Interlude - 1
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『――なぜ許可なく発砲させたのかね、と私は質問している』
咎めるような言葉づかいなのに、憤りも何もかも、私情がまるで籠もっていない声色でこの女がわたしを問い詰めてきた。
『いかに相手が危険な存在であろうとも、君がしでかしたのはただの暗殺だ。われわれ人類社会においては非人道的行為にあたる』
この女――SEDO研究局のトップ・烏丸ニーナ局長のしゃがれた声が、携帯端末のスピーカー越しにより酷くひび割れて聞こえてきた。
端末スクリーンが映し出すこの女はいつものくたびれた顔だちで、書類の山に埋もれたいつものデスクにいるようだ。まだ昼間だというのに向こうは薄暗く、この女は真夜中に会うときと何ひとつ変わりない絵面なので呆れてしまう。局の研究員達も局長室には近寄りたがらないだろうから、わたしとの密談なんてものがこうして成立してしまうのだけれど。
『こちらの質問に答える義務くらいはあるはずだが。いくら君が正統なマルクトル市民でなくとも、だ』
「あらあら、あなたみたいな人間でもそんなおもしろい冗談が言えたのね。このわたし相手に人道を語るだなんて、まるで真人間の振りをしているみたいだわ」
まだ二十代のくせに美容なんて気にも留めていないボサボサのブロンドに、青空みたいだった瞳は淀みきって曇天模様。もう何年も研究局のオフィス暮らしを続けストレスにも無頓着でいられるからこそ、ティーンエイジャーでインガライト相転移炉なんて怪物を発明できたのかもしれないけれど。
「そうね……なら、正統なマルクトル市民でなければマルクトルの法もわたしを裁けない――って解釈はできないかしら?」
『――正統なマルクトル市民でなければ、あらゆる無法が容認されるとでも? 転生者が相手であれば、法に代わり転生者保護局が介入する。君は
至極真っ当で、全く面白みのない建前が返ってきた。カメラ越しにわたしを見据えてくる瞳は相変わらずなんの情緒も表さない。これで
「君の思考原理が理解できない」
なんて言えるこの女がわたしには心底理解できなかった。
「まあ、敵だなんて人聞きの悪い。それに、このわたしにとっては過去の話でしょう?」
『そもそも君が無断で持ちだしてくれたアイ・アームズを作ったのは私だ。それもSEDOの正式認可を受けていない密造品になる。法が君を裁かなくとも、君の行為を幇助した私を裁くことなら可能だと言っている。そうなれば結果的に君の立場も危うくなるということだ』
烏丸ニーナとの対話は万事この調子でウンザリさせられるし、わたしの皮肉にも万事この調子だから本当に面白みがないひと。
「あらそう。ならわたしという
『こちらにも庇えることと庇いきれないことがある。ああして君が状況に介入した事実を、これから保護局側も追及しはじめるのは間違いないだろう。そうなれば、私にも協力できないことが増える。君がそうまでしてやり遂げたいという目的も、果たすことができなくなるのではないか、と私は忠告しているだけだ』
「なら、あなたができないことは、わたしひとりでなんとかできるから構わないわ」
だってわたし、もう子どもではないのよ――なんて意地悪を添えるのはやめてあげる。
『とにかく、だ。あれはマルクトルの潮目を変える一撃になった。潮目を変えたのは君だ。君の身勝手な行動が、我々の問題を変化させる引き金となった。問題が悪化したと見るべきだ』
この女が言っている潮目というのは、この洋上実験都市マルクトルがこれから抱えることになるであろう史上最悪の脅威――〈竜姫〉ラキエスの転生についてのことだ。
「あの場面でラキエスを強制送還できなかったのは、たしかにわたしのミスだったわ。〝急所を照準したのに、気づいたら頭に命中していた〟と狙撃手は言っていた。ヴラッドアリスの因果改変能力で回避したのかしら。でも、こんなの想定内。次のプランBに移行するわ――」
――そうよ、プランAは破綻した。ヴラッドアリスは強制送還をも覆してしまうことが、奇しくもあの一撃で証明されてしまった。であれば、今後わたしに撃てる弾は限られてくる。
「あと、覚えておいてね。問題が悪化したわけではないの。ヴラッドアリスは自分が死ぬ因果ならなんでも自動的にキャンセルしてしまえる。あの子がヴラッドアリスでいるかぎり、強制送還は通用しないって法則を最速で証明できた。元から最悪の状況だったのを把握できたうえで、次のプランを進める時間も得られた。つまりわたし達、ちゃんと前進したのよ」
確かに、この女からの忠告――保護局側に〝わたし〟という第三者の介入が察知されたことは、こちらにとっても痛手だってわかっている。
だとしても時間の問題にすぎない。ラキエスにも、このわたしにも――そして
「わたしにはこの物語のクライマックスがちゃんと見えているのを忘れないでね。ラキエスがこの世界の武器で殺せないのなら、
『それで、行き着く先がSEDOということか。君はまるでテロリストだな』
「罰を受けるべき人間がいるのだから、それにつけこんで利用することに何の罪があるというのかしら? 正しい物語の結末にたどり着くために、必要な罰なのよ」
そう、罰よ。でも正義の名の下に裁くなんてわたし達にはおこがましい。あくまで
「――いいわね、烏丸局長? わたし達で協力して、このマルクトルを救うの。あなたが実現させたインガライトの闇から、人類も、あなた自身も、このわたしも――」
そして、わたしが愛したあなた――藤見タクトも。
それはわかっている、と相変わらずの口調で応じた烏丸ニーナが、疲れ果てたように顔を拭う姿まで克明にスクリーンが送りつけてきた。
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