第23話 ここはアフリカか?

 グリミー2号こと村上だった。事務所から出てきたところだった。

 集中していて気付かなかったが、早朝に配達に行く当番だったのか出社してきたのだ。


 鎌田さんは事務所に入って行った。


 中沢さんは、バーやベニヤ板、カゴなどの自分の道具を荷台に乗せてトラックを移動させる準備をしていた。


 グリミー村上は、事務所の前あたりにある、今降ろされたばかりのパレットをチェックしていた。自分が担当する荷物がないかを見ているのだ。これは、グリミー2号こと村上だけではなく、配達担当者なら誰でもすることだ。配達ドライバーの性とでも言ってもいいだろう。


 ほとんどの配達ドライバーは遠目で歩きながら見て分かるようだ。その中で似たような荷物があった時は近くに行き、荷札で確認するという感じだった。


 グリミー村上は一つ一つ荷札を見ていた。


 グリミー村上が大声を出した。

「なんでやっとかねえんだよ!こいつら何回言っても仕事しねえんだ。」


 やっと明るくなってきたばかりの早朝。グリミー村上の怒鳴り声が響き渡った。


 中沢が驚き、パレットが置かれている所に歩いて行った。鎌田も事務所の中まで聞こえたのか事務所から出てきた。草加部と大沢もそっちを見た。「何?」忙しいさなかに手を止めるはめになった。


「何したの?」中沢が聞いた。

「こいつら、何回言っても仕事しねえんだ。ダメなんだよ。」

「何のこと言ってるの?」

「このパレットをすぐに持って行けるように組換えをしとかねえんだ!こいつらダメなんだよ。仕事してねえんだ。夜中からここに置きっぱなしにしてたんじゃねえの。バレねえと思って。」

「ごめん、今持ってきたんだ。」

「こめんね、今降ろしたとこなんだ。」


中沢と鎌田は集約された荷物を運ぶ大型ドライバーだ。なんとなく責任を感じたのだろう。


 グリミー村上は、

「しょうがない。いいんですよ。」と自分の勘違いを詫びることなく自分のホームに歩き始めた。


 中沢と鎌田も戻った。

 草加部と大沢は、正直、かまってられない状況だ。仕分けに戻った。


 ”我々がしたの?” 構わず仕分けを急いだ。


 中沢のトラックが動き、ガランガタンと観音扉が閉まる音が聞こえ、そしてトラックは営業所の敷地内にある洗車場へ行った。


 グリミー村上は、夜間に仕分けされホームに運ばれた台車を中腰になって物色するように見ていた。


「ウギーギー」興奮しているのか唸っている。


 草加部と大沢は、その何か悪いことをしたかのような雰囲気に包まれ、威圧感と荷物の圧迫感も重なる中で作業を続けた。大沢君もかわいそうに顔が引き攣っている。草加部もお腹が邪魔ながらも頑張って仕分け作業をしているのに嫌な気分だ。


 草加部の視界に村上の不自然な動きが入った。


 ”荷物をの?”


 と、よぎった時には、シンプルな作業手袋をはめた手から離れていた。


が、草加部には軌道というか線が見えた。


 ”当たらない”


 A4判の封筒に入った少し膨らんだ荷物だった。草加部の方に投げつけたのは間違いないが、手前で床に落ち、一回弾み、草加部の右側を滑るように通過し止まった。


「ウギャー」と唸ってるようにも吠えているようにも聞こえる。「俺が持って行くんじゃねえよ。」


 草加部はグリミー村上を見る。

 村上は、知らんぷりして、背中を向けて作業をしていた。


 草加部は、投げつけられた荷物を拾うのが癪しゃくで放置した。

 大沢は、それを拾い、仕分け台車に載せた。


 その荷物は誤仕分けではなく、配達ドライバーどおしで、あっちに持って行かせろ、いや、そっちだからと、作業員を間に入れて押し付けられている荷物だった。


 大沢君は仕方なくの台車に置いたのだ。


 嫌な気持ちになったまま二人は無言で仕分けを進めた。


 グリミー村上が、草加部達が、”別にしていた早朝に配達する荷物”の積み込みが終わり台車を移動させた。


 少ないからすぐに終わったのだ。


 と、思っていたら、


 ガーンと物凄い音が響いた。


 洗車スプレーの音以外は営業所の前の道路を走る車の音だけ。


 その台車を、荷降ろしをするスペースに置いてあった台車に叩きつけるかのようにぶつけたのだ。グリミー大森の時とは比較にならないくらい、1m×1.5mの鉄の塊と鉄の塊がぶつかる音が、鐘のように響いた。


 さらに、グリミー村上はウギャーと唸りながら3回連続で叩きつけた。


 ぶつけた台車をまた引っ張り、それを勢いづけてぶつける。それをまた引っ張り勢いよくぶつける。ガーンという可愛い音なんかじゃない。その音が構内全体に響き渡り、洗車をしていた中沢も気づいたのか様子を見に来た。


 草加部と大沢は、憂鬱な気持ちのまま仕分けを続けるしかなかった。無言で仕分けした。


 ”無言には力がある”


 草加部はビビッてはいなかった。中沢もそんな二人を見て洗車場へ戻った。


 草加部と大沢は疲れていた。


 外はだいぶ明るくなってきたなあと外を見た草加部が、


「大沢君、朝焼けだ。」

「え?おー」


 ここから見る朝焼けが草加部は好きだった。

 20年前とは言え、比較的新しく造成されたこの地区は、歩道が広かったり、公園やグランド、ショッピングセンターもあり、街路樹もきれいに管理されていて、きちんと整備された地区だ。


 一面が赤く染まった空。黄みがかったところもある。


 街路樹のアオダモも朝焼けに照らされ、見慣れた光景がアフリカの大地と錯覚してしまうくらいに、全く別物に感じさせた。


 二人は、仕分けしているのを忘れて一瞬見とれてしまった。


 2022年4月5日火曜日 日の出の時間 5:17分

 それより少し過ぎた時間だ。


 ”ここは動物園なんかじゃない。野生の王国だ。”


 ーつづくー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る