第2話 未知との遭遇

ドザエモンの腕を肩に回し掛け、半ば引きずるように歩く。重い。そして目立つ。恥ずかしい。迷惑だ。

陽気に照らされた制服は生ぬるく、ドザエモンの肌のぬくもりが直接伝わってくる。

男同士だと思うと気色悪いと感じるはずなのに、なぜか嫌だと感じないのを不思議に思っていた。嫌なのはただただ、ジロジロと見られること。皆さん、断じて私はイジメをしたわけではありません!


ドザエモンが口だけで「こっち…」「このマンション」「あっちのエレベーターに」と案内するのに従って辿り着いたのは、近頃建設されて話題になった、駅近・眺望絶景・お値段も最高というタワーマンションだった。

「カードキーがポケットにあるから…」と言われ、ポケットをさぐると、上品なモスグリーンのカードが出てきた。エレベーターにキーをタッチして

「何階?」

と聞くと

「一番上」

という。俺でも知ってる。数億の部屋。

「いいとこの坊ちゃんかよ…」

とたんに、ふかふかのエレベーターにシミを残すのが畏れ多くなった。いや、こいつが悪い。俺、悪くない。小市民の俺はドキドキしながら「他に誰も乗ってきませんように」と願っていたが、どうも直通だったらしく、誰に会うこともなくポンと軽い音を立ててエレベーターが扉を開けた。


まるでビルの中のような、絨毯張りの通路。ワンフロアに一軒だけらしいその部屋は、堂々たる構えの門があった。俺の知ってるマンションじゃない。

俺の肩をするりと抜けて、壁に手をついた。


よろよろとおぼつかない足取りで、玄関に向かう。

カードキーをタッチさせると、カチャリと開錠される軽い音が響いた。

「ごめん、開けてくれるかな。目が…回って…立ってられない」

ずるずるしゃがみ込んだドザエモンを横目に、玄関を開く。

広い玄関。俺の部屋より広いんじゃなかろうか。シンプルでいて、上品。まるでホテルだ。

振り返ってドザエモンを見ると、口を覆って項垂れている。

「…大丈夫かよ」

「…ダメ…トイレ行ってくるから、左の部屋で待ってて」

俺が押さえてる玄関をよたよたと通り抜け、トイレらしき扉を開くと、げぇげぇと吐く音が聞こえた。


*   *   *


ここまで送ってやったのだから介抱してやる義理もないだろう、しばらく帰って来なかったら様子を見に行けばいいや。そう判断して、俺は指定された「左の部屋」へ勝手に上がり込む。ぐしょぐしょのスニーカーと一緒に、靴下も脱いで靴に突っ込んでおいた。なので、裸足だ。


白い壁に濃茶の床、同じく濃茶の本棚とデスクがあって、デスクには勉強道具一式とノートパソコンなどが置いてあった。本棚はスライド式で、二重になってるやつ。それが二台。ぎっしりと本が詰まっている。


実は俺も本は嫌いじゃない。まだ乾いていない服で座るのも憚られ、本棚の前で立ち読みを決め込むことにした。並んでいたのは近代文学、民俗学、歴史、情報処理、データサイエンス、ノンフィクション等々ジャンル問わず。俺の好きな小説や漫画は無かった。どうやら趣味は合いそうにない。

詰まんねえ本棚だな、と隣の本棚をスライドした。何の気なく。

そこに並んでいたのは、本ではなかった。

ハンズなんかに売ってる薬瓶の中に入った、種々様々な錠剤。シートに入ったままの錠剤が詰め込まれたジップ袋。注射器。剃刀。包帯、消毒薬。

明らかに、異質だった。

呆気に取られて眺めていたから、背後にドザエモンが来ていたことに気付かなかった。

「これが僕の秘密だよ」

「うわあぁぁぁ!びっくりしたあぁぁ!」

びっくりした俺にびっくりしているドザエモンがそこにいた。

相変わらず顔色は悪いが、ひとしきり吐いてスッキリしたらしい、さっきよりは足取りがしっかりしている。

「だ、大丈夫か?」

「うん、なんとか。…悪かったね、君を巻き込んで」

しょんぼりと項垂れ、反省している。何に反省してるのだろうか。巻き込んだことだけなのか?死のうとしたことは?そこには触れないことにした。

「ほんとだよ。今、家族は留守?」

「夜まで帰ってこないから、気楽にして。お風呂入ってきなよ。服、僕のを出しておくから。下着も新しいのがある。サイズ一緒くらいだよね」

「あー。んじゃ遠慮なく」

「うちの制服、自宅で洗濯できるやつだよね。今から干せば夕方までに渇くと思うから、洗濯しちゃうね」

「悪いな、頼むわ」

「僕のせいだからね」

こっちだよ、と案内されて、廊下の先にあるやけに豪華な風呂場へ案内された。

洗面台が二つもある。俺の常識にはない造り。

「えっと、脱いだ服、このカゴに入れておいて。着替えは、タオルと一緒にここに出しておくから」

「おっけ」

俺は遠慮なくすぐさまネクタイを引き抜き、シャツを脱ぐ。何しろ気持ち悪いのだ。生臭くて、ベタベタして。色んな微生物がくっついてるのを想像すると、一刻も早く脱いでしまいたかった。

慌ててドザエモンが脱衣所を出て行った。


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