i5-2
零番島の廃ビルは、企業や店舗が入居することなく役割を終えたものが多い。たどり着いたこのオフィスも完全ながらんどうで、照明器具はおろか天井すら付けられていなくて、剥きだしの配線が無軌道にぶら下がったまま。ただガラスのはめられていない大きな窓のおかげで外光が充分に取りこまれている。埃まみれの床に誰かが踏み入った痕跡はない。
物珍しい点などなにもない、零番島ではありきたりな光景――ただ一点を除いては。
注意深く観察すれば気付けるだろう、逆光にきらめく埃以外に、室内を漂う光の粒子を。
〝――君には、こちらが指定した地点に到着後、そこにある世界境兆候を開通してもらいたい。君の持つ能力でしかできない依頼だ〟
そう指示された後、研究局長との衛星電話は途絶している。屋内にいるせいだ。
研究局長いわく「リスク・ゼロではない依頼だが、そこから出てくる存在は君でも確保可能な代物だ。世界平和のために引き受けてもらえると信じている」だそうだ。
かの烏丸ニーナが〝世界平和〟を宣えば、インガライト相転移炉が思い浮かばないわけない。
烏丸ニーナは大切な多くが欠けた大人だったけれど、彼女の言動には必ず意味がある。
「そのあんたがおれに託したって言うんなら、鬼が出るか蛇が出るか悩むだけ無駄だよな」
打刀型アイ・アームズを地面に横たえると、覚悟を決めるために肺から息を押し出して、おれはくだんの世界境兆候――この室内を無数に漂うインガライト粒子の収束点をイメージすると、右手でそれを掴み取る仕草をした。
指使いに呼応したかのような収斂現象を引き起こすインガライト粒子。それがおれの手のひら一点に収束した途端――指の隙間から漏れ出て瞬くインガライト光。音はない。ただ青緑色のスパークが粒子とともに跳ね回って、外光を上回る光源と化して室内を別世界みたいな青緑色で塗り替えてしまう。
おれ達が〈世界境〉と呼んできた現象――開かれた多元宇宙のゲートは、二重光輪の形状として観測されることが多い。形が違うケースもあるけど、今回は見慣れた二重光輪型で、黒くくり抜いたかのような球体が内部に出現したかと思えば、まばたきしてる間に消失してしまう。
おれが
――びっ……くりした……転生者っていうから何が出てくんのかと思えば、剣だったのか。
目の前に突き刺さったそいつは、どう見ても剣としか表現しようがない。鞘のない抜き身のデカい西洋剣で、おれの打刀よりももう一回り大きなシロモノだ。きっとフラウなら大興奮して一晩中語り続けそうな、地味な装飾だけど謂れのありそうな造型。
研究局長がおれを利用してまで確保したかった転生者が、ヒトじゃなくてモノだったのは意外でもなんでもなかった。あれほどこっちを急かして世界平和だと言ったからには、きっとヤバい魔剣か何かに違いない。
それにしてもヘンだな。なんであの人、
まさかそういう発明までしたんじゃないかって憶測に行き着いて、インガライトに関わる全てを探求してきたあの人ならやりかねないなという結論に至ったところで思考を諦める。
どのみちこの聖剣だか魔剣だかを回収したら、依頼主である研究局長とも再会することになる。その時に根掘り葉掘り質問攻めにしてやろうと自分を納得させ、剣の柄に手を伸ばす。
「――――そのつるぎに触れてはなりません」
こんな場所で声をかけられるなんて思いもよらなかったのに、それどころか剣へと伸ばしたおれの手の甲を、ひんやりとした手のひらで包みこんできたやつがいた。
視界に誰もいなかったはずだ。近付かれたことに何故気付けなかった? 攻撃的じゃない優しい手つきで、だから死の恐怖が脳裏をよぎったのはほんの一瞬だけ。
理解できない現象は全て魔法ということにしているおれに、それこそ魔法か何かで接近してきた誰かに背中を抱かれてしまう。
そっと胸元に回されてきた手は白くて、細い指先を彩る淡い紫のネイル。硬直して動けない。これも魔法なのか。それとも声の主が女性だったことを証明するかのような暖かな感触と香り――それにネイルと同じ淡紫色をした髪の房に、こっちが勝手にドギマギしてるだけなのか。
「貴方らしく、できれば戦闘ではなく交渉といきましょう、藤見タクト君? ほら、こちらを向いてくださいな――」
放心状態のまま腕から解放されたおれが、振り返って見たものは。
