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『――はいはい、というわけでえ。これよりラキエス・シャルトプリム? さんのエスコート適性テストを開始しまっす』


 などと、田端保護局長のかったるそうな声がトレーニングホール内に残響した。

 保護局の地下二階から三階に相当するトレーニングホールは、交渉士とエスコートがアイ・アームズを用いた戦闘訓練をする目的の施設だ。

 二〇〇メートル四方、高さ二〇メートルのだだっ広い空間――それこそ地下二階と三階をブチ抜いたほぼ全てを占めるトレーニングホールは、エスコート達が暴れまわっても崩壊しない程度には頑強に設計されている。剥きだしの鉄骨支柱が一定間隔で突き立っているのは、障害物の有無が戦略性を高めるからだって二課の人が言ってた記憶がある。

 一方、ただの運動不足な中年でしかない局長など二階側の監督室に退避し、強化ガラス越しにマイクでがなり立てる有り様で。


『藤見もついでだが準備しとけよ。お前も一応な、ラキエスさんのパートナーが務まんのかって意味での適性度合いも、ちゃんとテストしとかなきゃだな』


 で、どうしてこんな展開になったのかと言えば、まあ全部おれのせい。オーバーロード級の隔離対象者であるラキエス相手に、無謀なるエスコート契約を持ちかけたからだった。


「――局長、確認ですけど。こういう適性テストって、フラウとかミィオも受けたんすか?」


 ラキエスがエスコート契約を快諾してくれたのが昨夜。あれからあの子は大人しく保護房で眠ってくれたらしくて、局の厳戒態勢がようやく解除されたかと思えば、今朝六時に局長から通告されたのがこの適性テストだ。

 そもそもエスコート契約にテスト通過が必須だったなんて初耳なんですけど。


『これが初めての試みなんだよなあ。だって、俺が今朝思いついた特別ルールだもん』


「いやいやいや、今朝思いついた、って局長さ。そんな雑なノリでこんだけ大げさな人員割いちゃって、今日の現場の方どうするんすか……」


 勤務時間中とはいえ、この場に集まったそうそうたるメンバーにも尻込みしてしまうおれ。

 ライトに照らし出されたホール中央で仁王立ちしていたのは、女騎士フラウリッカ・アイオローグ。しかも真紅の騎士甲冑その他フル武装モードだ。空調が微弱なホール内で、わざわざストロベリーブロンドの髪までなびかせている。たぶん演出バイ風の精霊さんだって明らかな挑戦者フェイスで、つまりはこの子とバトルしろってわけ?

 ホール両袖には、サポート要員なのか晴真さん&二人のエスコート達の姿も見えた。

 晴真さんのエスコートの片方、ドワーフ男性の方がグラムヘイルだ。小柄なのに筋骨隆々とした体格で、白髪に髭面も相まっておとぎ話にでも出てきそうな風貌をしている。

 もう片方、エルフ女性の方がククルカナン。半妖精族の中でもとびきり長いとんがり耳の持ち主で、金糸のように繊細な髪を地面につきそうなくらい伸ばしている。大人びていて気位が高そうなのに、顔だちはすごく〝少女〟な感じで不思議な雰囲気のひとだ。

 ホールに集められたのは、うちで最強クラスのエスコート達だ。要するに試したいってことか。突如この世界に襲来したラキエス・シャルトプリムが、信頼に値する隣人なのかどうかを。


『近ごろは上がうるさいんだよ。形だけでもこういうテストやっとかないと組織が保てんでしょうってね。それに味方だって多い方がさ、ラキエスさんの生活の安心にも繋がるでしょ?』


 局長おっさんの思惑はわかってる。ラキエスがオーバーロード級転生者だって認定したのが局長だ。そんな危険人物を、昨夜の交渉だけで野放しする判断はできないって言いたいのだろう。


