i2-3
おれ達三人が立ち寄ったのは、通称〝レッドベリアル公園〟の名で知られてきた商業区の中心地点。林立するビル群のど真ん中にあるこの公園は、レッドベリアルと呼称される一角の巨人像が鎮座していることからそう呼ばれるようになった。
今や荒れ放題の公園――その一画がクレーター状に大きくえぐれて、砂色をした巨人像が、まるで空から落下してきたかのように埋まっていた。上半身だけ地上に露出させ、一本の角を突き出して、有機的な造形をした両腕で肘を付き這い出ようとした体勢のまま。上半身だけでも十メートル近いこいつは、周囲が掘り起こされ、足場が設置されたまま放置されている。
「――ただいま帰還したよ、ミィオのレッドベリアル」
らしくない感慨にひたるミィオ。逸る足取りで陸橋の階段を駆け下りていき、巨人像レッドベリアルへと辿り着くと、地上に出ている大きな腕の部分に触れた。
「もうあまり時間ない――ミィオは必ずおまえを――――そしてミィオと一緒に……――――」
ミィオは動かないレッドベリアルに何か語りかけている。砂まみれの腕を優しくさすり表面を覆う砂粒を払いのけると、溶岩のように赤熱した金属層が浮き上がってきた。だが、その金属層から染み出てくるように、砂粒が再びレッドベリアルを覆ってしまう。「レッドベリアル、こっちの世界に来てからどんどん化石みたいになってるんすよ」と説明してくれたミィオの不安げな顔を思い出しまった。
「三純もこういうとこあんのな。そりゃあ、何とかしてやりたくなるもんな」
そんなミィオを陸橋側から眺めながら、自然とそんな言葉が口をついていた。
「……何が言いたい藤見。あの転生者とは、任務で旧市街区に来る機会があれば必ずここに立ち寄るという契約条件なだけだが? それを不履行にする方が僕らしくない」
「わかってるって。レッドベリアルはミィオの愛機――いや、相棒だもんな。ちょい違うかもだけどさ、アイ・ドローンはおれにとって相棒みてえなもんだし、壊れちまった相棒が直せなけりゃ焦っちまう。焦ってるミィオには悪いけど、でもなんかああいう関係って憧れちまう」
それに異世界はニルヴァータひとつだけじゃない。まだ知らない世界が、ずっと遠くまで広がっているんだ。考えただけで胸が高鳴るし、もっとたくさんの未知に触れてみたい。
「僕にはその手の感慨など理解不能だが。レッドベリアルはすでに稼働停止したことがSEDO研究局、一流の頭脳達によって結論づけられたはずだ。あの転生者はモノへの執着がすぎる」
「あのなあ三純。お前には家族とかさ……ほら、自分ちに帰れば、両親とか妹とかいるわけじゃん。ミィオにとってレッドベリアルって、モノじゃないんだよ。ああいう感覚って、おれよりは三純のがずっとわかっていそうなもんだけど」
そうやって呆れたおれの態度に、三純は淡々とこう応じる。
「わかっていて、だから理解できないという主旨の話を僕はしていたはずだが。会話の行間を読んでいなかったのか?」
案の上の三純慧、マルクトル一面倒くさい男だった。
そんな彼が予備動作めいて短く息を吐いたのが聞こえたのは、直後のことだ。
「――どした、三純」
三純が自身のアイ・アームズ――ハンドガン型を制服のホルスターから引き抜いた。セーフティまでは解除していない。銃口を上に向けたまま立ち止まり、陸橋から慎重に周辺警戒する。
「藤見、アイ・ドローンを
見ると、ミィオの方もいつの間にかアサルトライフル型を構え周辺警戒に移っていた。
ご要望どおりアイ・ドローンを逆位相音によるノイズキャンセリングモードで上空展開し、背を預けた三純を問い詰める。
「つっても、こっちからいきなり臨戦態勢じゃ、交渉できる相手でも警戒すんだろ」
「そっちは今回のお前の役割だ藤見。僕達は援護にまわる。どのみち相手の出方次第だ」
「……了解、って言いてえとこだが、まだ相手の姿も見てねえんだ。例の失踪者とは別の転生者の可能性だってあんだろ」
「フン、このタイミングで〝最悪のカード〟スキル発動か。余計な仕事を増やしてくれる――いや、局長に言わせれば
「だからこそ相手が単独とは限んねえ。この前みてえに団体さんで来られちまったら、おれらで手分けして交渉するしかねえぞ」
「その時はその時だ。ただ三手に分かれて行動するのだけは避けろ。危険がおよぶ可能性がもっとも高いのは、戦闘能力がもっとも低いお前だぞ藤見」
「そいつぁすまねえな、おれが機械オタクの剣術ド素人でよ」
そうは自嘲したものの、背負っている打刀型アイ・アームズを抜く気はまだない。こいつは異世界転生者と対話不可能に陥ってしまった段階での、最悪の自衛手段にすぎないわけだし。
「――指揮室、聞こえますか。こちら藤見。三純班が奇妙な物音を察知。例の
『――……こちら本部指揮室。音声は問題ないけど、藤見クン達の位置座標が
ノイズが急激に迫りきて、指揮室オペレータと交信終了してしまった。
と同時に、銃器型アイ・アームズ固有の、電子的な発射音が轟いた。ミィオが発砲したんだ。
「ちょっ――あの子、いきなりなにブッ放しちまってんの――!?」
言うよりも先に、三純がミィオの援護に走っていた。状況が読めない。出遅れたおれはアイ・ドローンをミィオの頭上まで移動させる。アイ・アームズからのインガライト放射の影響でカメラのノイズが酷い。ビルの壁面目がけてミィオ達が銃口を向けているのだけが確認できる。
『藤見。発見したがターゲットじゃない。物音の原因は……どんなやつだったミィオ?』
『なんかクモのロボットみたいなやつっす。壁を這い回っていたんでミィオ迎撃開始。ところがテクニカルな挙動で回避しやがったっす。アレ、逃がしておくとヤバそうな
『とにかくだ、今回遭遇したのは異世界転生者ではなく、異世界由来の生物か機械である可能性が高い。その類のものを旧市街区に野放ししておくのは危険だと判断できる。僕達は逃げたクモ型を追跡する。藤見はこの場に待機して指揮室および灰澤先輩と連絡を取れ』
三純達は状況報告を即座に切り上げて、こっちが制止する間もなく追跡行動に移る有り様で。
「お前ら――! ったく、あんだけこっちにあれこれ言っといて、自分は正体不明のやつ相手に独断専行とかいったいナニ考えてんだよ」
どう愚痴ろうとインプラントなしの連中だから、ターゲット確保まで応答する余裕もなさそうだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます