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 第二女子寮の一階には、ささやかながら食堂がある。これまた四人がけのテーブルがひとつという手狭さで、キッチンには古びた電気コンロとおれが持ち込んだレンジだけ。

 おれとマチカさんとで埃掃除をしてから、フラウに用意してもらった彼女の手料理を並べていく。皿なんて小洒落たものは抜きで、密閉容器を直接つつくスタイルだ。当然、食前のお祈りとかもやりたいやつが各自やっていく。ラキエスはやはり聖堂に祈りを捧げたりしなかった。

 ラキエスはちゃんとジャージを着てくれたものの、隣で居心地悪そうにしている。突き刺した鶏肉のソテーにしかめっ面を送るこの子を、不穏な目で見守るフラウとマチカさん。

 それはそれとして、何なのだろう、このアンバランスな絵面は。


「――ところでさ。お二人のご関係、すげえ意外な組み合わせに見えるんすけど、個人的に」


 ラキエスとフラウが向かい合ってる絵面よりもむしろ怖い。たしかにフラウを看病してくれたのがマチカさんだって聞いてたけど、この交友関係はおれにとって意外性が高い。


「…………ママ友」


「――――――――――――は?」


 そうしたら料理を一口咀嚼し終えたマチカさんの口から、ブッ飛んだ回答が飛んできた。

 いや、あんたらどっちも未婚女性のはずだろう。騎士モードだけなら大人っぽく見えるフラウもおれと二つしか違わないし、マチカさんなんて確か同年代だったはずだ。

 〝ママ〟が隠喩なら、果たしてこのふたりは誰をそのみなぎる母性で甘やかしてきたのか――いま思い当たる両名の顔が脳裏をよぎっていったが、これ以上の邪推はやめとこう。

 ラキエスは本日のところ、フラウといがみ合うほどの険悪さじゃない。ラキエスを食べ物で釣る作戦、若干雲行きが怪しいものの気に入ってはもらえてるようだし。


「うちのカザネさん、あれで食生活が壊滅的ですので、私がお世話させてもらっていたら新しい世界が開けまして。それよりも先日の模擬戦ではテンションぶち上がってしまい、大変お見苦しい姿をお見せしましたので、そのお詫びの意味もちょっぴりはですね……」


 こういう場面ではデキる一面を見せる、中々に生活力溢れる女騎士殿。かたや傍らのハーフエルフ氏はと言えば、淡々と口もとにフォークを運び続けている。フラウとは対照的で華奢な体つきのひとなのに、あんがい食いしん坊なのか。

 そんなおれの視線に気付いたのか、マチカさんがこう切り出してきた。


「……で、どうなんですかタクトさん。沙夜お嬢様のお気持ちをむげにしての、爛れた愛の逃避行は」


 この人と言えば沙夜ラブについてしかないのだが、もはや目線も合わせてくれない。


「別に逃避してませんし、沙夜に対して酷いことをしてるつもりもありません。ただ、おれが沙夜の婚約者って話にも、誠実にありたいと願ってますんで――特に社会に対して」


 子ども同士の婚約を勝手に成立させた國弘総帥にこそ非がある。そう、あんたの雇用主そのひとだぞ。まあ、おれ達が成人して自立できないうちは、どうにもならないことなんだけど。


「はい、知っていますよ、そんなこと。あなたごときにわたくしの愛らしい沙夜はあげません。あの子を幸せにできるのは世界中でこのわたくしだけですので、どうかタクトさんは沙夜を悲しませない程度に、今後もせいぜい道化役を演じ続けてくださればとても嬉しい」


 マチカさんは沙夜に溺愛が過ぎてる。沙夜が真顔で冗談なのかわからない物言いをするようになったのも実はこの人譲りなので、今のも冗談か皮肉だと受け止めるしかない。


「おれ、このこと沙夜とちゃんと話せたし、同意だってもらってますから。テスト合格して、局にも認めさせたし。だったらマチカさんも、おれがラキエスと組むのに反対しませんよね」


 理解してもらうしかない。そもそも部外者であるマチカさんが単身でフラウリッカに同行してきたのも、ラキエスの偵察とかそういう思惑があるのだろうから。


「――言葉での同意が得られれば、それで沙夜が悲しまないとでも?」


 厳しい一言で切り捨てられてしまう。そんなマチカさんはいつもどおりのぼーっとして全く表情が読めない視線で、おれと隣のラキエスとを品定めしている。


「沙夜を悲しませないこと。それには途方もない時間を費やす必要がありそうですが、解決するのは時間しかないでしょう。それをやり遂げるにはタクトさんの努力が必須です。わたくしは常に沙夜の味方であり続けますので、それを裏切らない範囲であればタクトさんの努力を邪魔することもありません」


 お墨付きを得た、と判断できるマチカさんからの返答。


「おれ、明日からラキエスと交渉現場に出ます。局長と室長の許可もちゃんともらってるし。実際にふたりで仕事してる姿を見せて、早く沙夜の不安をなくしてやりたいから」


 くだんのラキエスはといえば我関せずの顔で、卵サンドウィッチの角っこをはむはむとお上品に囓っているだけだった。

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