『でね、ええと……ん? これ、報告書間違ってない? ラキエスさん、命狙われてるの? お命狙っちゃう方まで仲よく付いてきちゃったってわけ? さすがにヤバくない?』


 何となく雲行きが怪しいが、ゲンナリしている場合じゃない。いつも通りの制服に身を包んだおれは、打刀型アイ・アームズの鞘をすでに手にした体勢でいる。

 で、ようやく遅れての入場となった問題の監視対象にしておれのエスコート候補者――ラキエスは、控室で選んできた魔杖型アイ・アームズを担ぎ、退屈そうな眼光で試験官フラウを挑発――しかもダッサいジャージ姿で。長髪巻き毛の有角種で、首から下がジャージ。ジャージ着てる羊みたい。シュールだけどすごく馴染んでる。尻尾ちゃんと出してるのもえらい。


「今度こそ前後ろ逆に着てねえよな? 男子は女子更衣室にもシャワー室にも入れねえって忘れないでくれよ。たまたまカザネさんが通りかかってくれたから命拾いしたものを」


 愚痴だ。とはいえ昨夜の落ちこみっぷりからすれば、ここまで元気になってくれて一安心。


「……あんな女ソッコー追い出したに決まってんじゃん。知らんやつに肌見せる方が頭おかしいし。タクトがぼくを洗ってくんなかったのも着替えさせてくんなかったのもマジショックだったんだけど。ぼく傷ついたし。ちょー傷ついてるし……」


「………………拗ねるとこおかしくね? じゃあカザネさんはどうしたんだよ」


 そういやフラウがいるのにカザネさんが見当たらなくて、逆に不安になるんですけど。


「知らんし。だいたい湯浴みもお着替えも侍女のお仕事じゃん。このぼくにやれって無理」


 初っぱなからもう駄目だこいつ。上っ面の美貌と戦闘能力はうちでも一二を争うハイスペック級だろうに、素のおつむはうちでも一二を争うポンコツ級だって薄々わかってたけど。


「――そろそろ作戦会議は終わったか、タクト殿。こちらもそろそろ待ちくたびれそうだぞ」


 そして問題の試験官――つまりおれ達の対戦相手の女騎士殿である。いったん帯剣して甲冑で完全武装すれば、いつもの内気なヘタレリッカも騎士モードにチェンジである。


「えー。作戦もなにもさ、二対一っての、なんかあのイヌ騎士かわいそくない?」


 新人から漏れ出た無邪気な挑発が、騎士道を逆撫でする。ブレイズン何某などと命名された騎士剣型アイ・アームズを、床にゴチンと突き立ててみせる。いつになくフラウの顔が怖い。


「……うへえ、どうしよタクト、イヌ騎士どのやる気満々であらせられるぞ。で、愛するぼくのためにタクトがあの綺麗なお顔をブチのめしてくれるんだよね? うへへ、たまらんな」


 これまで特に突っこんでこなかったけど、高貴な身分の割にざっくばらんすぎるこの子の言葉づかい――竜姫の能力でおれを見て、現世界語を学んだとか言ってたよな。おれのせい?


「ばか、このテストはそういうんじゃねえよ。おれ達がなんなのか、きちんと教えたろ?」


「わかってるよ、わーってる――ぼくらはヴラッドアリスと絆騎士だ」


 頭を抱えるしかない。根本的にラキエスは、おれの仕事を深く考えてくれていないのだ。時おり愛だの恋人だのを口にしてくれるのも、おれが思ってるやつとたぶん違うし。


『あー、以降は田端局長に代わり指揮室長のエリアスが引き継ぐ。本テストのシチュエーションは、キミ達二名が世界境から現れた転生者との交渉に失敗して交戦状態に陥った――そういう想定の模擬戦だと覚えておいてもらいたい。よろしいね?』


 監督室がバトンタッチしたらしい。エリアスと名乗った野太い声の男性は指揮室長――局内の指揮室から現場指揮するオペレーター勢のボス。おれ達現場組の指揮官的な立場のひとだ。


