第11話 しがない私の事情聴取
場所は変わり、ここは……さしずめ応接室といったところか。
革張りのいかにも高級そうなソファが向かい合いに二つ置かれており、その中心には脚部分に彫刻が施された一つの大きなテーブルがある。壁には二つなんだかセンスありげな油絵が立てかけられており、全体的に荘厳な雰囲気が漂っている。
「まあ、粗茶ですが」
「あ、お構いなく」
「ふふ、いいんだよ」
向かいの席に座るなりそう語りかけるのは、領主のトモリである。すっごくニコニコしている。いつもこんな感じなのだろうか。ちなみにその隣にはピタとえるちゃんが座っている。もとい、貼りついている。こちらもニッコニコである。なんというか、そういう文化なのか。
そしてテーブルを隔てた向こう側の席に座るのは、今回転生してしまったしがない私、スズナである。
向かいにはトモリ。その隣にはえるちゃん。二人に見つめられる私はなんとなくむずがゆく感じ、とりあえず目線を机に落としつつズズズとお茶をすする。
……おお、意外と飲めるぞ、これ。緑茶や麦茶とはまるで味のベクトルは異なるものの、不思議と不快感はない。それこそ日本人の舌に合うような質素な味わいだ。お茶を運んでくれたリリーさんが淹れてくれたのかな。領主の斜め後ろに控える彼女の方を改めて見てみる。
やはり……似ている。髪型や雰囲気がエリーと瓜二つである。メイド服を着ているという点まで同じであるから最早二人の存在をあべこべに捉えてしまっても仕方がないとまで感じられる。敢えて相違点を述べるならば、エリーはどこか儚く優しそうな眼差しである一方で、リリーはツンと尖った釣り目だということくらいか。
「どうかいたしましたか」
げ、見てるのバレた。使用人はいぶかしげな表情を讃えながら私を見つめる。この顔に擬音をつけるならば、恐らく『ムスー』である。
いや、そうではなく。い、急いで弁明せねば。
「……いや、なんでもないです」
目を逸らす。
実は人見知りもする私である。リリーの方は、え?などと戸惑いの声を上げている。
いや、ごめんて。
暫く場がしんと静まり返る。と思えばこの場の空気を取り持つかのように話を始めたのはトモリである。
「──さて、そろそろ話を始めようか。まずは……君が誰なのか。教えてくれないかな。まずはそこからだ。……わかるね」
先ほどまでとは打って変わり、真剣真っすぐに私の目を見る。声色も低く威厳のある感じだ。
領主らしくて格好良い。と思うと同時に、やっぱり領主なんだなと納得し直す私もいる。彼女という存在が、私の中で少しだけ眩しくなる。
「……はい」
ごくりと唾をのむ。鼓動はみるみるうちに早くなる。
でも、そう、落ち着こう。
私は私のありのままを話そう。だって、話すことに緊張することはないのだから。こんなことで殺されることだって、ないはずだ。この場に敵はいないのだと心が告げている。
私は一つ大きく深呼吸をすると、話を始めた。私の前世。過去。そして現在に至るまで。私の知り得る情報すべてを。ありのままに。
「…………」
再び、静寂が滲む。それは私の心までも満たしたかと思うと、私の胸は酸欠を起こしたかのように締め付けられる。
すべてを語り切った。本当にすべてだったから、大変な時間がかかってしまった気がする。とはいえ、私とて小説家の端くれ。文章力、表現力には一定の自信がある。
……あるはずだ。だから、私の想いは伝わったに違いない。ちらとトモリの顔を見る。
トモリは顎に手を当て、考え込んでいる。かと思えば、その口を開き。
「なるほどね……」
トモリの一言に私は胸をなでおろす。
自分の話を聞いてくれた。たったそれだけ。
それだけのことでも、私にとっては大きな意味がある。
「情報の整理をしましょう」
先に声を上げたのはリリーである。
「実名スズナ・カナタ。生まれ育った世界で火事に遭い大やけどを負ったことが原因となりこの数年後に亡くなるものの、気が付くと意識のみこの世界に転生。戸惑っているところにその身体の持ち主、アーリン・フーシレアの従弟アスク・フーシレアにその正体がばれ、殺されかける。逃げに逃げたその先でこの
という感じで合っていますか?……にわかには信じがたい話ではありますが」
「まあ、大体そんな感じです」
大筋は伝わったようだ。とりあえず安堵。
と、リリーはトモリの耳元に口を寄せ呟く。
「ホエキャウコエタエウタ、ノワシエブナドエヤワキャウコエヂシャウコ」
「モオサウドラウニ」
またこの言葉。この言語。この世界に来てからというもの、日本語と別の言語が入り乱れるように併用されていることに疑問を感じざるを得ない。併用という事は、日本語が自動翻訳されて相手に伝わっている線もそもそも日本語が公用語であるという線も薄かろう。……いやそもそも、日本語が異世界でも伝わるというのは異世界系のご都合展開の最たる例だ。そんなこと、普通に考えればあり得ないのだ。
しかし、となればなぜ日本語が異世界に存在しているのかという疑問が新たに生まれる。
うーむ……
「リリーはどう思う?これ」
トモリは顎に手を当てながら目線のみリリーへ向ける。
リリーは直立不動、目を閉ざしたままに呟く。
「辻褄は合う。まあ、よくできた作り話だなぁ、と」
あまりにも冷たい言葉を投げかけられる。と、パチと目が合う。『親しみ』とは真逆。冷え切った眼とはこのことである。
まあ、そうだよな。私だって、突然目の前に「私、転生したんです」なんて言うやつが現れたら正気を疑う。しかもそいつはつい先日まで普通に暮らしていたときたもんだ。私なら精神科を薦めるだろう。
