i5 秘密と裏切り

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 ぼくの秘密はキミの胸にだけしまっといてね――あの夜の最後にそう締めくくられて、何事もなかったかのようにおれとラキエスのエスコート関係がスタートした。

 ただ、ラキエスという強力なエスコートと手を組めたからといって、何もかも順調に進んだわけじゃなかった。

 おれ達共通の目的――アールビィ・シャルトプリム氏の捜索について、唯一の手がかりがあの烏丸國弘総帥だけという現実が立ちはだかっていた。それにここ最近は彼に連絡したところで秘書のひとにしか繋がらなくなっていて、その理由が「反・転生者組織がテロを企んでいるせいで、対策に追われ島外を飛び回っているので」なんて言われたら引き下がるしかなくて。

 國弘氏との接点である沙夜も、あれから「少し考える時間をちょうだい」と釘を刺されてしまい、落ちついて話せる機会がなくなっていたのも痛い。

 ラキエスに残された時間はたったの一か月。生まれながら竜姫に宿る〈竜の瞳〉は、あの子に未来を視せる聖痕でもあり、あの子から未来を奪う病魔でもあった。

 十五歳なんてとっくに通りすぎたおれには想像も付かない、あまりに残酷すぎる運命。

〝……よし、きみの命はこのおれが守ってやる! 安心してくれ、これでもうきみは死ななくてよくなった。この世界をラキエス第二の故郷にすんのが今日からおれの仕事だっ!〟

 あの宣言は軽はずみだったのだろうか。

 そんなはずあるもんか。絶対に叶いやしない約束なんかじゃない。だって、おれを頼ってくれたのはあの子自身なんだ。未来を視ることができるあの子が、おれに未来を視たんだから。

 なのにラキエスといったら、そんなムードなんてどこ吹く風。ひとたび零番島のフィールドに解き放たれれば、保護局のどのエスコートにも負けないくらい仕事熱心だった。

 そんなわけで交渉現場に出れば無敵の戦闘能力を誇ったおれ達だけど、そもそも転生者との戦闘に発展する方が少ないのが現状だ。地道な対話と交渉こそが異世界交渉士の本分なので、その面においてはこれまでと何が変わったってわけでもない。

 心強い護衛がいてくれること自体は頼もしい。ラキエス自身はおれを絆騎士として戦わせたくてうずうずしてるみたいだったけれど。

 そんなラキエスと現場経験を重ねてから気づいた盲点が、絆騎士の活動限界時間だ。


 おれを丸呑みできそうなほどデカい顎が捕獲ネットに阻まれ、直後に短い銃声が二発――そいつはそのままズンと地響きを立てて、おれの目の前に崩れ落ちた。

 巨体を地面に横たえピクリとも動かなくなった、異世界由来の巨大生物。こいつはドラゴンと形容するにはあまりに恐竜すぎる見てくれで、大トカゲと呼ぶくらいなら恐竜と呼称したい。

 これはもう何度目なのかわからなくなってきた、零番島での交渉現場の一幕。ただ交渉と言っても恐竜もどきに言葉が通じるわけもなく、こうして麻酔銃で眠らせるしか選択肢がない。

 警戒ドローンからの通報で駆けつけてみれば、旧市街区でもっとも風化が酷いこの区画で出くわしたのが、こいつら恐竜もどきだった。いつの間に世界境が開いたのかわからないけど、こんな肉食恐竜っぽいのが大群で市中を跋扈していたらいつ犠牲者が出てもおかしくない。


「――もうカンベンしてくれよ、こいつで七匹目だぞ。カザネさん、残り何匹だっけ?」


『残りもう二体! どっちも指揮室ドローンが捕捉中よ。でも捕獲ネット足りてないから補充に向かわせるねぇ。麻酔銃の残弾は三純班で把握お願い――』


「恐竜もどきが九匹って、ニルヴァータじゃこんな生物が当たり前に生息してんのか……」


『いやはや、さすがに滅多なことではありませんぞタクト殿。これほど立派な鎧トカゲが群れることなど、ニルヴァータでも魔境の最奥部に至らねば見ることすら叶いません……くっくっく……ではその一匹、このフラウリッカめがアイオローグ家の威信にかけていざ討伐を!』


