7-5 対決! ケイブワーム
「物音の正体は、おそらく……ケイブワームだ」
「ど、どうしてそれが分かるのですか?!」
「俺も今やっと分かったよ。本当は、イサミさんと一緒に天井を見ていたときに気づくべきだったんだ」
俺は歩きながらあたりを見回す。先ほどは歩きやすい床ばかりに注目していたが、ヒントは別のところに隠されていたのだ。
「床に凹凸がないのは、たくさんのモンスターが歩き回った証拠だ。だが、天井にまで凹凸がないのはなぜだ?」
「えっと……天井を歩き回るモンスターなんて、ほとんどいないですよね。他にも原因があるということですか?」
「天井に頭を擦りながら移動するモンスターがいる、ということだ。そんな大型モンスターなんて、ケイブワームしか思いつかないだろ」
もちろん、音の主が新種のモンスターである可能性もある。だが、どちらにせよ、それだけ大きなモンスターが簡単に倒せるわけがない。リーダーがブレイブではなく俺だったとしても、逃げの一手を選択肢しただろう。
「ブレイブ、足が速い! フィリスが遅れてる!」
「す、すみません、皆さん……!」
「分かっているよ、ヒイロ。師匠、後ろの様子は?」
「まだ姿は見えませんが、距離は近づいています」
俺達の歩調はほとんど小走りになっている。本当は全速力で駆け抜けたいが、前方が安全とも限らない。それに、安全地点までの距離もわからないから、体力を一気に消耗するわけにはいかない。
「フィリス、荷物を俺に渡すんだ!」
「すみません。本当はきちんと自分で背負うべきなのですが……」
俺は息切れしているフィリスの荷物を肩代わりした。彼女の足取りがすこし軽くなり、パーティー全体の行軍速度が安定する。
「……後方75メートル、敵の姿を確認しました。巨大なイモムシと大量の触手が見えますね」
「間違いない、ケイブワームだ!」
イサミさんの声に、全員が走りながら後ろを振り返った。天井や壁を削りながら進む巨大な頭部、肉をやすやすと引きちぎる触手達。間違いなく、あの時ウィズと一緒に見た、ケイブワームだ。
「……3人とも、大丈夫ですか?」
最後尾のイサミさんが、俺たちを見て心配する。おそらく、俺の顔は恐怖に歪んでいたことだろう。やつに捕食されたケイブバットやウィズの仲間のことを思い出してしまったのだ。そして、ブレイブとフィリスも同じようなものだろう。
「……ああ、大丈夫だ。どうするブレイブ。俺とイサミさんで足止めをしようか?」
「……完全に足止めをするのは難しいだろうね。以前のようにフィリスの装備を犠牲にするわけにもいかないし」
俺には分からないが、ブレイブ達が以前ケイブワームと遭遇した時は、何らかの方法で戦闘を回避したのだろう。だが、そのために装備を犠牲にしなければいけないなら大きな痛手だ。何せ、俺達はこれからダンジョンの奥に進もうとしているのだから。
「だが、他に手段がない! 危険を冒してでも進軍速度を早くして、ケイブワームから距離を取らないと、触手攻撃が……」
そこまで俺が言ったとき、後方から聞こえていた砂擦り音が止まった。ケイブワームが歩みを止めたのだ。まさか、獲物を目前にしてケイブワームが引き返したわけではあるまい。嵐の前の静けさのように感じられて、嫌な予感がする。
「……みなさん、構えてください。触手がこちらを狙っています!」
イサミさんの声に、俺達は走りながら振り返った。立ち止まり剣を構えるイサミさんの向こうから、鋭くこちらに伸びてくる無数の影が見える。間違いない、触手攻撃だ。イサミさんが長剣を軽々と振り回すと、触手が細切れになって飛び散る。だが、あまりに長すぎる長剣は、その切っ先を天井や壁に擦りながら火花を散らしていた。
「きゃあっ!」
「フィリス!」
運悪くこちらまで伸びてきた触手の1本が、フィリスの腕に絡みついた。あまりの力にあらがうことができない彼女は、触手に引きずられていく。
「ヒ、ヒイロ……!」
「待ってろ、今助けに行く!」
俺は触手に飛びつき、フィリスから引きはがそうとする。だが、巻き付く力が強いだけでなく、弾力があるせいで、素手ではどうしようもできない。せめて彼女が連れていかれないように触手を引っ張るが、2人まとめて引きずられる始末だ。
「フィリス、何か触手を切れそうなものは持っていないか?」
「いえ、聖職者は刃物を武器にすることを禁じられていますから。……あ」
その時、偶然フィリスのポケットから鈍く光るナイフが転がり落ちた。これは確か……思い出したくもないが、雪山でフィリスから謝罪を受けたときにひと悶着あったナイフだ。
「今回だけは特別……今回だけは特別……」