「……反抗するものと思いましたが。否定しないんですね」
リリーは再び目を閉ざしつつ、至って冷静に分析をする。
「だって、私でもそう思いますもん」
「……ああそうですか」
変人だとでも言いたげな顔を向けられる。
悪いか。素直な正直者とでも言ってほしいものだ。
「まあまあ、あのね、カナタさん。あなたも理解しているかもしれないが、この世界の常識で言うと君の言い分はあまりにも突飛な話でね」
トモリは私とリリーの間に散りかけた火花の仲裁をしつつ、机に肘をつきながらやはりこちらを見る。
ふむ。突飛、ね。
「そうなんですね」
「でね、実際あなたが本当に転生者なのか、単にアーリン……この身体の本来の持ち主が意識をおかしくしているだけのか。どちらが真実かは判断のしようがないんだ」
「そうなん……ですか?」
少し意外に思う。
この世界で転生はイレギュラーな事。これは、正直想像がついていた。もしも転生がままあることならば、今頃この世界にはインターネットが開通していることであろう。私が今いる世界は、レンガ造りの家が並ぶさながら中世ヨーロッパの世界観である。
しかし、私の発言の真偽が判らないという事については、聊か納得できない。
この世界には『異能』があるのに、私の発言の真偽すらが判らないことなどあるのだろうか。……いや、私とてこの世界にやってきて間もないのだから異能のことなどてんで分からない。しかし、その異能を行使した身からすれば、この力は四大魔法だとか、属性魔法だとか、そういうくくりで綺麗に分別される産物ではない気がする。
んー……。言葉では表現し難いが、なんというかもっと、人の感情や人間性に左右される、曖昧なもののような気がするのだ。
故に、嘘発見器的な異能はないのかー、などと不審に思えて仕方がない。
「うーんと……いや、厳密に言うと予想ならできる、かな。ここら辺は君の言う『異能』の制約に関わるんだけど……まあそれは君の処遇が固まってから話すね」
「なるほど。……私は、どうなるんでしょう。出来れば痛くないように死にたいのですが……」
私は敢えて悲観的になってみる。少し伏し目がちにトモリの方を見ると、その純白の頬は引きつっている。苦笑いだ。
「うーん、君ちょっと卑屈過ぎないかな、そんなことするなら君を応接室に連れて気はしないよ」
トモリはわざとらしくハハと笑う。
はて。どういうことだろうか。
確かに、私のことを本気でどうにかしようとしているのならば、わざわざ私を仰々しく応対することはしないだろう。しかし、特に私が善なのか悪なのかすらわからないのならば尚更、私がさも悪人ではないと解り切ったような応対をするのは何故だろう。
「別にあなたが死にたいのならばその意思を否定することはあり得ませんが」
リリーは唾の一つでも吐き出しそうな顰め面で横槍を刺す。…これは怒りの表情か?
いや、本当はこのように扱われるのが正しいのかもしれない。
なんだか、こちらの方が居心地が悪くなってくる。
「まあまあ。カナタさん、どうやらなぜ私たちがあなたを即座に捕まえないのか解らないといった様子だね」
トモリはリリーをなだめつつ、私に問いかける。と思えば、私の答えを待たずに続けて口を開く。
「理由は二つ」
トモリは右手を出し、ピースの形をつくる。
「まず一つ目は、エリーの存在だ」
指は『一』を指す。
「エリー、さんがなにか言ったのですか?」
「彼女はね、人の感情の動きを読み取る言霊を持っている。その彼女が言うのだからと、私はあなたを信用している」
言霊……?言霊って、突然なんだ?異能のことを言ってるのか?
「ああ、言霊は君の言う『異能』のことね」
「ああ、なるほど」
あの力は言霊と言うのか。言われてみれば、言霊と言う名称はぴったりかもしれないと思えてくる。人の言葉が事象に影響を及ぼす、といった具合か。……待てよ、じゃあ、理論上は口に出したことを全てかなえられるということか?だとしたらチートもいいところだ。
……いや、この話題はまた後に訊くとしよう。
「そして、二つ目」
トモリの指は『二』を指す。
「『ネルマンデルの手記』」
瞬間、胸がドキリと、一拍妙に高鳴った。
「ネルマンデルの、手記」
自分の口でも呟いてみる。
なんだろう、この感覚。違和感。いや、既視感?いやでも、ネルマンデルなんて単語、見たことも聞いたこともない。なのに、この感覚はなんだ。
怪談話の後に「後ろ」と言われるような。いやはたまた授業中に知り合いが居眠りをして怒られているのを隣で見るときのような。
とにかく、他人事とは思えない雰囲気を感じた。そんなワードな気がした。
ふと気づくと、トモリは私の顔をキョトンとした面持ちで見つめている。と思えば、これまでの笑顔とは違う、同じようでほんの少し質の違う、あたたかいような、湿っぽいような、少々気味の悪い笑みを浮かべる。
ニヤと。
「これを説明するには、先にこれについて理解してもらう必要があるね」
思わず、唾をのむ。
「……なんでしょう」
雪のような白い肌に反してほんのり桜色の唇が動く。
私はその動きにくぎ付けになる。否、目が離せなくなる。スローモーションに動く唇は、予想外な。しかし、考えてみればどの世界にもあるものであると納得せざるを得ない存在を口にする。
「『世界宗教』ニジ教について、ね」
私は、トモリの異質な笑みも相まり。これまでとは違ったベクトルの恐怖に背筋を凍らせた。
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