『我々がキミ達のどんな適性を評価したいかという話だが。新入りのラキエスがエスコートとしてフジミをどこまで守れるか、だね。それと交渉士とエスコートの連携――パートナーとの相性についてだ。そのあたりを、キミ達の上司であるワタシにも理解しやすいように頼む』


 室長の言う評価項目はもっともなものだったので、再周知のためラキエスを目で促す。そうしたら、自分があの物々しいフラウと戦わされるのがよっぽど不満なのか、魔杖を担いだかかしポーズのまま、口もとを露骨な〝への字〟にされてしまった。


『ちなみに本日は、SEDO本部から重役が現場視察にみえておられる。午前のご学業を切り上げられたようでね。なので、あまりみっともない真似はしてくれるなよ。フフ、ワタシの人事評価にも響く』


 いつもの室長の自信に満ちた長いものに巻かれろ発言からの、まさかの人物登場。


「げっ……沙夜、こんな時間から来ちまってんのか。ちゃんと家庭教師しとけよマチカさんも」


 あいつが朝のうちから駆けつけてくるなんてさすがに計算外だ。


「そろそろその手にした武器を構えられよ、セメタの竜姫殿。いや、いまや角の生えた竜姫殿か。タクト殿より伝え聞いたが、なんでもご自身の魂までも悪鬼の類に捧げられたとか」


 唐突にラキエスを挑発するフラウリッカ。昨日の今日で、この二人はまだ関係良好とは言えない。こと戦闘に限っては一騎当千を誇るフラウだから、お手柔らかにお願いしたいんだけど。


「この我を悪鬼呼ばわりとは、イヌ騎士殿は昨晩のことを未だ根に持っておったか」


 途端にやる気を見せたラキエス。弄んでいた魔杖をバトンのごとく舞わせると、負けじと地に突き立てる。だからそういう使い方をするアイ・アームズではない。


「…………その気になってくれたのはありがてえんだけど、忘れんなよラキエス」


はナイショにしとく話? でも絆しないとイヌ騎士に勝てないけどどーすんの?」


「勝たなくていいんだって。おれらがちゃんとパートナーやれてるって認められれば合格」


「そっか、がってんしょうちっ!」


 外野の晴真さんから「いいぞいいぞ、その調子~」なんて横やりが届く。「そんな暴力騎士なんて一撃でブチのめしちゃえラキエスちゃん!」って、どっちの味方だよあんたは!

 室長からも開始OKの合図が来る。緊張に早鐘を打つ心臓。いくら手加減ありの模擬戦だからって、誰ひとり痛い目を見なくて済むわけないよな。


「ならば我が剣を通じてその胸に問うとしよう、竜姫よ。アラウテラ難民騎士団長にしてアイオローグ家当代、フラウリッカ・アイオローグ。いざ、参る――――」


 その台詞すら置き去りにする疾足で――――フラウリッカが駆けた。

 豪奢ながら鈍重に見える甲冑をものともせぬ移動速度。たった一歩の足さばきだけで間合いを半分にまで詰めてみせる。甲冑がかち合う音すら聞こえない。白化した左眼の力で、身体能力が加護精霊術と一体化した彼女固有の戦闘スタイルだ。

 騎士剣の腹を左腕の籠手で支える独特の構えで迫り来るフラウリッカ。問答無用に敵を斬るのではなく、巨大で重量のある剣をもって圧し、追い詰めて、殺さずして戦意を奪う一点に特化した、彼女なりの騎士道精神を体現したものだ。

 いくらインガライト供給スイッチを切ってくれているとはいえ、あんな勢いのアイ・アームズに殴られれば医務室送りは免れない。

 だが先手を切ったのはラキエスの方。間合いを詰める軌道を見越して振りかざした魔杖――その頂きに埋め込まれた宝玉がインガライトの火を噴いた。


「――おお、面白いじゃん。こいつ、無詠唱魔術みたいで楽ちんだ」


 魔杖から放射されたインガライトを横軸移動であっさりと回避したフラウが、床を蹴って急転回からの跳躍――風精霊のブーストを受け、ラキエスの左側方から横凪の刃を繰り出す。


