7-6 対決! ケイブワーム2
「い、行き止まり……?!」
ブレイブと合流しながら、俺達は立ち止まることなく進み続ける。後方からはケイブワームが触手をうならせながら迫ってきている。一刻も早く逃げなければいけないが、この先が行き止まりだというのなら、もはや俺達に逃げ場はない。
「そんな……わたくしたちはここで、ケイブワームに……」
「あきらめるな、フィリス! 何か手があるはずだ、考えるんだ!」
俺は、肩で息をしているフィリスの背に手を置く。確かに、どうしようもない状況のように思われる。だが、それはここであきらめていい理由にはならない。
「ブレイブ、このまま進んで助かる見込みはあるか?」
「ないよ。行き止まりは少し開けた空間になっていたけど、ケイブワームとすれ違えるほどの広さはなかった。それに、その途中に分かれ道や横穴はなかった。もちろん、転移門もね」
「イサミさん、ケイブワームと戦って勝てる見込みはあるか?」
「ないですね。仮に敵を倒せたとしても、死体が邪魔で出られなくなるでしょうし」
全員が頭を抱える。逃げることも戦うこともできないなら、第3の選択肢を作り出さなくてはいけない。しかも、ケイブワームが俺達に追いつくまでのほんのわずかな間にだ。
「フィリス、何かいい案はないか?」
「ええと……急いで横穴を掘る、というのはどうでしょうか?」
「そこに俺達が身を隠す、というわけか。だが、触手の範囲から逃れるためには、かなりの距離を掘らなければいけないな」
「スキルを使ってどうにかできないでしょうか?」
俺が顔を上げると、ブレイブとイサミさんが首を横に振っているのが見えた。もちろん、俺とフィリスもそんな便利なスキルは持っていない。
「ふむ、発破に近いスキルとしては、僕の氷刃斬や師匠の神速突きがある。どちらも貫通力が高いスキルだけれど、岩や土をくりぬくのには向いていないね」
突きのような技は、威力を一転に集中することで破壊力を増す。板状のものに穴をあけるのは得意だが、質量と体積のある塊に対しては力が分散してうまくコントロールできなくなるのだ。運よく壁の向こうに空間があれば、トンネルを開通させることができるかもしれないが……。
「……待てよ。もしかして」
ここでふと1つのアイデアを思い付いた。このアイデアが実現可能なら、運がよければ俺達は助かるかもしれない。俺は、急いでこれまでの会話や周囲の状況を思い出してみる。
「ブレイブ、このエリアの付近はどうなっていたっけ?」
「ふむ。確か、真下にガスエリアがあったはずだ。ずっと下り道が続いたから、すぐ近くまで来ていると思うよ」
「フィリス、周囲の床の様子はどうなっている?」
「ケイブワームのおかげで凹凸がありません。でも、よく見ると床に小さな亀裂がありますね」
「ちなみにイサミさん、ブレイブと力を合わせた場合、どのくらいの威力の技が出せる?」
「少なくとも、砂漠で私が人口迷宮に穴をあけたとき以上の威力にはなるでしょう」
3人がきょとんとした顔で俺の質問に答える。おそらく、俺がどんな案を思いついたのかわからないのだろう。それもそのはず、これは俺自身でさえ正気を疑うほどの命がけの作戦だからだ。
「……いけません、距離を詰められています。皆さん、速度を落とさないでください」
議論に気を取られていた俺達は、いつの間にか足元を疎かにしていたらしい。先ほどまではうっすら姿が見える程度だった触手が、光に照らされてはっきりと見えるほどまで近づいている。だが、駆け足になったところで、逃げられないという結果は同じだ。ならば、最後の手段に出るしかないだろう。
「みんな、走りながら聞いてくれ。このままでは、俺達は追い詰められてなすすべがなくなってしまう。だから、俺が思いついた作戦に協力してほしいんだ」
俺はその内容を手短に伝える。はじめは興味津々で耳を傾けていた3人だが、その全容が明らかになるにつれ、驚きの表情に変わっていく。
「……というわけだ。難しい手順ではないが、失敗のリスクが大きい作戦だ。もちろん、他にいい案があれば、こんな手段は避けるに越したことはない」
一瞬の沈黙があった。ほんの一呼吸の間だったが、一刻を争う現状においては、3人の迷いを察するに十分な沈黙だった。
「……わたくしはヒイロの案に賛成です。先ほどから考えていたのですが、他に生き残る方法が思いつきません」
最初に俺の案に賛成してくれたのは、やはりフィリスだった。ただし、ただ言いなりになるのではなく、自分の頭でよく考えたうえでの判断だ。以前、同じ勇者パーティーが第5層を訪れたときと比べて、彼女もずいぶん成長している。
「ブレ坊さえよければ、私も賛成です。この作戦の実行役は私とブレ坊になるでしょうから、彼の同意は必須でしょう」
意外なことに、イサミさんの賛成は条件付きだった。それだけこの作戦のリスクを重くとらえているということだ。だが、フィリスと同じように、この方法が残された最後の手段だということもわかっているのだろう。
