Door.
将臣ひかる
Door.
『ドア』というのは出入り口のことだ。出口、もしくは入口。入口でしかないドアや出口でしかないドアというものは存在しない。Aという部屋とBという部屋をつなぐドアは、Aという部屋の出口でありBという部屋の入口である。それか、その逆でしかありえない。とにかくそういう風に定義されている。
いま僕がいる真っ白な空間はドア工場だ。僕はここに住みこんで働いている。床は白いタイルで天井も真っ白、壁は見えないほどに遠い。
気づいたときにはここにいて吊り上げ式コンベアにぶら下がって流れるドアのチェックをしている。コンベアには、大小様々なドアが絶えず流れてくる。十メートル間隔に立たされた『ドア』のチェック係の仕事は流れてくるドアが正常に開閉できるか確かめることだ。色も全てが微妙に違い、一つとして同じドアはない。それは僕にとって嬉しいことだった。毎日毎日おなじドアを見続けて正気でいられる自信はない。
というのも、僕はこの工場からきっと一生出ることができないのだ。この工場はとてつもなく大きい。工場内の移動は徒歩では時間がかかりすぎてしまうので、作業員を運ぶ乗り合いトラックが定時的にやってくる。そのトラックに乗ったとしても、目的地があまりに遠いことがある。そういうときは、睡眠薬を飲む。睡眠薬一錠につき一時間気を失うことができる。これを使って目的地までの時間を潰すのだ。僕は数日に一回、コンベアの制御機械を見に行く。そのときは睡眠薬をまとめて十錠ほど飲む。最初はどれくらいの量を飲むとどこまで行けるのか、感覚を掴めず苦労した。今は距離からだいたい何錠飲めばよいのか把握できる。
僕らはどこからドアがやってきてどこへ行くのか知らない。この工場の外からやってきて、また外へ出ていくのか、それともどこへも行かないのか。
気になった僕は一度工場のはじへ行こうとした。大量の睡眠薬を抱えてトラックに乗りこみ、三十錠を飲み下すとすぐに気絶した。それから起きては同じ量の錠剤を飲み、それを繰り返した。結論からいえば、はじに着くことはなかった。気の遠くなるような時間をかけたはずだ。
きっと同じようなことを考えてはじに辿り着こうとした者もいたはずだがそういう噂を聞くことはなかった。だけど、この工場から姿を消すチェック係がいることは有名な話だった。はじに辿りついて工場の玄関『ドア』から出て行ったわけではない。出られる『ドア』は玄関以外にもある。なんといってもここは『ドア』工場だ。出口があるなら入口もある。そういう風に定義されている。
Door. 将臣ひかる @bssxuc
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