第7話 グリミー大森の入場
「ゴリラ」
大沢は呟いていた。「ゴリラ… ゴリラ… ゴリラ…」
表情が強張り硬くなっている。
ピーピーピーというバック音が、グリミーの入場テーマにも聞こえた。
グリミー4号ことグリミー大森が運転する大型トラックが、ホームまであと2m位のところで停止して、エアー圧で荷台の高さを調整した。ホームの高さに合わせているのだ。
ピーーーーーピーーーーと入場テーマよりは間延びしている。
運転席のボタン操作で高さを調整しているからか、調整が終わりに近づくと、ピッピッピーピッと鳴る。これはその時で違うがドライバーによって癖が出るようだ。
荷台の高さの調整が終わるとエンジンを止め、荷台後ろの観音扉を開けるために降りて来た。エンジンを止めるのは社内のルールだ。
少し前かがみで、がに股で、ムッとしたしかめっ面。
「いや~いや参った。」グリミー大森の口癖だった。
俺は大変だっ!、俺だけが仕事をしているんだと聞こえる。
髪が伸びて来たから感じるのか、天然パーマなのかは知らないが、いつもよりクルクルした白髪頭がボサッと見えた。
大沢は、いつのまにか草加部に隠れるように背後に立っていた。
「お疲れ様です。」と、二人は社交辞令的に言った。
「・・・・」
返ってこないのはいつものことだ。
大沢も最近は慣れて来たと思っていたが表情は硬いままだった。顔色をうかがっているのだ。草加部も、いつものことだが“不快”だった。
グリミー大森が、観音扉に付いていた封印を外し、ガタン、ギーと若干固くなっている観音扉の片側を開ける。その時にどれくらい荷物を積んできたかが見える。
4月に入ったばかりとはいえゴールデンウイークに向けて、4月は平常の月よりも荷物の量が多い。それと、各荷主も年度初めということもあってか、いつもより多く感じた。
グリミー大森は、もう片方の観音扉を開け、トラックの横にフックで固定すると、ホームに“接車”するために運転席に戻った。
ピーピーピー
入場テーマと共にバックを始め、ホームまであと30cm位のところで一旦止まる。そこからさらにゆっくりと接車させた。
ちょっと曲がっていた。
夜間作業員は運行管理補助者でもあるので、草加部は接車時に、真直ぐか曲がったかをバロメーター的に、ドライバーのその日の調子を見ている。繁忙期に急いでる時や慌ただしさも事故の元だ。一応は見守る程度に気にはしている。
グリミー大森は書類を片手に運転席から降り、輪止めをしてから、構内に昇れる階段を上がってきた。輪止めをするのも社内のルールだ。
草加部と大沢は、運転手が荷降ろしに入るまで荷降ろしをする。時間がもったいないのと、この横持ち便はもう一度積んでくる都合があるので可能な限り早く出発させたい。
荷台の最後部の、荷物の落下や荷物がズレて崩れないように固定しているバー2本を外し、夜間作業員は荷物を降ろし始めた。大きな段ボールに入った荷物もあれば、小さな荷物もある。重いのあれば軽いのもある。1m×1.5mの台車に一つ一つ降ろしたり、軽いものは2~3個重ねて降ろしたり、下になる荷物がつぶれない程度に重ねて降ろしていく。
グリミー大森がホームに昇って来たところでもう一度挨拶をする。しかめっ面のまま無視して事務所に書類を置きに行った。
その隙に、草加部は大沢に、小声で、「いつもの作戦だ。」と確認の意味合いで言った。
夜間の構内は周りも静かで声が響く。
グリミーに聞こえないように細心の注意を払っていた。
荷降ろしが、ちょうど一台車分終わったところで、グリミー大森が戻ってきた。
そのタイミングで大沢は台車の取っ手を掴んだ。
草加部もそのタイミングを逃さなかった。
大沢が目で合図を送った。
草加部は目で返事をする。
ほぼ同時で一瞬だった。
そのまま大沢は、台車を後ろ向きに引張り、”コの字”みたいに置いた仕分け場まで運んだ。草加部もそれに続き、二人は仕分けに入った。
グリミー大森は二人を目で追っていた。
成功だ。
角が立たないように逃げることに成功した。しかも、自然な流れでさりげなく完璧に。
二人は目だけで会話した。
表情が強張っていた大沢も少し緊張がほぐれたようだ。
大型トラックのグリミー達には、荷降ろし作業がしたくないから、夜間作業員に押し付けたい手伝わせたいという思惑があった。というか、そういう傾向があった。作業員からしたら冗談じゃない。
とりあえず今日のところは逃げることに成功した。いつもうまく行くわけではない。我々が疲れ気味の時や、やることが残っていて落ち着かないみたいな時は、グリミーは見逃さない。必ずそこを突かれて、「暇だったくせに」とか、「あとは寝てんだろ」「夜間なんか遊びみたいなもんだろ」と、一つや二つの皮肉や嫌味を言ってくる。体調面と精神面が一体感を持って心身共に噛み合った時じゃないと今日のようにはいかない。
大型トラックの運転手が扱う量は自分の担当する荷物だけだ。
構内作業員は、”このトラックだけじゃない。” ”全てのトラックだ。”
ということになる。
グリミー達は自己中心で、全体像、周りが見えていないのだ。というより、自分が任されている時間帯と、その部分だけしか本当に知らないのかもしれない。
こんなの押し付けられたら、体がいくつあっても足りない。それ以前に全ての便の荷降ろしをしてから仕分けすることになったら物理的に朝まで間に合わない。
朝の時間帯も入れたら7~8台分だ。よほどのトラブルで遅延した時などはやらなければいけないと思う。話しが別だ。しかし日常的となるとハラスメントだ。
グリミー大森は、一人で荷降ろし作業を始めた。辺りには荷物を降ろす音が響いていた。
バーン バーン バーン ウキィーー
バーン バーン ウキッ!
入場テーマに合わせて登場した時の、しかめっ面は、威圧感を与え、無言の圧力で手伝わせようとしたものだ。「いや~いや」もアピールで、グリミー大森の作戦で策だったと分析している。無言の圧力で威圧感を与えられるほど、クルクル白髪頭のグリミー大森にオーラはない。
自分の仕事を押し付けようとばかり考えてる人はカッコ悪い。
グリミー大森の作戦というか嫌がらせはまだ続く。これからだ。
ーつづくー
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