i2 血ぎるアリスと異世界交渉士

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「――あー、ということで、ここにいる諸君らも知ってのとおりだと思うが、今月に入ってからの世界境の異変についてなんだけどね」


 転生者保護局の一階大会議室でのこと。一課の朝礼前に緊急召集されたかと思えば、局のトップ――田端たばた局長がいきなりそう切り出したのだ。


「これまでは〝世界境ひとつで転生者一人の法則〟説が有力だったわけだが、ここ最近じゃ覆っちまって跡形もねえ。きのう出た世界境なんざ、一度に六人まとめて転生してきたしなあ」


 田端局長は、無精髭にくたびれスーツで痩せぎすの中年男性――なんて書けばそれっぽく聞こえるけど、要するにただの眠たそうでだらしないオッサンである。とはいえ人口減少問題を抱えた現世界では大人そのものが稀少種。なるべく長生きしてもらって、知識や経験を次代の担い手達へと継承してもらわねば。


「…………あの、局長、よろしいでしょうか?」


 さっそく局長の話が脱線気味になったのを察知してか、カザネさんが挙手する。


「あー、はいはい、なんだね灰澤クン」


「訂正しますね。昨日の世界境から転生してきた人数ですが、正しくは六名ではなく四名です。あと、見失った残り一名については局長にもご報告したとおりで、本日から捜索再開します」


「あ、そうなの。んじゃ訂正。とにかくね、あんまり大勢の転生者に異世界から来られちまうと、保護局としても困るんだよ。ほら、ウチってさ……慢性的な人手不足なわけだもん」


 などと呑気にぼやいてくれたものの、遠回しに非難されたみたいで厭な汗が出た。

 特に整列もせず、会議室内にばらけた当局所属交渉士らの面々。本日のシフトはおれ以外に三名――先輩格のカザネさんと晴真はるまさん、そして同期の三純みすみだ。

 そんな彼らに肩を並べる異世界転生者――多種多様なエスコート達。その多くは、統計的に世界境と繋がりやすいことがわかってきたニルヴァータ出身者だ。

 エスコートはフラウリッカみたいな物理攻撃タイプが大半で、多くが剣と魔法の異世界ニルヴァータ出身の転生者だ。ニルヴァータ以外の異世界出身者は少数派。ただエスコートは交渉士を確実に護衛できる戦闘スキル必須ゆえに、集めた顔ぶれに偏りが出てしまうのは仕方ない。


「とにかくね、みんなで早いとこその失踪者一名ってのを確保しときましょうよ。あんまが長引いちまうと、この前みたいに死体で見つかるとかもあるから寝覚め悪いしね」


 思い出したくもない話題。逃走劇の果てに自力で海を渡ろうとした転生者の末路だった。

 マルクトルに現れた転生者がとれる行動は限られる。海以外に逃げ場のない洋上プラットフォームだからだ。自然環境すらないここでは自給自足生活も困難。残された道は、現世界人との共存、あるいは略奪。一般入植者に被害が出るような事態だけは避けなければならない。


「そこで失踪者の捜索チームなんだがな。まず商業区の聞き込みチーム、こっちは晴真と本日の非番組で適宜ローテーションな。んで、発端の旧市街区に向かってもらうのは三チームね。こっちは灰澤クンと三純、お前らで行ってこい」


 局長直々のご指名に「はぁ~い」と軽口で応じる爽やか系イケメン晴真さんと、「わかりました」とあくまでよそ行き口調のカザネさん。

 一方、指名を受けた三人目の交渉士――おれと同じ最年少組である三純けいが、いつもの仏頂面のまま眼鏡をわざとらしく押し上げて、さらにこんなことまで言い放つ。


「――疑問点しかないのですが局長。まず三チームではなく二チームの誤りでは? 次に、灰澤先輩はの教育係でご多忙のはず。最後に――この僕のエスコートはロングレンジ型なので、戦闘エリアの広大な旧市街区戦に適任です。が、かたや灰澤先輩のエスコートはパワーだけが取り柄のショートレンジ型、そして頭に血が上りやすく交渉スキルに欠ける実績を昨日の交渉現場でも証明済み。どう考えても本作戦向きではないかと」


 それは、三純がおれだけでなくカザネさんとフラウまで挑発したとしか思えない台詞だった。

 この三純慧はおれの同期だが、こっちがモタついている間に早々エスコートと契約し、若手交渉士としての実績を作戦毎に更新し続けている。

 ただ、こいつはこの性格だ。合理性にしか関心がなく、他人の心がまるで見えていない。


「三純くん、そういう言い方はやめてあげてね? 私達交渉士は、言葉を一番大事にしなくちゃいけない。なのに今の言い方だと、フラウにもできることができなくなってしまうって想像してあげてほしいの。あなたの発言した〝交渉スキル〟って、そういうものなの?」