間違いなく転生者――魔女か聖女かといった趣の、白いローブ姿の女性だ。目深に被っていたフードを降ろして、こっちに素顔を見せてくれる。瑠璃色をした瞳が、どうしてなのかおれに穏やかな微笑みを送りつけてくる。
突如叩き起こされた古い記憶。絶望した表情しか知らなかったのに、どうして今になって? フードから解放された長い髪の毛が逆光を浴びて、淡紫銀の色づきをおれの目に焼きつける。
まさか――と疑う気分には、今さらなるはずない。
「…………あの夜の……おれを、助けてくれた……なんで、あなたが……」
呼び方すら知らないまま別れた相手だったから、喉から気の利いた台詞が出てこない。なんでおれの名前は知っていたのかという疑問も、今なら後回しにしていい気分で。
「直接お話しするのはあの夜以来ですね、タクト君」
おれがずっと探し続けてきた〝あのひと〟――そしてラキエスの母親アールビィ・シャルトプリムだというこの女性との再会が、まさかこんなあり得ない偶然によって果たされるなんて。なのに十二年前と変わらない面影で、おれの手を握ると近くにくるよう促してくる。
「クニヒロ総帥殿から幾度となく聞かされてきましたよ。随分と私のことを気にかけてくれていたと。その節はありがとう存じます……これほど元気に育ってくれたなら、私もあの時の行いが間違っていなかったのだと、不思議と許された気持ちになりました」
たぶんおれを好意的に受け止めてくれているのはわかったけど、真っ白な思考の中に滲んだインクのような〝クニヒロ総帥〟という言葉。
ラキエスがこのひとによく似た面立ちだと感じていたのは、おれの思い出補正だった。あいつよりずっと大人びていて、それが十二年の歳月のせいなのかはわからない。でも、それこそ聖女様みたいに暖かな雰囲気の美人だ。ああ、記憶に焼きついていた人こそこのひとだ。
アールビィはもう一度微笑んでくれると、おれから魔剣を遠ざけるように手を広げて言った。
「このつるぎはセメタから送り届けられたものなのです。でも一般の方がお触れになってはなりません。大変危険です。あなたがたの世界の言葉で表現すれば、
アールビィが脅かし気味に教えてくれたのは、あの剣が正真正銘の魔剣だという事実だった。
「そ…………それ、やっぱり魔剣の類だったんですか?」
無警戒にあの柄を握りしめていたかと思うとゾッとする。でも、どうしてそんなヤバいシロモノを研究局長はおれに? 正体を知らなかったからなのか、それともおれを――。
「これは〈竜の魂を眠りにつかせるつるぎ〉。私達のユンヴェール語で発音しますと、ラプタ・エンデ・ヴァース。少しわかりにくいかもしれませんね。貴方がたの世界の言葉で表現すれば、そう――ドラゴンスレイヤー、とでも申し上げましょうか?」
魔剣について説明してくれたアールビィは、ローブを翻して剣に向き合い、「ちなみに私も触ることができません。これ、着いちゃったけれどどういたしましょうね?」と大人なのにずいぶん可愛らしいオチを付けてくれる。
このひとに話したいことがたくさんあった。聞いてみたかったこともたくさんあった。
あれからどうしてたんですかとか、今どこで暮らしてるんですかとか。
でも、おれは憧れの人との再会シチュに絆されてる自覚がある。街中で偶然再会したのとは意味が違う。ここで聞くべきことがあるのだとしたら、起きている現実についてだけだ。
「その剣、セメタが送ってきた――って言いましたよね?」
「ええ。でも、当方の事情は察していただけますと幸いです。きちんとSEDO総帥殿からの許可は得ておりますので。ふふ、これでもマルクトルの秩序と安寧を預かる身なのです」
です、の発音にほんわかとしたハートマークが飛んだ気がしたけれど、よく考えなくても爆弾発言だ。
――つまりこの零番島において、保護局側が認知していない独自行動を取っている転生者がいる。それだけでもイリーガルなのに、SEDO総帥の烏丸國弘が許可を出しているなんて。
「ずっと國弘氏があなたの居場所を〝知らない〟って言ってたの、あなたの仕事と関係あるんですね。……いや、答えられない話まで詮索するつもりはないんすけど」
おれを利用して、あれほど急かしてまで烏丸ニーナが確保したかったセメタの魔剣を、目の前でこのひとにかすめ取られようとしている。いや、もしかして逆かもしれない。ニーナもアールビィも、保護局の与り知らない場所でこの魔剣を欲しがっている。抗争的なやつか? とにかく、そういうシチュエーションが今なんじゃないのか?
