一章 双葉 編
第5話 盗人 (てんせいしゃ)
少し。本当に少し。期待はしていた。認める。
でも、本当に来れるとは思わないじゃないか、異世界なんて。
しかも、目覚めた途端目の前に美男子とはセンスがおかしいんじゃないか、少年。
異世界系ってのは、もっと格好良く転生して然るべきだろう?……いや、そういう展開は人の妄想から生まれたものだから関係ないのか。
一面、野原だったな。とりあえず一度、異世界とやらを探索してみたい。
十数年振りの胸の高鳴りを、私は心地よく聴いていた。
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この身体の主の名は、やはり アーリン で間違いないらしい。
アーリン・フーシレア。なかなかにそそる名前である。…いや、小説家的にね。
目覚めと同時に目の前に現れた美男子が、
そして
というより、なにもかもがてんでわからない。そもそも、知る由もないのだ。だから今、こうして屋敷を歩き回っているとも言える。
「屋敷、でかいですね…」
思わず共感を求めてしまう。
本当にでかい。国会議事堂とかホワイトハウスとか、そんな感じのスケールだ。足音すごい響くし。
ハリウッドスターでも居そうである。
異世界クオリティ、すげぇ…
「……はい」
先程から少し後ろを付いているのは、エリーという
「廊下でさえこんなに手を広げても余裕しゃくしゃくなんて、栄えているのですね、この領土は」
「………そうですね」
彼女の目は訝しげで、しかしその奥に不安げな表情を湛えている。私を警戒しているのだ。
そりゃあそうだろう。だって、私は私を隠そうとしていないのだから。
「ごめんなさいね」
「………はい?」
「…こんな話、しに来たわけじゃないことはわかっています。でも、もう少しだけ歩かせていただけませんか」
もう少しだけ。大地を。空気を。野花の匂いを。私の足で歩いて感じていたい。
「アーリン様がそうおっしゃるのでしたら」
「ありがとうエリー、さん。…あの、それと。話し相手になってくれませんか?」
「……アーリン様がそうおっしゃるのでしたら」
エリーは静かに目を閉じ、軽く礼をする。
「ごめんね、ありがとう」
エリーは私の存在に勘付いていると思う。でも、歩かせてくれるのだ。きっと優しい方なのだろう。
神様ってのは、案外慈悲深いのかもしれないな。
「私ね、小さな頃は足早かったんですよ」
屋敷前の野原を歩く。ああ、小説書いてた頃はこういう場面をよく登場させたものだ。行けなかったから。だから、こうして歩けて、本当に嬉しいな。
「…アーリン様は、昔から運動が得意ではなかったと聞いておりますが」
「……そうなんだね。」
自らの手の平を見る。豆ができている。私は、自らの二の腕を優しく擦る。瞳を閉じる。
「良いところだね、ここは」
「気に入っていただけた様で」
エリーは軽く礼をしつつ、気付かれないよう上目遣いで
「小さな頃は友だちとよく遊んだっけ」
「お友達、ですか」
野原の真ん中で腰掛ける。ここ、原っぱの真ん中のいい位置に1本の大木が聳え立っている。座ると風が心地よい。
「そう。ゲームしたりとか、外で昆虫取りとか。信じられないよね。今となっては昆虫なんて見たくもないのに。でも、当時はどうしようもなくワクワクしてね、楽しかったんだ」
「……わかる気がします」
エリーの顔は少し穏やかになる。
「アーリン様も、よくここでお休みになられていたんですよ」
「あら、案外私と彼女は似てるのかもね」
私はあえてにししと笑ってみせた。
エリーはやっと表情を変える。困り顔だ。
「あの頃は母さんとよくピクニックに行った。丁度この原っぱみたいなとこにね、こんな大きなとこではなかったけれど。父さんは早くに亡くしちゃったから顔も覚えてないけれど、お母さんはよく覚えてる」
「お母様には恩返しできましたか」
「……ううん。寧ろ苦しませちゃったと思う」
「そう、ですか」
エリーと私は初めて互いの目を見る。
「…どうしたの?」
「親というものは、子が健やかに生きるだけで幸せなものなのでは」
「……私は、ちゃんと生きれたのかな」
野原を見つめる。たんぽぽみたいな花が1輪、いっぱいに実をつけている。
変なこと、聞いちゃったかもな。
「生きれたんじゃないですかね」
「ふふ、ひどい適当だね」
あまりに素っ気ない返答に思わず笑みがこぼれる。まあ、不審者相手だもんな、無理ない。
「適当でしょうか。
あなたのことは存じ上げません。しかし、あなたがしっかりと生き抜いたということくらいはわかります」
「…なんでさ」
素朴な疑問がこぼれる。
「あなたが満足げだからです」
口元だけ笑うと、エリーは徐ろに立ち上がる。
「さあ、アスク様がお戻りになる頃です。私達も参りましょう」
「……わかった、行こうか」
私も腰を上げ、今度はエリーに付いていく。
向かうは、守護室とやらだ。
心は晴れやかである。
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