「この戦い、竜姫殿には分が悪かったな。私と貴様は、すなわち騎士と騎士に守られる側。端っから一騎打ちなど成立せぬ」


 ギン――と鈍い金属音がホール内を残響し、打ち払われた魔杖が宙を舞っていた。


『私が知る限り、枢機卿院によるセメタの支配とは、竜姫の予言あってのものだ。その枢機卿院が、あろうことか竜姫暗殺を企てるなど考えがたい――やはり竜姫が予言能力を失ったことに端を発したセメタの内紛……といったところか』


『ぐっ――下種の勘繰りを。ならば汝が準じてきた正義とやらをかなぐり捨て、我を導く騎士として頭でも垂れてくれるか? 我に手を差し伸べてくれたタクトのようにっ!』


 交わされるニルヴァータ語。内容は理解できないが、おれの名前が呼ばれた気がして。


『――下衆で上等。仕える王など私には無用。崇め奉られてきた竜姫ではなく人として生きてゆくつもりならば、なぜ気高き意思をセメタの民の前で示さなかった! なぜ貴様のような導き手が、導くべき国を捨て冥界の門を渡った!』


『……まるで世の光と闇の全て見てきたかのような口で、王だ人だと……下民ふぜいが――』


 憤然とした声を上げたラキエスの耳元を、風のように吹き抜けていくフラウ。


「――はいハイっ、騎士サンはそこまで~。文明社会でオーバーキルなんてモテないよお?」


 再びアイ・アームズ同士がかち合わされる音が轟いた直後に、気の抜けたようなこの声。続けざまに、注意を促すような一拍手と、その残響。晴真さんだ。

 いつ飛びこんできたのか、交差した二対のアイ・アームズ――ドワーフ=グラムの戦斧型とエルフ=ククルの魔杖型によってフラウの一撃が押し止められ、鍔迫り合いになっている。自分目がけて振り下ろされるはずだったそれを頭上に、茫然とへたりこんでしまったラキエス。戦意喪失は明らかな表情に見えた。


「うぬぬ……儂が手助けせんかったら、ほれ、エルフの細腕なんぞでは防ぎきれん猛撃じゃい」


「その軽口ごと地面に縫い付けるわよドワーフ。フラウリッカも大人しく引きなさい!」


 本気フラウを前にしても余裕のいがみ合いをする、相変わらずの二人組。さすがのフラウも彼ら相手に力押ししきれないと悟り、ラキエス撃破判定に自分を納得させたのか――


「………………あーらら。やっぱテスト継続ならさ、こっち狙いで来ちまうよな」


 ドワーフ&エルフが庇ったのはあくまでラキエスだけ。室長から試合終了の合図が来る気配もない。ならフラウリッカの次なる獲物はおれしかいないわけで。

 打刀を抜いて、猛進してくる騎士相手に斜め構えの体勢をとる。おれごとき凡人がアレと真っ向から斬り結ぶのは蛮勇だ。一撃目を何としても凌いで時間を稼ぎ、ラキエスに反撃の機会を与えてやらないことには、エスコートの資格を試す意味がないだろうし。

 が、さすがにおれの判断も甘かったわけで。

 スローモーションみたいに見えた。おれの打刀が、ラキエス同様に弾き飛ばされる様を。

 手のひらに鈍い痺れ。フラウの剣戟を受け止めるどころか、視認すらできなかった。


「――いかがしたかタクト殿。貴方の動き、剣捌き……普段の模擬戦と何ら変わりないようにお見受けするが」


 宙を舞っていたアイ・アームズが、遅れて床に突き立った。の意趣返しめいて。


「なにゆえに先日のように立ち向かってきていただけない。ここであの力を見せられない特段の事情でもおありか? あの恐るべき一太刀――私が味わわされたあれは幻などではなかった。エリアス殿が許可するならば、もう一戦交えることもやぶさかではありませぬ」