おれに微笑み返してくれたアールビィはウィンクひとつ、人差し指でナイショの合図だけ。
言葉はもっとも原始的な魔法だ。交渉士は言葉を武器に相手を誘導するっておれは忘れない。
相手がどんなポジションかわからないなら、ワードを選んで交渉すべきだ。まだ烏丸ニーナの名前は出す場面じゃない。おれが勤務中にここに迷いこんだ設定でも違和感ない。
「あなたの名前、アールビィって言うんですか?」
おれはあえてこのワードを口にする考えに行き着いた。
このひとの前で初めてアールビィの名前を口にした。一種の賭けだ。表情は変わらない。けれども逡巡するような間が、おれ達の間にわだかまっていることだけは伝わってきて。
「…………私はウルリカといいます。何ものでもない、ニルヴァータの魔法使いのウルリカ。この世界であなたの言った名前を名乗った覚えはありませんよ?」
ようやく彼女が吐きだした嘘が、おれにちゃんとスイッチを入れろと釘を刺す。戦闘か交渉か。最初にそう口にしたのはこのひと自身だったじゃないか。
「なら現世界まで持ちこまなかったあなたの本名、アールビィ・シャルトプリムをおれが知ったことになりますよね」
今度こそ彼女の目つきが変わったのを見た。侮っていたおれを、言葉のヴェールで誤魔化すのをやめた顔だ。
「ドラゴンスレイヤー――竜を倒す剣って意味すね。それがセメタから届いたんなら竜姫と関係ないわけないって、おれでも察しちまえるんすけど。しかも呪われた魔剣ってあなた自身が明かしてくれたし。まさかそいつであの子に――〝ラキエス〟になんかするつもりですか?」
もしそのつもりでドラゴンスレイヤーをセメタから持ちこんだのなら、止める義務がおれにはある。研究局長がおれに依頼した理由と繋がるのかもしれないし。
だが、侮っていたのはおれも同じだったのかもしれない。
「――その名を口にするな。何も知らない人間が軽々しく傷口に触れようとしないで」
刺すような憎悪の視線に、さっきまでとは別人みたいに憤った声色。それはまるで言霊みたいに、耳に届く周囲の
これでアールビィやラキエスの名前はNGワードだったことが把握できた。おれからしたらラキエスくらいの娘がいる年齢には見えないし、そうなった事情は想像するしかない。ここで母娘の関係まで問いただせる立場におれはいないから。
おれのせいで感情的にさせてしまったのを、理性でねじ伏せている彼女の葛藤が表情から読み取れる。そんな姿を見るのが辛くて、でもどうにもならなくて。おれが選んだ道にいま立っているのもおれ自身だから、この交渉をやり遂げる意志は変わらない。
ただアールビィは、おれが身がまえていたのとは違う反応を見せた。急に肩の力を抜いたかと思えば、少し寂しげな目をこっちにくれて。
「――ごめんなさい、少し思うことがあったので言い過ぎました。でもね、ここでタクト君にどれだけ心を尽くしても、私の人生についてわかってもらうことなんて不可能なのです。だから再会すべきじゃないと心に決めていたのに、不幸にもまた出会ってしまった……」
そう言いながら、あくまでおれを
おれの視線が、足もとに横たわるアイ・アームズへと向かう。アールビィが言った「戦闘」の意味するものが、このひと相手に考えたくもなかったのに急激に思考の中で立ち上がってくる。でもこのひとはどうあれ、セメタから来た転生者だっておれはもう知ってしまった。
目を伏せたままのアールビィが、おれをどうするつもりなのかはわからない。張り詰めた空気だけが周囲をせめぎ合っている。
それが単なる感覚的なものじゃなくて、実際に音が聞こえなくなっていたことに気付けたのは、ある断続音が聞こえてきたからだった。
耳の錯覚とかじゃない。ビートのように押しよせる空気の振動みたいな音に、おれを見定めるかのようだったアールビィの視線が揺れ動く。
同時におれも動いた。地を蹴ってアイ・アームズを拾い上げると、一気に距離を開ける。
ところが背中を何かに遮られ、それ以上後退しきれなくなった。見えない壁と形容するには感触がないそれは、アールビィが密かにつくり出していた魔術障壁・結界的なやつだと察する。
アールビィはもう何も言わない。後ずさろうにも背中が宙にぶち当たって、何もないのにもたれかかれてしまう状態だ。おれを逃げられなくしてんなら、このひと完全にクロじゃないか。
逃げ場のなくなったおれは、アイ・ドローンを背後に設置する。魔術攻撃みたいなのでこいつが落とされたら圧倒的に不利だから、奥の手にするしかない。
あの断続音が次第にデカくなってきたかと思えば、砕け散るような音が耳をつんざいて、支えを失ったおれは受け身しきれずに背中を床に打ちつけてしまった。
風がオフィス内に吹き込んで、散らばった書類と埃を舞わせている。周囲の音が戻ってきていた。さっきので魔法障壁が砕けたんだ。
いつからいたのか、傍らでおれに影を落としているやつ。
「――無事だったっすかフジミタクト?」
おれを閉じこめていた魔法障壁を突破してくれたのは、なんと三純のエスコート・ミィオだ。
アサルトライフル型アイ・アームズを構え、アールビィにその銃口を向けている。しかも保護局では見たことのない型だ。
「…………まさかミィオが例の狙撃手だったなんて、マジでびっくりだ」
おれの驚き表明なんて、あくまで簡潔に済ませる。明らかになってみれば、この子の狙撃スキルからして驚きでもなんでもなかった。
「そうか、だからあの人は――――いや、今その話はいい」
アールビィの前で烏丸ニーナの名前を出すことのリスクに思い至り、言いかけた台詞を引っ込める。古株転生者のミィオなら、研究局長とグルだったって言われても不思議じゃないし。
「恐竜もどきを撃ってくれたときから近くにいたんだよな。もうちょい早めに諸々フォローしてくれてたらこっちも寿命縮まなかったんだけど」
研究局長の言ってた「フローに修正を加える」ってやつ、たぶんミィオのことだ。
「ヒーローはサイコーにかっちょいい場面に、遅刻気味で颯爽登場するもんっす」
「へへ……ミィオまでフラウみたいな世俗に染まってんじゃねえよ」
正直、こうして強がっていないことにはやりきれない気分だった。十二年の憧れがたったの数分で打ちのめされた気分って喩えれば、こっちが馬鹿だし滅茶苦茶惨めになる。
「そもそもっすね、どうして現れたのかも謎な恐竜型モンスターの大群に、めちゃんこわざとらしい通信障害。こーいう状況を定期的に作ってはコソコソ密輸してた運び屋があちらさんっすので、対決するミィオをヒーロー扱いしてくれてもいいんっす――――――よっと」
唐突に強い衝撃を胸に受ける。何故かミィオに突き飛ばされてしまった。
同時に鳴り響く発射音。ミィオが発砲した。スローモーションめいたインガライト光を見届けながら床に転がっていったおれが、降り積もる埃に軌跡を残す。直後にそこを閃光めいた何かがよぎって、おれがミィオに守られたんだってわかって。
「…………残念です、藤見タクト君。貴方はこちら側の人間だと期待していましたのに……」
悲壮感の滲む声色で、憧れが呪いと化したおれにそう宣告するアールビィ。
そんな彼女の傍らに、先ほどの閃光の正体が肩を並べていた。