「であればその前提条件として、まず灰澤先輩がターゲットを取り逃がしたミスの説明からが筋では。ミス発生経緯を踏まえた今後の防止策について、一体どうお考えで?」


 フラウを庇うカザネさんに、三純が追い打ちをかけるような言い草で切り返す。

 年長者としての態度なのか、穏やかな表情のまま特に反論もしないカザネさん。一方でフラウは何も言い返せないどころか、カザネさんの背中でおどおどと縮こまったまま。


「んだよそれ――――」


 そんな二人を見過ごせなくなって三純に迫り、制服の襟を引っ掴んでいた。

 だが、胸ぐらを掴まれた三純の表情にはなんの迷いもなく、ただおれを見下す冷たい視線だけが眼鏡越しに返ってきた。


「フン――藤見、〝最悪のカード〟とかいうお前の異名……単なるトラブルメーカーの意味でしかないのなら、一課にとってお前は何の利益をもたらしてくれるんだ?」


 カザネさんと晴真さんが、血の上ったおれを制止しようと肩に触れてきて。


「タクトくんもやめて。喧嘩するようなことじゃないわ」


 沸き立った血が急速に冷めていくのを感じた。こいつと揉めるのは初めてじゃない。後は引き際だけだってわかっていたのに、なおも襟を掴む手に力がこもる。

 三純のエスコート――ミィオという転生者の女子が割って入ってきて、おれの手を払いのけた。いつもはクールな彼女が何故なのか愉快げで、「うわ、あっちいっすね……燃えるように熱き友情、とってもごちそうさまっす」と謎の微笑みまで送られてしまう。

 解放された襟元を直しながら、取り乱すことなく三純はこう続ける。


「……局長の考えなどお見通しなんですよ。三チーム? どうせこの藤見タクトも最初から頭数に入れているんでしょう? だから、僕がちょっとテストしてみたらだ」


「なっ…………テストって――――!?」


「直情的な人間が、異世界転生者みたいにセンシティブな人権問題に関わるべきではないというのが僕の意見なんですけど。これ、この職場のスタンスには反映されませんかね?」


 何も言い返せなくなった。やり込めた感情すべてが空っぽにされてしまった。勝手に試されて、そんなことにも気付けないまま、おれは勝手に不合格を突き付けられたってことなのか。


「まあまあ、そうボヤくなよ三純よぉ。〝最悪のカード〟なんて言っても、藤見は転生者ばりの特殊スキル持ちだからな。異世界交渉の現場に連れてきゃ絶対役に立つんだって」


 最悪のカード。保護局内でおれに付けられた異名みたいなやつだ。このポジション自体が最悪だっていう、巡りめぐった最悪さ。

 でも局長がおかしなフォローを入れてくれたおかげで、張り詰めていた空気がちょい和らいだ気がした。

 こんな空気になったタイミングを見計らってか、それまで大人しくしてた晴真さんが軽口を言いだして。


「あっはっは~! ほんと最悪っすよね。藤見クンが交渉現場に出ると一〇〇パーの確率で世界境出現! でもってその世界境がとんでもない異世界転生者まで呼び寄せちゃったり、じゃなくてもボクらにとって貧乏くじな最悪展開にもつれ込んだりしちゃうっていう!」


 場を和ませようって晴真さんの狙いはわかるんだけど、爽やか笑顔がおれのメンタルに刺さるだけ。二人もいるこのひとのエスコート――ドワーフ男性とエルフ女性も、リーダーの所行に関知しない顔だ。


「あー、まあ藤見にも思うことがあんだよ。晴真も三純もそんくらいにしといてやれって」


 話が脱線しすぎてるのを察した田端局長が、そんな風に話を断ち切ってくれた。


「世界境ってやつぁさ、烏丸の博士サンに言わせりゃ、遅かれ早かれ開いちまうもんなんだ。その世界境を、俺らが目を光らせてるタイミングで開けちまえる――っていう最高のメリットがあんでしょ。そいつが藤見に同行してもらう理由だ」


 局長のフォローはありがたかったけれど、根本原因が解決したわけでもなく。


「……まあ、藤見が開発したアイ・ドローンに関しては、二課主導で可及的速やかに量産化および実戦配備をお願いしたいところですが。アイ・ドローンとアイ・アームズはセット運用してこそ相乗効果を生むシロモノだって報告書、局長もちゃんと呼んでくれてますよね? まったく、うちは民間くずれにすぎないから後方支援が手薄すぎる」


 三純らしい、システムに対しては妙に実直な意見。賞賛を受けた気分にはなれないけど。


「そうそう、お金のないウチに代わって、藤見センセのスキルに頼るっきゃないわけよ」


「要するに局長が言わんとしているのは、藤見と共同戦線を張れということですよね。それはそれとして、エスコートのいない藤見は一体誰が守るというので?」


「んなの、いつも通りでぜんぜん問題ねえじゃん? お前と灰澤クンとで守るんだよ」


「それ、局長命令ですか?」


「おう局長命令だ。黙って俺の言うことに従っとけって」


 田端局長が無精髭の目立つ顎をくいと上げて、強引に三純を言いくるめてしまう。


「ミィオなら誰相手だろうがぶっ放すだけ、支障ゼロっすよ――マスターのご意志とあらば」


「だから僕をマスターと呼ぶなと何度言ったら。……ったく、局長命令とあらば従うしかないじゃないか」


 三純はパートナーのミィオにそう釘を刺しつつ、呆気なく引き下がると退室していった。

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