「愛のナイフがこんなところで役に立つなんて! やはりヒイロはいつでもわたくしを守ってくれるのですね!」
俺はナイフを拾い上げると、刃を触手に当てて何度か押し引きした。よく使いこまれていたナイフだったので……少し手間取ったものの、触手は切断され、フィリスは自由の身になった。
「イサミさん、そっちは大丈夫か?!」
「何ともありませんよ。完全に防ぎきれず申し訳ありません」
「とんでもない! これだけの数の触手を切り捨てたんだ。ケイブワームはもう触手攻撃ができないんじゃないか?」
「さあ、どうでしょうね……」
俺達が警戒していると、ケイブワームが身じろきをした。すると、傷ついた触手の中から新たな触手が生えそろう。さらに、やつは目の前に散乱した触手の切れ端をかき集め、口元に運び始めた。
「まずい、触手が復活したぞ!」
「それだけではありません。失った触手を食べ、新たな触手の材料にしているのでしょう」
「つまり、わたくしたちがいくら触手を倒しても、再生し続けるということですか?!」
ケイブワームの自食を眺めながら、俺達は再び走り出す。幸い、触手を伸ばす瞬間と触手を再生している間はこちらを追いかけた来ないようだ。だが、移動速度はケイブワームの方が早く、再び追いつかれるのは時間の問題だろう。
「……後方100メートル以上、動き出しました。追いつかれれば、2度目の触手攻撃が来るでしょう」
再び、後方を警戒するイサミさんから俺達に報告が来る。次の触手攻撃が来ても、また逃れることができるだろうか。さっきの攻撃で、イサミさんの剣技ではすべてを防ぎきることができないことが分かった。もし複数の触手につかまったら、逃れられないかもしれない。
「どうする、ブレ……。あれ、ブレイブはどこだ?」
無意識にブレイブの指示を仰ごうとする俺。しかし、あいつの姿が見当たらないことに気づく。さっきまで逃走方法を話し合っていたはずなのに、どこにもいないのだ。
「くそっ、こんな時にブレイブはどこへ行ったんだ!」
「落ち着いてください、ヒイロさん。彼はおそらく、別の仕事をしているはずです」
「別の仕事?」
腹を立てる俺とは対照的に、イサミさんは冷静だ。おそらく、ブレイブこの事態を打開するために単独行動をしているということだろう。しばらく道なりに走っていると、洞窟の奥に小型のモンスターの姿を見つけた。だが、すでに剣術や魔法でダメージを受け戦闘不能になっている。
「……なるほど、俺達がケイブワームの相手をしている間に、ブレイブは進行方向の安全確保をしている、というわけか」
俺達は歩調を早めた。これまでは前方を警戒する必要があったため、速度を落としながら進んでいた。しかし、ブレイブが単独で先行しているおかげでその必要がなくなったのだ。
「無理するな、フィリス。一定の速度で走り続けるんだ」
「はあ、はあ……。これでなんとか逃げ切れるといいのですが……」
「う~ん、着かず離れずといった感じですね」
気の休まらない状態が続く。かといって、無理して速度をあげる必要はない。なぜなら、ケイブワームとの接触を避けるという目的は十分に果たせているし、急いだところでブレイブに追いついてしまえばまた速度を落としながらの行軍に戻るだけだからだ。
「せめて、分かれ道や細い横道があれば、状況を打開できるんだが……」
俺は道の先に目を凝らすが、長い一本道が続いているだけだ。もしそう言ったものがあるなら、先を歩いているブレイブが見つけているはずだ。次に壁面を観察するが、横穴どころかわずかな傷さえ見当たらない。
「傷……?」
ふと俺は、洞窟の床にたくさんのひび割れがあることに気づいた。はじめは壁ばかり観察していたが、よく見たら床だけに小さな亀裂がいくつか走っている。
「フィリス、イサミさん。俺達がこの通路に出たとき、こんなにたくさんのひび割れはあったか?」
「はあ、はあ……。わ、わかりません……。あったような、なかったような……」
「さあ、どうでしょう。私もはっきりとは覚えていません」
俺と同じように、2人ともはっきりとは覚えていないようだ。だがすくなくとも、俺達は人が通れるほど大きな亀裂を通ってこの通路に来たのだ。もしかしたら、この通路はもろく崩れやすいのかもしれない。
そこで、ブレイブが前方から現れた。奇妙なことに、俺達より先行して奥を目指していたはずの彼が、こちらに向かって走ってくるのだ。開口一番、彼はとんでもない事実を口にした。
「この先は行き止まりだ。どうやら僕達は、追い詰められてしまったらしい」
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