「ブレイブ、お前はどうなんだ?」
「……ふむ。背に腹は代えられない、か。仕方がない、君の作戦に協力しよう」
ブレイブからも賛成を得られた。これで、全員が強力して作戦に挑むことができる。
「ありがとう、みんな! そうと決まれば、もう逃げる必要はない。それぞれ作戦の準備にかかってくれ」
3人は頷くと、先ほど俺が説明したとおりの配置についた。まず、後方ではブレイブとイサミさんが、迫りくるケイブワームに立ちふさがるように剣を構える。
「スキルの発動から着弾までのラグは、ブレ坊の氷刃斬よりも、私の神速突きの方が短いですね」
「力を合わせて、となると、僕の方が先にスキルを発動することになるわけか」
そして、後方では俺とフィリスがロープ、ハンマー、足場用アンカーで命綱を作っていた。2本のロープの先端は、それぞれブレイブとイサミさんの体に括り付けてある。
「アンカーは、壁の高い位置に打ちこむんだ。それができたら、ロープをアンカーと自分の体に括り付けてくれ」
「間に合うでしょうか……。いえ、できるだけのことはやりましょう!」
準備を始めてからわずか30秒ほどで、ついにケイブワームが俺達に追いつく。口元には、先ほどイサミさんが切り捨てたはずの触手が、元通りに生えそろっていた。こちらを威嚇するように全身を震わせた後、奴の動きが止まる。1度目の触手攻撃の時にも見せた準備動作だ。
「ふむ。おそらくこのタイミングだろうね。……氷刃斬!」
ケイブワームの動作に合わせて、ブレイブがスキルを発動した。彼は1度目の触手攻撃を見ていないにもかかわらず、俺が指示した通りの完璧なタイミングで仕事をこなす。魔力をまとった剣は、鋭く突き出されると同時に冷気の衝撃波を生み出した。だが、その狙いはケイブワームではない。
「神速突き!」
ブレイブに続いて、イサミさんも突きを繰り出す。こちらは魔力を帯びない純粋な刺突だが、スキルの効果によって距離を無視してダメージを発生させることができる。しかし、こちらもケイブワームに届かず、奴の足元へとまっすぐ飛んでいく。
「2人とも、作戦通りに逃げるんだ!」
俺が叫んだ瞬間、ブレイブとイサミさんがケイブワームに背を向ける。背後からは今にも触手が襲い掛かろうとしているところだ。しかし、2人はやつの攻撃どころかスキルの着弾の確認すらせず、一目散にこちらに走ってくる。
直後、2人のスキルがケイブワームの手前の床に着弾し、轟音を立てた。
「うまく……いったか……?!」
もうもうと立ち込める土煙のせいで、目の前が全く見えなくなる。同時に、床が大きく揺れ始めた。そのあとすぐに大きな崩壊音が響き、通路中を突風が駆け抜ける。
「見てください、ヒイロ! 狙い通り、床に穴が開きました!」
フィリスが土煙の中を指さしながら叫んだ。目を凝らすと、ケイブワームの足元に着弾したスキルによって、洞窟の床に大きな穴が開いているのが見える。というよりも、もともと通路にあった無数の亀裂が押し広げられ、繋がり、崩れているのだ。そして、その先に広がっているのは……真下にあるガスエリアだ。
「油断するな、フィリス! まだブレイブとイサミさんの無事が確認できていない!」
床の穴は、スキルによるダメージが発生した後も少しずつ広がり続けていた。構造的にもろくなった床が、ケイブワームの巨体を支えきれずに崩れ落ちていったのだ。やつが触手を張り巡らせてもがくほど亀裂が広がり、やがて滑るようにガスエリアに落下していった。
だが、こちらも無事では済まない。通路の崩落は、近くにいたブレイブとイサミさんを容赦なく巻き込んだ。床の崩落はやすやすと2人を追い抜き、穴に飲み込もうとする。
「ブレ坊! 壁に!」
「わかってるよ!」
短い合図とともに、ブレイブとイサミさんは壁に剣を突き立てた。ほぼ同時に床が完全に抜けるが、床と違って傷が全くない壁は、崩落することなくそのまま形を保っていた。しかし、まっすぐ刺さっているだけの剣では2人の体重を支えられず、ほんのわずかに落下の勢いを和らげることしかできない。
落下する2人をつなぐのは、たった1本の命綱だ。落下の衝撃に負け、アンカーが1つずつ弾け飛ぶ。残り、3つ、……それでもだめなら、俺とフィリスの体重でなんとか支えるしかない……、2つ、1つ……!
「止まった……!」
やがて通路の揺れは収まった。残されたのは、俺とフィリス……そして、それぞれの命綱の先に確かに感じるブレイブとイサミさんの体重だった。フィリスとブレイブの命綱には、たった1つのアンカーしか残されていなかった。さらに、俺とイサミさんの間には1つもアンカーがなく、綱だけで命を取りつないでいる状態だった。
「ぜ、全員助かったのですね……」
俺の隣でフィリスが膝から崩れ落ちた。俺も、命綱を引っ張りながら安堵のため息をつく。命がけの作戦だったが、何とかケイブワームを撃退することに成功したのだ。
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