第50話 勝った方が官軍だ。錦の旗はこちらにある。

4:00分

いつもの如く、

グリミー能見は出発するのか、点呼を頼まれ判子を押しに行った。

草加部が応じた。

大沢くんは心配してか一緒に来た。

トサカ頭の能見はバツ悪そうな顔をしていた。

緩めのドレッドヘアの感じの沢木も、一人残るのが嫌なのか一緒に点呼を受けたが、後半のは自分は関係ないですよ的な感じだ。そういう奴だ。

チンピラの残党の高津は何も知らない。いつも通りに出発した。


二人ともかしこまっていた。


草加部は何もなかったかのように感じよく対応した。

目的は改善だ。

紛争を起こすことではない。

気付いてはもらえないだろうがそう思っている。


中沢さんの北日本便はまだ来ていなかった。


草加部と大沢君は誰もいなくなった休憩室で座った。


二人は黙っていた。


しばらくして大沢君が口を開いた。

「反発・・・でしょうか?」


草加部は少し考えた。


「そうだな。」

「契約書上では役割分担が出来てますよね。どうしてこうなったんでしょうね。」


草加部は少し考えていた。


「これってさ~、ここまでやれるって何だと思う。」

「えっ」

「・・・自分達が正義だと思ってるんじゃないかな。じゃなきゃ、こんなあからさまなことできるか?」


大沢は困惑した表情をした。

「正義って、でも契約書上では・・・」


「大沢君、逆の立場になって考えてみてくれるか?大沢君だったら、自分の仕事を押し付けてる上に、さらに所長から説明されたのに、ここまでできるか?やれるか?」


「僕だったらやれないです。」

「それなのに、あいつらはやってきた。自分らが正義だと考えてるとしか考えられないんだよな。」


草加部は思いついたキーワードを出した。

「洗脳、感化だろうか、同化、染まった。」


草加部はある仮説に至った。

「これさー、以前にチンピラ一味から始まった話はしたよな。もしかすると大きな勘違いをしていたかもしれない。」

「勘違いですか?」

「うん、もっと根深い歴史的背景が絡んでるかもしれない。俺の調査だとここがオープンした時からいるメンバーは、村上、沢木、能見、定年になった鈴木さんだ。他は入れ替わってる。」

「入れ替わってる?」

「人の入れ替わりが激しい業界なんだ。」

「入れ替わった人の中でも長く勤めていてグリミー化していない人もいる。例えば、勝田さんだ。ただ、オープンした時からいるメンバーはさっき言った3人だ。あとは定年になった鈴木さん。」


「どういうことですか?」

「今ではここはこんなに優良企業が建ち並ぶ工業地帯だけど、当時なんか空き地だ。北部工業地帯なんかもなかった。ここが24時間体制でもなかった。ということは、閑散としていたということだ。」


大沢は黙って聞いている。

草加部は続けた。


「構内作業員なんかも鈴木さん一人だったらしいから、時間を持て余していた可能性がある。だからかもしれないが、村上と鈴木さんは仲が良かった。当時は、物量が少ないとはいえ、何もしないわけにはいかないから、気を利かせて鈴木さんがやってあげてたんだよ。家族的な雰囲気で。」


大沢は聞き入っている。

「ということは、線引きなんか必要がなかった。その名残だよ。」

「なるほどですね~」

「だから、村上、沢木、能見の頭はその時のまんまなんだよ。だから、この3人はここまでできるんじゃないか?」

「じゃあ、嵯峨さんは?」

「嵯峨は、村上に指導されてここまで来てるんだ。」

「なるほど、じゃあこうなっちゃいますよね。」

「そういうことなんだ。」

「ここまでが歴史的背景だ。」


草加部は少し考えさらに仮説を続けた。


「要は、新しく入ってきた人は、この雰囲気に”染まっていく”んだ。こういうもんだと思ってしまう。そして、どんどん流通センターや倉庫や企業が建つようになって荷物の量は増えてくる。ドライバーも増えてくる。そのドライバー達も染まっていく。当たり前だと思っている。これだけ荷物が増えてくると構内作業員も増やさなければならない。」


「東藤さんですか?」


「そうだ。それで集約店で問題になっていたグリミーが異動でここに来た。おそらく、荷物が増えたとはいえ、当時は作業員は二人で間に合ったんだと思う。夜間はまだなかったらしいから。その時、作業員は二人。ドライバーの人数は分からないけど、2人対10人でも多数決で負けるよな。最初から作られた環境もあって、グリミーは従わざるを得なかったと思う。でもグリミーの性格だ。オープン当初からいた鈴木さんより社歴が長いこともありマウントの取り合いが始まった。鈴木さんと村上は仲が良かった。村上もあの性格だ。最初からここにいるという自負もある。集約店ではあり得ないくらいドライバーの仕事を押し付けられることが続く。あとは想像つかないかな。自分はやってるけど鈴木がやっていないとかとなる。巧妙に耳元で囁いて。」


「なるほど。」


「ある時から、夜間にも荷物を入れるということになったらしい。そのくらい需要が増えたので運ばないと集約店が溢れちゃうという理由だったらしい。その時に二人しかいない作業員は相当揉めたらしいんだ。正確にはグリミーが夜間をやりたくないとごねたらしいんだ。それで、当時の所長が鈴木さんに夜間専属でお願いできないかと頭を下げたらしい。」


「そうだったんですか。」


「うん。鈴木さんからの話しだけどね。でも、鈴木さんが休みの時はグリミーにやってもらうしかなくて、そういうシフトにしたらしいんだ。でもそうすると日勤がいなくなるということで、当時事務所にいたカイさんがその時はやっていたらしい。この頃から鈴木さんからマウントを取りたくて、いろいろあったらしい。おそらく今と同じことじゃないか。繰り返している。」


「分かりやすい。」


「ここの歴史的背景にグリミーが加わり、巧みに狡猾に風評を流布して周りを感化して自分はちゃんとやってるけど夜勤がダメなんだと鈴木さんを攻撃したんだと思う。仕事の押し付けは歴史的な名残り、夜勤への差別はこの名残り。」


「説得力ありますね。」


「おそらく間違いないと思う。多少無理くりのところはあるけど、これは歴的価値観を共有した民族意識に近くないかな。大沢君が言っていたやつだ。」


「民族紛争ってことですか?」


「人の入れ替わりが激しいところだから、新しく入っては染まって行き、切りがない。だけど、当初から残っている意識は受け継がれてきている。だから作業員の仕事だと言い切って、自分たちが正義だと信じているってことだな。民族っぽいな。そして反発が起これば紛争だ。民族紛争。大沢君の言っていたことで間違ってないかもよ。」


「いや、ここは運送会社ですよ。」


草加部には大沢の言葉が聞こえなかった。それだけ集中していた。


「勝った方が官軍。という話しかもしれないな。」

「でも、契約書が」

「そうだ、こちらには大義名分がある。それと、これくらいの物量と人数を抱えて行くなら、きちんと組織化しなきゃ無理だろ。」


草加部は立った。


「大沢君。錦の旗はこちらにある。貫くぞ。ブレるな!」

「はい、大変そうですね。」

「この話しを含めて今日のことは所長に挙げる。ちょっと相談しなきゃダメだろ。仁田さんには俺から伝えておく。これを伝えるのは大変だろ。」


トラックのバック音が聞こえた。


4:28分北日本便が来た。



ーつづくー

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