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 旧市街区があるのは、マルクトル十一番目の――ゼロ番島だ。マルクトル・プロジェクトにおいて、相転移炉による自給自足社会を築き上げようとした最初の実験都市――そのなれの果て。

 零番島までは、保護局のある七番島と連結された連絡道を移動車両コミューターで走って、ものの一〇分足らずで到着する。通行には保安局管轄の検問所をパスする必要があるけど、その先は一本道で、零番島には予定時刻よりも早い上陸となった。

 カザネさんが運転する移動車両から降りると、屋根部ルーフに搭載されている中継ドローンが離陸しておれ達に先行する。電波が不安定になる零番島において、あいつが唯一の通信拠点となる。

 カザネさん達に倣い、おれと三純も各々にアイ・アームズを装備して手荷物をまとめる。局が補給地点としてのコンテナを設置してはいるけど、廃都市の手ぶら行動ほど不用心はない。


「――あのさ三純。胸ぐら掴んじまって悪かった。謝るよ、ブリーフィングんときの」


 切り出すタイミングを見計らうのも馬鹿馬鹿しいと諦めが付いたら、自然とそう口にできていた。こちらには目もくれずに装備品をチェックしていた三純慧の反応は、身がまえていたよりもずっと早く、そして想像していたものとは異なった。


「そうだな。僕も藤見には言い過ぎたと思っている。灰澤先輩達もすみませんでした。いや、むしろあなたがたに暴論を向けたのは僕のミスでした」


 呆気なくそんな反省の弁が返ってきたのだ。いつもの抑揚のないトーンで、さすがに気持ちがこもっているとは言いがたかったものの、今さら蒸し返す気にはならない。


「そのことはもういいわ、三純くん。フラウが交渉現場で暴走しちゃったのは指摘してくれたとおりだし、そもそも私がターゲットひとり保護し損ねたのが発端だものね」


 運転席側から下りてきたカザネさんとフラウに三純が頭を下げてみせてから、今度は真っ向からおれを見据えてくる。ギラついた眼鏡のせいで、思わず怯んでしまうおれ。


「藤見、僕はあのときテストだと言ったな。正確には、ここまでがテストの範ちゅうだ。藤見がこうやって僕に謝罪してくるまで織りこみ済みだった。ただの直情バカにはそもそも異世界交渉士の資格など取れないことくらい、当然踏まえての発言だった」


 三純は捉えどころのない台詞を置き去りに、先行して手を振るミィオの元へと向かった。

 今回の捜索任務は、昨日おれ達が保護し損ねた異世界転生者一名の確保だ。旧市街区の探索は、いつもの定番ルートで実施された。

 コミューターの降車地点になる零番島側ゲートから、まず旧市街区を二分する目抜き通りへと向かう。もしコミューターで進入できるなら六台は横に並べそうな幅員のある、石畳が敷かれた歩行者道だ。この目抜き通り、起終点距離およそ四キロに渡る道のりを商業区まで徒歩で南進し、そこから商業区内の路地へと侵入する。

 一旦カザネさんが保護局の指揮室に連絡し、指揮室長ボスの了解を得て次の捜索方針を決めた。


「ここから二手に分かれましょう。三純くんとミィオちゃんは例の公園を中継地点にして、失踪者の捜索を進めてください。私とフラウは、きのう失踪者を見失った地点まで戻って、相手の痕跡を辿ってみるわ。タクトくんはどうする?」


「ええと、そうだな、おれはどうしよっか――」


「お気づかい感謝します、灰澤先輩。今回のターゲットは女性で、好戦的ではないと報告書にありました。なら藤見は僕のチームに同行してもらってはいかがでしょう? 僕もミィオも銃タイプのアイ・アームズなので、刀剣タイプの藤見とのパーティをちょっと試してみたくて。それに、たまには異なる人間関係で連携する訓練も積んでおいたほうが得るものもある」


 そんな言い草に、三純が先輩風でも吹かせているのかと最初は勘ぐったが、考えてみればこいつは実利最優先なやつだった。


「ちょい待て。転生者と交渉抜きにバトル前提なの、おかしくね?」


「僕は可能性の話をしている。藤見のアイ・ドローンが有効なら、無用な戦闘を回避して任務達成だ。期待しているぞ」


 あからさまに眼鏡をクイッと演出してくれる三純に、今のは冗談だったのか判断に困るおれ。


「んー、そうねぇ。こっちはフラウが通訳してくれるから、ならタクトくんは三純くんに同行してくれた方がいいかもぉ。三純くんミィオちゃん、彼をお願いね?」


「……ラジャーっす。マスターとフジミタクトの絶対防衛、ミィオが完全遂行するっす」


 ぼんやり顔で三純の傍らにいたミィオ、真顔でアサルトライフル型アイ・アームズを構えてみせ、「だからマスターはやめろ」と三純を苛立たせた。

 洋上プラットフォーム上にあるマルクトルの特徴は、多層構造の建築群だ。あらゆるものをモジュール化して、限られた面積に無理やりヒトとモノを詰めこむ苦肉の策。けれどもここ零番島はメガフロートと呼べるシロモノで、他の人工島プラットフォームに比べ景観が本土の都市に近い。