「まさか……妖精人形。あなただったなんて信じたかないんだけど、そいつ動かしてたの」
何度息を呑む羽目になったのかも、おれ自身麻痺してきている。でもこれでだいたい答え合わせできてしまった。竜姫暗殺計画の黒幕=セメタ出身者のアールビィだったって、当たり前で最悪すぎるオチだったんだ。
答えないアールビィを代弁するかのように、人間離れした関節の動きで後転倒立してみせたのは紛れもない、ラキエスとおれを襲ったあの時の妖精人形だ。ミィオの銃弾を避けきれなかったらしく、右腕を損傷している。でも一発程度じゃ無力化しきれなかった。
ドラゴンスレイヤーの傍らに立った妖精人形が、鋭いかぎ爪の着いた指で柄を握り、ゆっくりとその切っ先を引き抜く。
「このつるぎを平和的かつ安全に運用するための魔道人形です。あなたがたの平和を勝ちとるための最適解を求めれば、この世界を救う英雄とはこのような人形であるべきという結論に至りましたので。少なくともタクト君を狂戦士にするだなんて非人道的な行いは我々SEDOの方針に反しますし、國弘総帥殿もきっと悲しまれるでしょう」
烏丸ニーナと同じ〝世界平和〟を、おそらく異なる文脈で宣言するアールビィ。それにおれをバーサーカーにするみたいな話、ちょっと看過できない思わせぶり台詞なんだけど研究局長!
「藤見タクト君。私めはですね、SEDOの理念に従い、このマルクトルの秩序の番人を務めさせていただいているのです。私のような転生者が暗躍せねば、脆弱でいびつなこのマルクトルは、あっという間に外の世界の国々に取りこまれてしまいますので」
「わかるけど。わかるけど、何一つわかんねえ。要するに烏丸國弘のビジネスに都合いいポジションやってるってことですか。いや、おれの立場でそーいうやつ、わかっちまったらダメか」
我ながら呆れてしまう。SEDOを守るために誰かが暗躍して、それで転生者を葬るのが許容されるマルクトルなんて――そんな社会のあり方なんて納得してやるもんか。
その象徴的な存在が、おれの目の前でいま魔剣を携えている。持ち主を狂戦士化させるドラゴンスレイヤーと、ヒトならざる妖精人形。おのずと行き着くのが竜姫暗殺という未来の結末。
「あんたらはどうしてそうまでしてっ! 助けてくれたあなたにさ……身勝手でおかしな憧れ持ってたのなんて、まだおれが馬鹿だったって諦めがつく。でもあいつは自分の娘だろ? もう残り時間が長くないって……なのになんとかして生かしてやりたいって思わねえのかよっ!!」
それこそ相手の事情など知ったことではない感情からの出任せでも、あいつのために言ってやらないと気が済まなくて。
なのに、所詮は何も知らないガキの――違う物語に生きてきた他人の戯れ言でしかないのか。もうこれ以上あのひとにおれの言葉は届かなかった。
「――転生者ミィオマルチカ。巨人レッドベリアル復活を交換条件にSEDOに忠誠を誓った貴方が、どうして我々SEDOに立ちふさがるのですか?」
「冗談キツイっす。余計なお喋りしやがると上から半分だけセメタにお帰りいただくっすよ」
「……なるほど、竜姫を倒しきれなかった例のアイ・アームズ、貴方のものだったのですね。我々としても貴方の独走から得られる成果はありました。ですが、既にインガライト切れだったようで。貴重な切り札で未熟な彼を助けた行為が、最後になって仇になってしまいましたね」
ミィオが突きつけていた銃口を降ろすと、それを彼女固有スキルで異空間に格納し、代わりに普段使ってるアサルトライフル型にチェンジする。
