第71話 ソシオパス③

これは差別じゃない。区別だ。生きる権利を認めてもらいたい。


草加部は非情になるために正当化する理由が欲しかった。罪悪感なしにできるものではない。批判覚悟の線引きの決断だ。


相手がグリミー(ソシオパス)とは言え、周りは感化されたことがある者ばかりだ。グリミーは巧みに悪口を耳元で囁き、人をコントロールする術を持っている。再度、感化されてしまったら負ける。


そのために自分が非情になることへの正当化する理由を探した。それが区別だ。業務を円滑に回すために区別が必要なのだ。方法は結界を張る。棲み分けが必要なのだ。生きるために。


その呪文は、干渉しないで。


裁判所からの接近禁止命令と同じように、所長から干渉禁止命令を出してもらう。


ここは非情になる必要がある。もし自分が干渉しないでと言われたら結構なショックを受けると思う。それを言うわけだ。罪悪感という感情を持ち合わせている我々にしてみればそれを言うこと自体に正当な理由が必要だ。そうしなければ罪悪感に押しつぶされ負けてしまう。


結界は最小限のものにして混乱を避ける必要がある。騒がれる前に張る。感化される前に張ってしまうのだ。


具体的にはシフトを利用する。


グリミー(ソシオパス)こと東藤と夜間の構内作業員が顔を合わせないようなシフトにする。30分から1時間くらいずらすだけで可能だ。繁忙期などはシフト通りにいかない可能性もある。その時の保険で完全交代制にする。トラブルの元だ。


グリミー(ソシオパス)こと大型ドライバーの二人については、この二人だけを対象に干渉禁止命令を出してもらう。今まではドライバーが荷降ろしに来るまでの間に作業員が荷降ろしをしていたが、それも一切やらない。そもそもドライバーの仕事だ。作業員どうしの仕事の話しにも口を出していたのでそれにも干渉しないようにしてもらおう。


そもそもは草加部の提案で、大型ドライバーを味方につけて、配達ドライバーとの民族紛争を収めるつもりだったが、相手は社会病質者だ。


草加部がその提案をした時点で、グリミー(ソシオパス)の術中にはまっていたのだ。草加部自身がコントロールをされていたということだ。


甘く見ていた。


本当に相手にしてはいけない相手がグリミー(ソシオパス)だ。


結界を張った後の注意点だ。


本当に相手にしないということは、その相手が言っていることについても考えてはならない。愚痴という巧妙で狡猾な呪文を使い、意図したとおりにいかないと悪口を広め罪悪感を植え付けてくる。キレる。それを受け止めていくにつれて結界が破られる。割り切れずに考えてしまうということは呪縛に縛られているということだ。


こうやって人の操作コントロールを繰り返してきた。そこに罪悪感がない。


相手は社会病質者だ。負けるぞ。


本当に相手にしないというのはこういうことだ。考えてもいけない。これが区別だ。非情にならないとできない。貫くしかない。


これが線引きだ。必要以上に相手の領域に入らない、引き込まれない。結界が破られることに繋がる。


ただ、正式に手伝うと決めたばかりだ。実行のタイミングと大義名分が必要だ。


ーーーーーーー


草加部は、このことを今村所長も含め、構内作業員のカイさん、大沢君、仁田さんにメールで連絡することにした。言葉だと伝えきれない。メールの方がいい。


林については内情を知らない。負担になってしまうかもしれないから、もう少ししてから言うことにしようと考えた。


草加部は作り始めた。


ーーーーーーー


皆様へ


唐突ですが、ソシオパスってご存じでしょうか?社会病質者というらしいのですが詳しくはご自分で調べてみてください。後天性のものらいしいです。


今までのことを、これに当てはめるとしっくりくるんです。説明がつくんです。そこでですが、私は区別が必要だと思います。差別ではありません。


“結界”って聞いたことありますか?


結界とは仏教用語らしいです。


結界を張るとは、空間を内と外に分類して、内を聖なる空間、外を俗なる空間と見なす行為ということらしいです。内側の清浄を保つため、また魔の侵入を防ぐ目的があるそうです。


よく相手にするなと言ったり言われたりすることがあります。それぞれ生きてきた環境が違うし、どの程度の教育を受けてきたかも違います。“ソシオパス”というのもあります。世の中には、本当に相手にしてはいけない相手がいると思います。


私はこの歳でそれに気付きました。今までの環境ではそこまで考える必要がありませんでした。


古来からそういったものはあったのではないでしょうか。


結界を張るとは、その教え、精神衛生上の棲み分けという解釈をしたら間違いでしょうか。


心の中だけででも、「干渉しないで」という呪文をおまじない的に使うことは、ここでは必要だと思います。


本当に相手にしちゃいけない相手を相手にすると心が負けます。そしてその相手の言っていることを考えて受け止めると結界が破られる。


現代でもこういうのがあると思います。結界を張るとはこういうことではないでしょうか。


例えば、シフトを工夫して、グリミーと会わないようにするというのも結界を張るということだと思います。


今後、時期を見て物理的な結界を張ろうと考えています。これはその連絡です。


自分の仕事は自分でやる。


これが線引き(結界)だと思います。


必要以上に相手の領域に入らない、引き込まれない。


結界が破られてしまうことにつながります。


ーーーーーーー


草加部は時間予約をして送信した。大沢君には即送った。


草加部の受けたショックはまだ消えていなかった。こういうことだったとは。


大沢君に届いたようだ。読み始めていた。


読み終わった大沢君が、


「草加部さん、さっき僕が言った頭の中で繋がりそうだって言ったのはこういうのですよ。」


「うん、大沢君が教えてくれたんですよ。」


でも、草加部が引っかかっていることが一つある。


ソシオパスは後天性ということはグリミー達は被害者なのか?思考が変わってしまう何かが過去にあったということか。


”いや、だから非常にならなければならないとはこういうことだ。考えちゃダメなんだ。考えてしまうと心の隙に入り込んできて結界が破られる。相手は社会病質者。”


草加部の心の整理にはもう少し時間がかかりそうだ。



ーつづくー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る