 旧市街区のビルは、今や出入口が開放されたままになっているものも少なくない。立体交差する遊歩道や陸橋のせいで、構造も複雑怪奇。失踪者が身を隠すにはもってこいのエリアだ。


「……フジミタクト。ミィオ聞きましたっす。またSEDOの幼女姫から公開お説教、くらったらしいっすね?」


 出しぬけにそんな言葉をかけきたのは、しんがりを務めていたミィオだ。

 あの三純にしてこの性格のエスコート。表裏はないけどクールでいつもナニ考えてんのか謎すぎる、超不思議系・異世界転生者の女子。褐色の肌を大胆に露出させたボディースーツ姿のミィオは、三純がキレて渋々羽織ることにしたらしいマントのフードを下ろし、どこか子どもっぽいおすまし顔を向けてくる。ぽわんと惚けた目つきをしているのに、〝マスター〟三純慧を凌駕する凄腕のスナイパーだったりする。


「あのさ、どっからそんな与太話もってきたんだよ……」


 ミィオが幼女姫などと形容したのは、間違いなく沙夜のことだ。知らないミィオに悪気はないのだろうけど、話題が話題なだけに、こっちもちょっとムッとした反応になってしまう。


「んんー? ヨタバナシ、とはどんな意味の言葉っすか?」


「ああ、〝与太話〟というのはだな、ええと――そう、でたらめな話、とかそんな意味だ」


 情けないが即答できず、おれの網膜スクリーン上に並んだネット検索結果を、大ざっぱに説明してやる。ただ零番島は通信環境が悪いから、それ以上調べる気にならなかった。


「にゃるほ。フジミタクトのいろんな文字が見える機能、やっぱり便利そうっす」


「網膜下端末のことか? マルクトル生まれの連中は大抵インプラントしてるけど」


「いろんな文字が見える機能、ミィオも装備してたんすよ。でも現世界に来てから接続遮断ログアウト、悲しみいっぱいっす。ミィオのマスターも機能ナシのせいで、作戦行動中は愚痴ばっかっす」


 機能がない、ってなんかイヤな言い方だな。そういえば三純がインプラントしてないのは、島外からの移住世帯だからか。


「はは……地図とかすぐ見えるから、こういう仕事中に便利だもんな」


 おれやカザネさんみたいな施設生まれは、インプラントのおかげで様々な恩恵が受けられる。通信、位置の測位、データ記録。アイ・ドローンの操縦もこいつあってのものだし。


「それにしても、フジミタクト念願のエスコートGETなチャンスだったのに残念っすね。どうして幼女姫はフジミにあんな鬼きびしいっすか? 他の生殖相手に嫉妬っすか? 自分以外のパートナーは浮気だから縄張り争いとか。ミィオ達の種族にはない概念っすよ」


 いきなり種の保存にまで触れられてしまうと身も蓋もないが、それはミィオにとってどんな感覚なのだろう。

 ミィオの境遇は、実のところよく知らない。転生者の境遇に深入りするべからずというのが、交渉士にとって暗黙のルールだから。女性しかいない種族の出身だって聞いた覚えがある。

 無駄口抜きで路地裏を先行する三純。何故かおれに興味津々の不思議クール女子。


「まあ、沙夜は沙夜でああいう態度とっちまってるけど、別に悪い子じゃねえんだよ。単に、おれが男のエスコートを見つければ穏便解決ってだけの話でさ。あいつにもさ、家の問題とか色々あるからな。もう少し大人になりゃ、ちっとは変わると思う」


 沙夜のことに興味があるのかないのか曖昧な態度で「にゃるほ」と口ずさんだミィオは、小走りでおれと肩を並べて進む。

 先行する三純が立ち止まり、こちらに合図を送ってきた。ひとつ目の目的地だ。


「……そいではうちのマスターもオトナってやつに進化すれば、ちびっとは変わるっすかね?」


 そんな無邪気な物言いにどんな思いがあるのか、ミィオは真顔のまま軽やかにステップを踏むと、背中のライフルをカシャカシャと鳴らせながらパートナーの元へと駆け出していった。

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