 ダメだ、フラウが暴走する音が聞こえてきた。

 で、網膜下端末経由でそんな交信をしていたところ、横たわった恐竜の向こうでそれっぽいキメポーズをしていたラキエスまで、そのままパタリと崩れ落ちてしまった。


『な……なんの、これしき……ぼくゎまだ……たたかえ…………かぇ…………』


 地面に膝を着いたラキエスが、まだ必死に立ち上がろうとしている。


「――もうとっくに充電切れしてんだろ、これ以上無茶すんなラキエス」


『タクトの方が……ほっとけない……ぼくナシじゃ、キミはうまく……戦えない……のに』


「自分の素のスペックくらい弁えてるっての。あと一匹くらいおれでなんとかするから、きみはカザネさんの方に下がって休んでてくれ!」


 ラキエスの背後にカザネさんが追いついてきたのが見えて、おれは手で合図してからアイ・ドローンを上空展開する。

 アイ・ドローンとアイ・アームズの複合技なら、恐竜もどき一匹の足止めくらいどうとでもなる。それに捕縛ネットを装備してるのは先行してる指揮室ドローンだから、急いで合流しないとこっちが不利になる。

 追随するアイ・ドローンの熱赤外線カメラは、おれ以外なにも捉えていない。あれくらいのサイズなら変温動物だろうと一目瞭然のはずなんだけど。

 指揮室が示した位置情報を頼りに、ターゲット追撃を続けて十分くらい経ったか、それともまだ五分も経っていなかっただろうか。とにかくトレーニングしてるとは言えさすがに息が上がりはじめたころで指揮室ドローンに追いつき、本島から着信する。


『――ザザ…………こちら指揮室。音声聞こえていますかフジミ?』


 本日の指揮室オペレーター担当から、若干たどたどしい言葉づかいで毎度の確認を求められる。確か島外からの移住組で、言葉に不慣れな男の子だった気がした。


「こちら現場の藤見。音声良好っす。ターゲットはどこすか? 恐竜みたいなやつら、頭数が減った途端の逃げっぷりで、野生動物ってあんな感じなんすかね」


 エリアス指揮室長以外に三人いるオペレーター勢とは、まだそんなに親睦を深められていないのもあって、気を抜くと事務的な会話から脱線してしまうのがおれの悪いくせ。

 ところが、そんなのんきな話題が断ち切られてしまう。


『フジミ、ソロならターゲット追跡を中止、今すぐ引き返しなさい。さっきほどからインガライト干渉波だいぶ濃いです。ミスミと交信途絶中。ハイザワ、救援に向かいました』


「三純が? あいつ確か、こっちの一匹を追ってミィオと先行してるって……」


『――すまない、エリアスから状況説明させてもらう。ミスミ班だが、通信障害のおかげでミスミ当人とミィオが互いを見失いロストし、分断されているようだ』


「おれならまだやれます。なんなら三純の救援に向かえるコンディションなんで――」


『――ミスミ班の救援ならハルマ班三名が急行している。彼らに任せて問題ない』


「なら、おれはこのままターゲット追撃続行します」


『許可できない。今回のターゲットは、交渉士が単独で応じるには生命の危険に関わる相手だと指揮室は判断した。保護局で殉職者は出さない。未成年者なら尚更だ。現場の全員が一箇所に合流し、可能ならそのまま本島まで帰投してもらいたい』


 エリアス指揮室長の即断――それに〝殉職者を出さない〟なんて言葉でまとめられたら、おれに反論の余地なんてなかった。

 そもそもここ最近のおれ、ラキエスの圧倒的な奇跡に頼りすぎでリアルを舐めていたフシがなかったか? 本来のおれが恐竜もどきの馬鹿でかい顎でかじり付かれる光景を想像してしまい、それだけでゾクリとして、足もとまでフラついてきて。

 ――なんだ、この悪寒。フラついたのが錯覚でもなんでもなかったことに気づいたときには、おれの視界いっぱいに巨大な闇が広がっていた。


「――――――う…………ぁ…………………………ッッ?!」


 声にならない悲鳴。尻を地面に打ちつけたのは、たぶん歩道の砕けたアスファルトに踵を取られたせい。でも間抜けな後ずさりかたをしてしまったおかげで、廃ビルの割れたショーウィンドウから首を伸ばしてきた恐竜もどきに齧り付かれずに済んだ。

 異臭のする鼻息を噴き出し、威嚇音らしき鳴き声を放って鎌首を振り乱す恐竜もどき。ショーウィンドウは枠組だけになっても、やつの図体で躍り出るには狭すぎた。どうりで上空からサーモグラフィーで捉えられなかったわけだ。割れた窓ガラスが不快な音を立てて散らばり、熱帯魚みたいなド派手カラーリングをしたやつの鱗を傷つけて、余計にいきり立たせる。

 このまま殉職まっしぐらかに見えたおれは、いつだったかと同じ光景で、唐突すぎる結末を向かえた。

 耳をつんざく電子音がして、まばたきする間もなく恐竜もどきの首から上が弾け飛んだ。

 しかも、こっちめがけて飛び散ってきたのは血や肉片じゃない、鮮烈な青緑色を放つインガライト粒子じゃないか。


「――――強制……送還…………狙撃!? こいつ、あの時ラキエスを撃った――――!」


 たった一発で転生者を強制送還させる威力のアイ・アームズ。それも転生した肉体の一部だけ送り返す残酷さは、言い換えれば転生者殺し――とてもじゃないが容認できない代物だ。

 憤りなのか、戸惑いなのかよくわからない感情が湧き起こってきて、さっきまでの恐怖心とで気分の整理が付かなくなったままおれは、恐竜もどきを撃ち抜いた射線から想定しうる廃ビル上階側――くだんの狙撃手がいるであろう窓を睨みつけてやる。

 狙撃手はおれに姿を見せるなんて間抜けはしない。でも、現世界人のおれをアイ・アームズで撃っても同じにはならない。恐竜もどきからおれを助けた……のか?

 敵なのか、それとも味方なのか。でもあいつはラキエスを一度殺したんだぞ。

 自分自身の鼓動がいやなくらい響いてきて、拳を汗が湿らせる間も視線を逸らせなくて。

 この緊張の糸を断ち切ったのは、脈絡なくおれの制服の中で暴れだした何かだった。

 胸ポケットに何かいる?! デカい虫かなんかを想像して怖気立ってしまったけれど、結局ポケットはいつもどおり空で、それでも収まる気配がない原因不明バイブレーション。

 ようやく上着の内ポケットから見つけ出したのは、どう考えてもおれに支給された装備なはずない、古めかしい樹脂カード型をした――これは旧時代の携帯端末とでも呼ぶべきなのだろうか。とにかく物理ハードスクリーンになっている表面に〝着信中・応答しろ〟的なアイコンが踊っていて、この状況じゃ馬鹿正直に応答するしかない。


『――――ようやく出てくれたな、藤見タクト』


 カードから飛びだしてきたのは、聞き覚えのない女性の音声だった。


「…………あの、どなたか知んないすけど。もしかしてこれ忍ばせてくれたの、あんたすか」


 だいぶカンジの悪い受け答えをしてやる。だって名前を知ってるおれの服に、あらかじめ仕込んどいた連絡手段ってことだろ。そういう真似ができる立場ないし能力の相手。それに、すぐ目と鼻の先で恐竜もどきを撃ち抜いてくれた狙撃手の存在。

 つまり、おれが睨んでる狙撃手本人が、こっちに交渉を要求してきてる的な――。


『私は烏丸ニーナという。初対面で突然すまないが、自己紹介と経緯の説明は省略せざるを得ない事態になった。今すぐ君を利用させてもらうことになり、こうして連絡している』