アールビィの言ったとおり、きっとおれのせいでこうなったのだろう。絶やさない笑みが、今はどこか恐ろしいものに見えた。
「そんなことよりも貴方がた、こんな場所で同族同士いがみ合っている場合ではなくって? 早く本島に帰還されたほうが宜しいかと。孤立し時間の止まったこの零番島では、情報収集を欠いている間に世界のスピードから取り残される可能性だってありましょうに」
思わせぶりな台詞だと切って捨てられない映像が、今ごろになって視界をよぎる。
まるで今まで作為的に遮断されていたみたいに、おれの網膜下端末がおびただしい量の通知を吐きだしてくる。
[カザネ]:タッくん、はやく返事して。ラキエスちゃんなら私達といっしょだから。
[三 純]:これを読んでいたら、本島に帰投されたし。こちらはミィオ捜索に向かう。三純
[晴 真]:悪いけど僕達は先に帰島しています。ゲートで灰澤ちゃんを待たせておきます。本島側でテロ騒ぎが起きているみたいで、帰還命令が出ています。詳細は共有したリンク先で。
たった数秒間読み飛ばしただけでも、愕然とするメッセージ群。
この状況では、とてもこの情報量に耐えられない。テロとか帰島命令とか急に何の話だ?
「逃がさないっすよ」
続けざまに二発発砲するミィオ。だが射出されたインガライトの通常弾を、アールビィは魔法障壁らしき光輪でいとも呆気なく弾き飛ばしてしまう。改造銃に比べて威力が弱すぎるんだ。
妖精人形は迫り来るどころか、ドラゴンスレイヤーを胸に抱えじりじりと後退をはじめる。たたえた笑みを崩さないまま、おれ達に立ちはだかっているアールビィ・シャルトプリム。
まんまとアレを持ち帰らせた先の未来を想像する。間違いなく彼女があの刃を突きつける先にラキエスがいる。
脳裏をよぎる、いっしょにいたのはほんのわずかな期間なのに、あの目くるめく光景。
そして、おれが一度だけあの子についた大きな嘘。
きみの命はこのおれが守ってやる。これでもうきみは死ななくてよくなった。
【――――――いいから止まれよっ!】
今にも破裂してしまいそうな衝動に、おれは床のアイ・ドローンから言霊エフェクトでそう発していた。
まるでやり場のない、身勝手な怒りにまかせての行為だった。
エスコートでもないのにおれを庇おうとしてくれたミィオの、華奢な足首が震えて――喉を震わせながら、耐えきれず地に膝をつけてしまう。
どうしておれは選択を誤ったんだ。そう気づいて、でも後悔するにはまだ早すぎて。
アールビィ・シャルトプリムは、感情の読めない目でおれを見下ろしている。言霊エフェクトの効果がまるでない素振りで、すぐに興味をなくしたかのように視線をミィオに移すと、うずくまったままのミィオに手のひらを向け――魔術詠唱だ。
何を唱えているのかおれには理解できなくて、ただおれのせいで身動きできなくなってしまったミィオにとどめを刺そうって結末だけが頭の中を駆け巡って。
さっき打ちつけた痛みで自由がきかなかったけれど、アールビィの手に宿る光が次第に膨れ上がるのと、おれの中の「させちゃダメだ」という気持ちが負けない勢いで跳ね上がる。
だからおれは無我夢中で飛びだした。間に合え。なんとか守り切れ。こんな風に終わんないでくれ。ここでミィオすら救えないおれが、どうしてあの大きな嘘を本物にできるんだって。
ミィオの小さな身体に、うまく覆い被さってやれたのかもわからない。
結末すらわからないまま、おれは耐えがたい光の中で――――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます