7-7 転移門、発見できず
「まさか、行き止まりがこんなことになっていたとはな」
ブレイブとイサミさんを引き上げた俺達は、来た道を引き返す前に休息をとることにした。通路は100メートル以上にもわたって床が抜けており、残された足場を壁伝いに歩くには十分な体力が必要だからだ。
「これは……卵?」
ブレイブの報告通り、行き止まりは少し開けた空間になっていた。そして、その中心には人間の身長をはるかに超える、半透明の球体がいくつも転がっていたのだ。
「ケイブワームは芋虫ですよね。幼虫が卵を産んだということですか?」
後で知ったことだが、ケイブワームは芋虫ではなくミミズの仲間なのだそうだ。ミミズの成体は、たくさんの卵が収納された卵胞と呼ばれる球体を産み落とすらしい。
「ケイブワームは、卵を守るためにわたくしたちを襲ってきたのでしょうか。なんだか不憫なことをしてしまいました……」
「ふむ。勘違いで襲われた僕達にとってはいい迷惑だね。それに、この卵も放っておけば、いずれ凶暴なモンスターになってしまうんだよ」
悲しむフィリスの隣で、ブレイブが卵に向かって剣を構えた。卵は巨大ではあるものの軟らかく、剣で一突きすればあっという間につぶすことができるだろう。だが、そんな彼の様子を見て、なんとフィリスが間に入った。
「殺すのですか? ブレイブ、無益な殺生はいけません」
「どうしてだい? 卵とはいえ、相手はモンスターだよ。冒険者の命を脅かす存在だ」
「そ、それは、そのとおりなのですが……」
ブレイブの淀みない反論に、フィリスがやや押される。いくら彼女でも、冒険者としては彼の言い分が正しいことは理解しているのだろう。俺達がダンジョンに潜りモンスターを討伐するとき、道徳でものを考えることはまずない。
「フィリスさん。すみませんが、私も彼の意見に賛成です。私は、いずれ第5層を探索する冒険者の命を救いたいです」
「イサミさん……」
迷うフィリスの決断を後押しするように、イサミさんがブレイブの案に加勢した。しかし、そうは言いつつ、その口調は優しく、フィリスを孤立させないように最大限配慮されていることが分かった。
「……ヒイロ、あなたはどう思いますか?」
「俺か。基本的にはブレイブに賛成だ。でも、辛い思いをしてまで、俺たちが手を下す必要もないんじゃないか?」
フィリスが確認するように俺に尋ねる。それに答える俺の意見がどっちつかずに聞こえたのか、ブレイブが首を傾げた。確かに説明不足だったかもしれないと思い、俺は話し続ける。
「卵を守るケイブワームはもういない。なら、いずれこの卵は他のモンスターに暴かれて捕食されるはずだ」
恐らく、ケイブワームが卵の周囲を徘徊していたということは、外敵から卵を守る必要があったということだ。過酷な環境の洞窟では、大型モンスターの卵は他のモンスターにとって格好の餌食になる。
「ふむ。その方法だと、ある意味運に任せることになる。君のことだから、他に理由があるんだろうね」
聞きようによっては嫌味にも聞こえるブレイブの追及だが、慣れてしまえばただの問答だ。恐らく、彼に相手を追い詰める意図は全くなく、単に事実を整理したいだけなのだろう。
「そうだな……。恐らくケイブワームは第五層でも上位の捕食者に分類されるだろう。その対象は、本来冒険者ではなかったはずだ」
「そうか。増えたケイブワームが他のモンスターを減らしてくれる、ということだね」
「他にも、彼らの通った道が新たなルートの開拓につながるかもしれない」
そこまで言うと、ブレイブはじっと考え込んでしまった。恐らく、リスクとリターンを天秤にかけて悩んでいるのだろう。無理もない、こればかりは考えても答えが出るものではない。
「悩むくらいなら先を急ぎましょう。私たちの目的はモンスター討伐ではありませんし、時間も限られています」
イサミさんの思い切りのいい決断をきっかけに、俺達は卵をそのままにして巣を後にした。そうと決まれば切り替えの早いブレイブとは対照的に、フィリスは今回の決定について何度も思い直しているようだった。
「……あの時、助けてくれてありがとうな」
去り際に、俺はなんとなくそう呟いた。まさか本当に感謝の気持があったわけでは無い。しかし、これから彼らを待ち受ける過酷な運命を思うと、フィリスほどではないが少し同情的になってしまうのだった。
*
さて、十分に体力を回復した俺達は、慎重に穴を避けながら向こう岸にわたり、はじめに通った横穴の地点まで戻ってきた。そのまままっすぐ進み、ケイブワームが来た道をたどっていくが、こちらも行き止まりだった。
「どういうことだ? この通路は完全に封鎖されているのか?」
「ふむ。だとすれば、ケイブワームはどこからやってきたんだろうね。確か、この壁の向こうには別の通路があったはずなんだけど」
俺とブレイブはしばらく考えさせられたが、その答えは簡単だった。行き止まりの壁を力任せに叩くと、簡単に崩すことができたのだ。見た目は他の壁と全く同じなのだが、耕された土のように柔らかく、わずかに動物の毛のようなものが混ざっていた。
「どうしてここだけ壁が柔らかくなっているのでしょうか?」
「多分、これは土じゃなくて、ケイブワームの糞だ。巣を出入りするとき、外敵から自分や卵を守るために入口を隠していたんだろう」
隠し通路を通って出た先は、ブレイブの予想通り踏破済みのエリアだった。これで、強敵ケイブワームの撃退に成功し、未踏破だったモンスターエリアを全て踏破することができた。だが、肝心の
「さて、モンスターエリアには
ブレイブの言う通り、地上に帰るためにはあきらめずに探索を続けるしかない。俺達は最初のころのように、歩きながら次の目的地を相談することにした。
「残るエリアは2つ。ガスエリアと浸水エリアだね。今の時刻は……うん、もうすぐ浸水エリアも探索可能になるよ」
前回の相談では、浸水エリアは水の影響で探索すること自体が不可能だったため、目的地の候補から自然と外された。だが、モンスターエリアを探索しているうちに時間がたち、今では幸運にも水が引く直前の状態になっていたのだ。
どちらのエリアに転移門があるかは全くわからない。ブレイブが以前やったように、やはり今回も、探索の難易度やパーティー適正から判断すべきか。俺は悩みながら、頭の中で考えをまとめる。
「俺は浸水エリアを探索すべきだと思う。このエリアは水が引いているときにしか探索できない。つまり、水が引いた瞬間に探索を開始するのが最も時間を有効活用できるんだ。それが今だと思う」
「ふむ、確かに。もし先にガスエリアを探索して、
浸水エリアの水は、潮の満ち引きのように水位を変化させる。探索可能時間を過ぎれば、再び水位が上がるため、撤退を余儀なくされるのだ。運よくエリア内の空気だまりに滞在することができても、探索範囲が一気に狭くなるだろう。
「フィリス、君はどう思う?」
「わたくしは……正直、分かりません。イサミさんはどうでしょう?」
「私ですか? そうですね……。さっきのケイブワームが落ちた先がガスエリアなら、あまりそちらには近づきたくありませんね」
イサミさんの意見は前衛職ならではのものだ。いくら強いとはいえ、洞窟戦闘に慣れていないイサミさんにとっては、やはり先ほどのケイブワームとの戦闘が堪えたのだろう。あるいは、この場に優秀な盾役、索敵役、遠距離攻撃役がそろっていれば、話は変わってきたのかもしれない。
「ブレイブ、お前はどう思う?」
「僕もおおむね2人の意見に賛成だよ、ヒイロ。次の探索場所は、浸水エリアだ」
ブレイブは話し合いをまとめると、迷わず歩き出した。相変わらず判断が早い。俺は後に続こうとするフィリスにこっそり声をかけた。
「フィリス。迷っていたようだが、良かったのか?」
「はい。迷っていたというより、わたくしには判断がつかなかっただけです。こういうときに格好良く意見が言えるといいのですが……」
思えば、俺、ブレイブ、イサミさんは、3人ともパーティーリーダー経験者だ。今回の探索も、形だけはブレイブをリーダーとして扱っているものの、相談や多数決で進路を決定するのがほとんどだ。フィリスにとってはプレッシャーになっているのかもしれない。
「落ち込むなよ。それに、君は強力な回復魔法でみんなを助けてくれているじゃないか。十分活躍しているよ」
「……ありがとうございます。ヒイロの言う通り、まずはわたくしに出来ることを頑張らないと、ですね」
そうして俺達は、次のエリアにすすんだ。
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