 などと驚きの自己紹介をされてしまい、こっちの台詞が全部すっ飛んだ。


「――――――――――えっ………………は??」


 おれをハメた相手が女性で面食らった、なんてレベルの展開じゃないんだけど。


『こちらの音声は通じているようだが? 信憑性を高めるために私もリスクを押して名乗り出たのだ。そしてこの通話はプライベートで打ち上げた衛星ネットワークを経由している。秘匿性に関しては君のインプラントよりも信頼してもらって構わないが?』


「いや、そこに関して首を捻ったんじゃなくって! あなたとは初対面じゃありません。沙夜の母さんなのに……一応。っていうかガキのころ研究局で何回か話してたし」


 まさかの烏丸ニーナ研究局長本人だ。おれにとっては、研究局に閉じこめられていたおれと沙夜の願いを二つ返事で聞いて、外の世界で暮らせるきっかけとなった人。雲上の偉人的な彼女のイメージなんて、外の世界に出てからようやく理解したクチだったから。


『こちらもうまく記憶の整理が付いていなかったようだな、すまない。沙夜の件に関しては、君に多大な労力をかけていることは承知している』


 ああ、確かにこんな雰囲気の人だったのがぼんやりよみがえってきた。

 おれだって似たようなものか。何だかんだで連絡を取りあってきた國弘氏と違って、研究局に引きこもり続ける研究局長と最後に会話したのが何年前だったのかも思い出せなくて。


「…………おれに要件って。こんなとこで、まさか沙夜の話じゃないすよね」


 この人がわざわざ沙夜を気にかけるはずない。沙夜と会ってる雰囲気もない。胡散臭い善人ヅラする國弘氏ほど敬遠しちゃいないけど、まるで人間に興味がないみたいに研究に打ち込み続けてきた研究局長は、おれ達二人を援助したのもただの気まぐれだったし、なんなら國弘氏との入籍も利害関係の一致でしかないって軽蔑してたのは沙夜自身だったっけ。

 応答を待つ間、徐々に実体を崩壊させていく首なし恐竜もどきが視界に入って、ゴクリと生唾を飲みこんでしまう。まさか狙撃手の正体がこの人だったとか冗談キツいんだけど。


『――交渉士である君に確保してもらいたい転生者がいる。すでに予定時刻を大幅に過ぎている、大至急だ』


「そーゆうプライベートな仕事依頼、保護局ウチは請けてないんすけど。ひょっとして今まさに銃口向けてくれてる正体不明の狙撃手――あれって研究局長の脅しだったりします? こっちはエスコート置いてきてるんで、アイ・アームズなんかにビビってやんねえっすよ」


 フカシ込みで、ちょいと探りを入れる言葉を選んでみれば。


『なんだと? 予定外だ。なぜ君があの竜姫と行動をともにしていない』


 ――向こうからはこっちが見えてない? ってことは狙撃手は研究局長の部下的なやつか、それとも完全に別口なのか。研究局長はさっきおれを利用するって言ってたよな。つまり転生者を確保してほしいとかいう要求は、ラキエス込みの算段だったってことか。


「あいつの固有スキルにゃ充電切れ――活動限界時間があってですね。おれ単体じゃどうにもなんねえ無理難題でなけりゃ、そっちの思惑に乗ったげないこともないすけど――おれもたまたま慈善事業家に救われた、超・筋金入りの善人なんで」


 ちょいと厭味が出ちまったけど、お互い腹の探り合いをしてる時間なんてなさそうだ。ここまでお膳立てされた状況で、黙って回れ右できるほど自分がかわいいわけじゃない。


『……いや、時間が惜しい。フローに修正を加えよう。君にはこれから口答で指示する地点に移動してもらい――』

 この人との再会がこんな形になるだなんて思いもよらなかったけれど、おれは背中のアイ・アームズを抜くことを躊躇わなかった。

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