組み立てる。


”ありのままで行こう”


草加部は席を立ち事務所側に向かった。裏紙が何百枚と重なって置いてあるところに行き10枚くらい無造作に取る。本気の表れだ。そのまま席に戻りリュックからポーチを取り出しシャープペンシルと消しゴムを出した。


書き始める。


ーーーーーーー


東藤さんへ


私は東藤さんに教えられたとおりに作業をしています。


口毎に揃えなくてもいいと教えてくださったのは東藤さんでありませんか。いつから口毎に揃えることになったのでしょうか。我々は何も聞いておりません。


100円ショップの荷物については東藤さんが特定のところだけに執着して気を遣って口毎に揃えていたことは認めます。しかし、他のホームについては「やらなくていい」と強く抑止していたのは東藤さんではありませんか?


我々がここまでやっていたら体がもたないからやらなくてもいい。これは配達ドライバーの仕事なんだと強く言っていたのは東藤さんです。


●特定のところだけをやって、全てをやっているかのような主張をするのは止めて下さい。


●先に入社したという立場を利用して弱い者いじめをするのは止めて下さい。


●日曜日の夜は大変だと言っていたのは東藤さんではありませんか?


●夜勤は大変だと大騒ぎして事務所に怒鳴り込み募集をかけさせたのは東藤さんではありませんか?


全てのホームの100円ショップの荷物を別の台車に分けて置くようにしたのは私です。東藤さんではありません。何か勘違いされているのではありませんか?その100円ショップの荷物は口物が多いので、最初から台車を別にして神経衰弱のように荷物が来た都度、揃えながら置いています。しかし、何台かの便にまたがって到着します。揃うまで2日かかることもあります。日中に何個か入り、夜間に残りが入ることもあります。それを東藤さんは全て把握して神経衰弱をやっていたということでしょうか?量が多い時もあります。まだ揃わない口物は台車の上で端に追いやられ、先に来たものを置くような状態になります。結果として、2台にまたがることなんか今まであったことではありませんか?


これって、積み直さなければならないのですか?


東藤さんが日曜は大変だと言っていたのに、今度は暇なんだからやっておけ?


「これでもやると言わねえのか」まで仰ってるんですよ。


東藤さん、我々の能力ではできません。やっていた、できると仰るのであれば、すぐにでも東藤さんがやってくれませんか?できない人にやらせるように仕向けるより、出来る人にやってもらうほうが配達ドライバーのためではありませんか。


そもそも所長は、そこまでやらなくていいと言い続けています。構内作業員の仕事の内容や範囲を勝手に作って大沢君に押し付けようと企てるのは止めて下さい。


それと、所長に噓の報告しましたね。これは欺瞞ぎまんです。欺瞞行為までして夜勤の尊厳を軽視しておとしめるようなことは止めて下さい。


我々は東藤さんに使われているのではありません。これからも所長の指示に従って業務に励みます。


もしかすると夜勤は暇だ、楽だと吹聴しているのは東藤さんですか?


私は誰が言い出したのかを探し続けています。


犯人を知っているなら教えて頂けませんか。


 Grimm is endless

〈残忍でおぞましい出来事が終わらない。〉


これは大沢君の名誉回復措置だ。


ーーーーーーーーーー


”よし、これを貼る”


「うわっ、大沢君戻ってたの?」

「とっくですよ」

「これどう?」


大沢は読み始めた。


「いいと思います。」

「付け足したいことはないか?」

「はい、大丈夫です。」


草加部はコピーを取り、貼り出し用、今村所長用、証拠のための記録用を作り、貼り出し用を休憩室の目立つところに貼った。


今村用は所長の机の上に置いた。”誰でも読めるように。”


自分を優越的にするために欺瞞ぎまん行為をするソシオパスは孤立を嫌うという。草加部が思うところ、周りからの評価というか世間体、体裁を気にする傾向があるように思う。おそらく自分に自信がなく、周りに認められることで自分を保とうとしていると考えている。周りから相手にされなくなることが一番の恐怖ではなかろうか。


グリミーが意図していることを全て壊す。


そして隔離する。

結界だ。

シフトから外す。


今まで自分だけがきちんと仕事をしているとアピールして来たグリミーがシフトから外されたらどうなるか?


承認欲求のかたまりのグリミーはアピールできない。


自分を保てるのか。


非情になるとはこういうことだ。


そして、早朝の3:46分


元グリミー大森とトサカ頭のグリミー3号の能見、ドレッドヘアが緩めの5号の沢木が休憩室で読んでいた。


ボソボソと何か話しているようには見える。ただ、口数が少ない。


”そうだ、お前らも少し考えろ” 


と草加部は思う。大沢君もそれを黙ってうかがっていた。


このあと、中沢さんも到着し、それに気付き読んでいた。


そして、5:55分。

グリミーが出社してきた。


平静を装っているが明らかに動揺が見られる。グリミーは黙って仕分けをし始めた。


昨日の今日だ。無理もない。この展開の速さに着いて来れないだろう。


カイさんも出社してきた。カイさんにはメールで連絡していた。表情は引き攣っていた。周りからの目もいつもと違う。


我々をうかがっている。


7:18分

荷降ろしの手伝いをしてた大沢が、荷降ろしが終わりコの字に戻ってきた。今日は、コの字に大沢君を残すのはきついだろうと思い草加部が仕分けをしていた。荷降ろしが終わったグリミー6号の伊藤が事務所に入り、所長の机の上にある”東藤さんへ”の書面を読んでいた。遠目でも分かった。


「大沢君、あがろう」

「はい」

「カイさん、あがります。」

「はい、お疲れ様でした。」


7時に出社してきた林も、あっちを向きながら目を合わせず、「おつかれさまでした」とボソッと言った。


グリミーは何も言わなかった。


休憩室で貼り出されている書面を配達ドライバー5、6人で見ていたが、草加部は気にしないでタイムカードを通し帰った。


大沢も急ぎ足で車に乗っていた。


ーつづくー

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