i3 オーバーロード
i3-1
ラキエスが覚醒したって通知が届いたのは、おれ達が七番島に帰島して、日が暮れてからのことだ。仮眠なんか取ってる状況じゃなくなって、おれは医務室から飛びだすしかなかった。
転生者保護局、地下四階の入り組んだ廊下を突き進む。照明もほの暗く、幾度となく繰りかえされる曲がり角。いつ来てもダンジョンみたいな場所だ。聞こえてくるのは低周波で唸るいくつかの機材設備と、あとは自分の靴音だけ。
この先で待ち受けているのは保護房。局が保護した転生者と
零番島でおれ達が直面したあの異常な交渉現場は、ラキエスの昏睡化という、奇妙な余韻を残したまま幕引きとなった。あれからフラウとカザネさんによって移送されたラキエスが、この先の保護房のひとつにいる。
『――んで、藤見クンさ。ボクが言わなくてもわかってると思うけど、
網膜端末のスクリーン脇でそう毒づいてくれた真っ赤な髪色の好青年は、先輩格の晴真さんだ。あくまで飄々とした口振りだけど、ある意味で釘を刺されたと受け取った方がいい。
「わかってるっすよ。相手の口を割るのが交渉士の仕事じゃない、おれ達の協力者にすんのが交渉士の仕事っす」
零番島でおれ達が直面したあの異常な交渉現場は、まだ何ひとつ解決していなかった。転生者ラキエス・シャルトプリムとは一体何もので、マルクトルにとってどんな影響をもたらすのか――建前無視でぶっちゃければ、人類にとっての脅威レベルはどれくらいヤバいのか。
そういう懸念を解決するために交渉士がすべきことは、ラキエスを
『――あ、そうそう。灰澤ちゃんならさっき轟沈済みだから』
「えっ、それどういう意味っすか」
轟沈って――つまり交渉失敗って意味か。カザネさんが先にラキエスとの交渉に当たってたって話、いま聞かされたんですけど?
『えっへへ、そのまんまの意味だよ。例のお姫サンさ、お目覚めしちゃいるけど灰澤ちゃんが何をどう呼びかけてもガン無視してくれたって。コミュニケーション不全、愛想ゼロ――』
「…………ラキエス、黙秘してるんすね」
いまの感情がどういうものなのか説明しにくかった。おれが巻きこまれた問題が何も解決されていない不安。送り込まれた刺客による生命の危機。一人称視点を好き勝手にハックされた見返りに、無敵の力を得たおれ。そもそもあの子にとってのおれが何なのかもわからないし。とりあえず無事でいてくれて安堵したのは本当だけど。
『超・友好的な異世界転生者で、刺客の妖精人形? に殺されかけたって報告書読んだよ。これが絶世の美少女すぎて負けそうになっちゃったけど、アハハ……要は二番手にチャレンジしたのがボクで、四〇分くらいずっと一人芝居させられちゃった。そんな悲しい物語があったからこそ、三番手で真打ち・藤見センセの出番ってわけですよ』
そんな晴真さんの軽薄な苦笑には、愛想笑い的な苦笑で返すしかない。わざわざ見習い交渉士のおれにお呼びがかかった理由は、まあそういうことなんだろう。
『でね、妖精人形の追跡はボクのチームが引き継ぐんだけど、あのミィオちゃんの追撃を逃れたんだよね……今から憂鬱だぁ。それにお姫サンを撃った
そこを突かれるとトーンダウンするしかない。妖精人形はおれが逃がしたようなものだから。
『とにかく健闘を祈ってるぜ藤見少年! ついでに力強いサポート要員も送り込んどきました』
まるで晴真さんの計算ずくだったみたいなタイミングで、曲がり角の先に待ち構えていたのが虹彩異色の女騎士フラウリッカ・アイオローグだ。
「あーあ。
「てへへ…………へへふひっ……えーん、もういいんですよタクトさん。私、ブチのめしちゃった雑魚から恨みとか呪いとか買いやすい星の生まれなんですよう……ハルマっちから根に持たれても釈明の余地ゼロですもん」
嘘偽りなく落ちこんでる態度のフラウだけど、同僚のはずの晴真さんチームを(手違いで)何度かぶちのめしてきた騎士サマって誰リッカでしたっけ?
「………………そういうとこだぞ騎士サマ」
「いえ、だからこれ、子どもの喧嘩みたいなやつなので……私みたいな駄目オンナが決闘すら禁じられちゃったら、もう悪口に悪口でやり返すしかないじゃないですかあ……」
謎理論を訴えるフラウの必死さに、ちょっとだけ緊張がほぐされた気分だった。
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