 監督室を見上げて訴えるフラウリッカ。これで戦闘終了させるつもりは毛頭なさそうな目つき。あの強化ガラスの向こうにいるもう一人の試験官――室長エリアスの判断を待っているのだろう。

 その時のことだ、唐突に監督室のスピーカーが鳴り響いたのは。


『――こら、ちょっとぉ…………待って、落ち着きなさい沙夜ちゃんってば――――』


 室長かと思えば、この拍子抜けな声はカザネさんだ。っていうか、今なんて言った?


『――……いいからおだまりなさい――わたしの声がちゃんときこえているわねタクト』


 続いてあまり子どもっぽくない、低いトーンの怒声が残響する。どう考えても沙夜のものだ。


「やばっ……沙夜、あいつまた出しゃばりやがって!」


『わたし、こんな茶番を許可したおぼえはないわ。いますぐ中止なさい。だいたいだれよそこの女。妻をさしおいて異性とエスコート契約をむすぶのは禁止だってあれほどお願いしたのに、この裏切りものっ!!』


 あいつがどんな表情でマイクに向かっているのか、ありありと想像できてしまう。周囲で何もできずにいる局長達のアホ面もだ。お手上げポーズで、言われずとも撤収をはじめる晴真班。

 火の入ったテンションからいっきにやりきれない気分になって、ラキエスの方を伺えば。

 …………やっぱヘンだ。〈因果不確定〉。さっきの声、どっかで聞いた気が――いや、そんなはずない。あれはの声だ。

 急激に頭の中へと流れこんできた〝きみ〟の思考。未来予知の話か? きみは〝おれ〟と混ざり合って、一人称視点で見えていた世界が〝ぼく〟と溶け合ってひとつになっていく。


「我、処女血のアリスヴラッドアリスとの血ぎりを今ここに。汝こそ我が絆騎士。我が物語キズナで煌めき放て」


 ならば〈因果改訂〉。こんな――こんな因果をぼくは認めない。


「――その別人のごとき眼差し! まさにあの神がかりな騎士の魂がタクト殿に憑依したかっ」


 途端に戦意を高ぶらせた女騎士。爛々と見開かれた瞳。キミ自身に宿った絆騎士の力、意志、そして世界観に当てられて、さっきまでの理屈が通用しないってこの女も瞬時に悟ったからだ。

 そうだよ、ぼくのタクト――キミは剣を失って、なお抗うことを諦めていなかった。


「私に向かってこいタクト殿っ。貴方のその光り輝く剣、今度こそ打ちはらってみせようぞ!」


 キミが発露させた光芒から剣を編み上げた途端、狂喜乱舞を絵に描いたような顔つきになる女騎士。

 ぼくという物語は、キミという最愛の剣あっての英雄譚。ぼくの絆騎士であるキミは、その体躯を無限の武装へと変えられる。皮膚を新たに覆っていく膨大な白光の糸が鎖となり、幾何学的に交差して鎖かたびらを編み上げていく。

 自らを剣と化し、そして盾となれ。キミはあのフラウリッカ・アイオローグを凌駕する唯一無二の騎士だ。キミの意志ロゴスはあの女の騎士道精神つるぎすら折れるって、この戦舞台で証明しよう。


「――――さあ、キミとぼくで劇的な物語をはじめようか!」


 攻撃を誘うためか、反撃の時間稼ぎか。後方に飛びすさり、キミから間合いを開ける女騎士。

 こいつの挙動には妙な付加効果がかかっているってのは把握していたけれど、キミが言ってた風精霊の加護か。だが――その程度じゃまだキミより遅い。キミには届かないよ。

 右手の光剣を消滅させ懐に飛びこむキミ。鍔迫り合いバインド狙いの女騎士が虚を突かれ、左手に剣を編み直したキミの横薙ぎを防ぎきれず飛びのくも、まんまと体勢を崩す。キミの追撃が続く。

