i6-2

 おれはわずかな休息しか得られないまま、医務室内で朝日を見届けることになった。

 あれから気絶するように眠ってしまったラキエスをベッドまで運んだあと、保護房に隔離されているミィオの様子を伺いに行く。

 鉄格子が開け放たれたままの房内。ベッドに横たわる、傷の手当を受け包帯が巻かれたミィオ。その前に腰かけた三純が、無言でベッドサイドモニターが計測する脈動を眺め続けていた。


「ミィオの意識…………戻ったのか?」


 三純はおれに目もくれず、ただ「ああ」とだけ頷いた。「今は眠っているだけだ」とも。

 あの閃光の中でおれ達が生きのびられたのは、レッドベリアルが庇ってくれたからだ。光が止んでから見たあの光景――埋まった地面から上体を乗りだし、右腕で衝撃からおれ達を遮ろうと横たわるレッドベリアルの姿。これまで一度たりとも動かなかったのに、奇跡が起きた。


「ああ、独り言でも言いたい気分だ。ミィオは研究局長の密命かなんかで動いてた。妖精人形が手に入れたあの魔剣を、アールビィに奪われる前に奪取させる手はずだった」


 おれのひとり言に、三純は何も言わない。あの三純にすら気を使われている気がして、不思議と落ちついている自分に気づいた。耳を傾けてくれる気もあるみたいだし。


「ミィオがどうして沙夜を誘拐したのかは、本人に聞いてみないとわかんね。けどさ、ミィオはあの烏丸ニーナと接点があったくらいだから、沙夜ともなんかあったんだろ。だからミィオのやってきたこと全部、おれや沙夜や、もちろん三純も守るためだった。だから沙夜もミィオをああして命がけで庇った。おれ達みんな、敵同志じゃなかった。そんな感じで合ってるか?」


 三純からは「独り言だったんじゃないのか?」と皮肉だけ返ってきて、それだけでおれ達の答え合わせは完了する。

 ミィオを三純に任せて上階側に戻ると、まだ明け方なのに、廊下の方が騒がしい。

 何ごとだろうと階段を上がる。一階に戻ってきて見たのは、悲鳴みたいな大声を上げる女性の姿――マチカさんじゃないか。


「自分の娘が死んで、よくそんな顔でいられる! アンタみたいなのがッ! 自分の都合で世の中を好きに引っかき回しておいて、よくも他人事みたいにッ――――!!」


「ま――――――待てって、落ち着けマチカさん!」


 松葉杖を付いたマチカさんが髪の毛や服がぐしゃぐしゃになるほど取り乱して、もう一人いた女性に掴みかかっていたのを慌てて引き剥がす。彼女は華奢なハーフエルフでしかも手負いにもかかわらずものすごい力で、今のおれだけじゃとても抑えきれなくて。


「あなたもそこでボサッとしてないで! 頼むからっ…………この人から離れて――」


 マチカさんに殴られたのか、掴みかかられていた女性が鼻血を出していた。ただ女性の顔を見てようやく状況を理解する。白衣を羽織ったこの金髪の女性に見覚えがあったからだ。


「あなた……こんな場所でホントなのか――――研究局長……?」


 さすがに見間違えるものか、烏丸ニーナ本人だ。世界のエネルギー事情を解決するという国際的注目を集める立場にあって、常に六番島の研究局本部に隠遁しているという、謎めいた女性。零番島で予想外の再会を果たしたとはいえ、直接顔を見るのはガキのころ以来だった気が。


「おれ……なんて言えばいいのか…………沙夜を、守れなくて…………」


 この人に詫びることじゃないのはわかってる。そもそもドラゴンスレイヤー奪取依頼が何のためのものだったのか、釈明してもらえていないままでの再会になったから。

 でもおれが沙夜の名を口にした途端、暴れるマチカさんの腕から力が抜けて。そのままくずおれるように力なく床にしゃがみ込んでしまって、継ぐ言葉が見つからなくなった。

 研究局長はマチカさんを、表情の読めない目で見届ける。娘を失った現実に絶望するでもなく、おれ達にはない疲労の刻まれた顔だちで、どこか遠いところから見定めてくる。


「藤見タクト、ちょうどよかった。単刀直入に用件を伝えよう。これから私はSEDOの中枢に乗りこむつもりでいる。キミが直面した例のセメタの剣だが、烏丸國弘の手に渡ることは断固阻止したい。そこで、君と君のエスコートに私の身辺警護を頼みたい。無論、有償でだ」


 研究局長の口から飛びだしてきたのは、さすがに思ってもみなかった無謀すぎる提案で。


「それって、おれと……ラキエスのことを言ってるんすか?」


「そうだ。私がSEDOにとって最重要人物なのは知っているな。この私に同行すれば、一般人には立ち入れない烏丸國弘の私室までたどり着けよう。君達にも多大なメリットがある」


 研究局長は白衣の両ポケットに手を突っ込むと、まるで何でもないことのように切り返す。血は繋がっていないとはいえ、娘を失ったのにどうしてここまで平然としていられるのか。逆におれに起きた現実の方が錯覚なのではないかと思わせられるほどの冷静さ。


「――私の用事が終わったあとは、君達の好きにするといい。どのみち君達を裁く法など、このマルクトルには存在しないのだからな」


 おれの返答など決まりきっているみたいな表情をして、背後を促した。

 いつの間にか、そばにラキエスがいた。泣きそうな顔つきを力一杯やり込めてみせて、それからぎゅっと唇を引き結びおれと並び立つ。

 カザネさんとフラウリッカもいた。フラウは茫然としたマチカさんを抱き寄せると、まるで子どもを慰める母親のように優しく接する。かたや怖いほどに険しい表情を張りつかせたカザ姉の手には、これまでも戦場で振るわれてきた鞭型のアイ・アームズが握りしめられていた。

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