 キミの力、速さ、定石破りの動きその全てが、精霊や魔術による後付けの加護なんかじゃとうてい実現不可能なものだ。

 これは因果改変後のリアル。いまキミ達の目の前で繰り広げられている現実とは、ヴラッドアリスたるこのぼくが書き換えた、ただの〝事実〟にすぎない。


「こんなっ――――どうなってるんですかタクトさんの剣術、それにこの動きッ――――!?」


 咄嗟に女騎士のとった判断自体は悪くなかった。突き出したデカい騎士剣を盾に、キミの猛追を牽制しようという足掻き。

 でもキミにはぜんぶ見えているの。鼻先をかすめる女騎士の切っ先を緩やかにやり過ごし、剣の腹を軽々と潜り抜け、さあ敵の懐へと突き進め。精霊の恩寵さえなければただの鉄塊にすぎないデク女が、キミなら容易く手を捻られる赤子程度なんだって見抜いてしまえ。

 さあ、この一戦はただの余興だよ。ぼくの退屈な物語をキミの輝きで埋め合わせて――


「ひゃわっ――――――ちょっ、ちょちょちょちょちょ――タクト…………しゃんっ!?」


 ――どうしてこんなとんでもない事態になってるのか、〝おれ〟にも皆目わからなかった。

 何がどうなったのか、おれの腕の中にフラウリッカ・アイオローグがいた。それも、厳めしい甲冑武装の彼女を、なんと姫抱きにして。

 いや、わかってる。わかっちゃいた。おれは敵わなかったフラウに再度立ち向かったんだ。ヴラッドアリスの主観ハックによって実現される、あの絆騎士という奇跡の結果がこれ。


「ちょお……や、やだ……降ろし……て…………よぅ」


 ようやく状況を理解して腕の中でジタバタともがきはじめたフラウ。こっちが可哀想になるくらい、頬がみるみる紅潮していく。

 それが伝染したみたいに、おれの顔まで熱く火照ってきた――主に彼女の重さで。


「むぐぐ……フラウ……お、おも……くなってきてる……精霊の加護、解けてきてるって」


「おろおろ降ろしてタクトさ……もうやだ、恥……こんにゃ婚姻前の乙女に――ひぁんッッ!!」


 叫んで暴れるフラウから逆に恐るべき腕力でしがみつかれ、頬に左フックがめり込んだ!


「むぎゅっ――――た、頼むから、はやく地面に足つけて…………」


「……ひどいぃ、重いっていったぁ! タクトしゃん……わらしが重いって!!」


 最初は抱きかかえても平気な軽さだったフラウリッカが、指数関数的スピードで重さを増している。風精霊の加護が消えつつあるのと、絆騎士が解けておれが弱体化したせい。


「助けてぇカザネっち、もうあらしこんにゃ恥ずかしいのやらぁ――――――」


 錯乱して話を聞くどころじゃなくなったフラウ越しに「きゃっはっは!」などとおてんばな笑い声を高鳴らせるラキエスが見えて。


「ざまぁ見ろしフラウリッカ・アイオローグっ――ヴラッドアリスの絆騎士、藤見タクトの勇姿を未来永劫その目ん玉に刻みつけとくがいい――――――よぉ……?」


 クソガキ復活かと思いきや、ラキエスは高笑いのポーズのままこてんと昏倒してしまった。ここでバッテリー切れ? 絆の力って、確かおれの血を吸うことでどうとか言ってた気が。

 などと呑気なことを考えてる間にフル武装フラウの重みに耐えきれなくなったおれは、ラキエス同様に背中からすっ転んでしまう。

 まあ、こうなればフラウの下敷きになるのは必然。とどめに踏み潰されたカエルみたいな呻き声をホール内に轟かせたおれ、最後はほんと滅茶苦茶カッコつかなかった。

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