7-4 恐怖の再会、ケイブワーム
「す、すごいぞ、2人とも! 息ぴったりじゃないか!」
俺は素直に賞賛を送った。相変わらずイサミさんのパワーは別格だ。また、それをアシストするブレイブの実力も負けてはいない。というか、これまでの冒険で、ブレイブがこれほど仲間と息を合わせて戦っているところなど、初めて見たくらいだ。
「ブレ坊、怪我はありませんか?」
「師匠こそ。腕が鈍ったんじゃない?」
あれだけの戦いの後だというのに、2人は余裕の態度だ。ブレイブは息一つ乱すことなく服についた土埃を払っている。イサミさんに至っては、砂漠の事故が原因で双剣を片手剣に持ち替えているというのに、全く弱さを感じさせない。
勇者ブレイブと、旧勇者イサミ。
ケイブバット程度では、彼らの準備運動にもならないということだ。
「俺が2人を治療するから、フィリスは明かりで手元を照らしてくれ」
「またヒイロがひとりで回復魔法を使うのですか?」
「……情けないけど、俺には光魔法が使えないからな。体力回復・中!」
2人の傷はどれも浅く、治療はすぐに終わった。イサミさんに至っては、順番待ちの間に絶命寸前のケイブバット達にとどめを刺して歩いていたくらいだ。黙々と仕事をする姿を見ていると、ブレイブが語った全盛期の彼の強さにも信憑性が増す。
「雑魚は蹴散らしたし、先へ進もうか」
さて、ブレイブの号令で、俺達は大広間を後にした。先は二手に分かれているが、迷わず細い道の方に入っていく。かつて俺とウィズがケイブバット牙を逃れるために身を潜めた道だ。今回は、奴らの屍を背に堂々と先を目指す。
「確かに、狭いが先に通じているみたいだね。フィリス、僕が先頭を歩くから、肩越しに先を照らすんだ」
「分かりました。ヒイロ、先に入りますね」
「ああ。イサミさんは、引き続き後方の警戒を頼む」
「承知しました」
俺たちは一列になって、しばらく細い道を進む。途中には道ともいえないほど狭い隙間もあったが、なんとか全員が通り抜けることができた。最後の穴をくぐると、急に広い空間に出る。どうやら、俺たちが通ってきた道は、大広間と太い道をつなぐ横穴だったようだ。
「おしりがつっかえて……出られません!」
「お、押したほうがいいのか……?」
ウィズは胸を詰まらせていたが……いや、考えてはいけない。
なんとか横穴から出た俺たちは、各々体を伸ばしながら辺りを見回す。以前フィリスが言っていた通り、大型のモンスターが入ってこられないなら、この先は比較的安全に探索することができるはずだ。だが、ブレイブが言っていた通り、迂回路を通って奇襲される危険もある。引き続き警戒は必要だ。
「見たところ危険はなさそうだが。とりあえず、どっち向きに進むか決めないとな」
「ふむ。予測が正しければ、転移門の推定位置はここよりも低い位置にあるはずだよ。迷ったら、下り道を選ぶべきだね」
俺達がいる道はわずかに傾斜のある一本道だった。上るべきか、下るべきかのどちらかを選択しなければならないというわけだ。ここはブレイブに賛成して、数少ない情報を判断材料に坂を降りていく。
「かなり長そうな坂道だな。このまま直進すると、厄介なことになりそうだ」
「ふむ。君も気づいたのか、ヒイロ。モンスターエリアの下にはガスエリアがある。そして、ちょうどこのあたりがエリアの境界だからね」
ガスエリア、と聞いて、イサミさんが苦い顔をする。
もしこの道がガスエリアに繋がっているのであれば、引き返すことも考えなければならない。なぜなら、ガスエリアではイサミさんの戦闘技能が十分に活躍できないからだ。だが、今のところ通路にガスが充満している様子はなさそうだ。そして、先のことは進んでみないと分からないだろう。
「ずっと一本道ですね。地面の凹凸が少なくて、わたくしでも歩きやすいです」
「そうだな、フィリス。さっきの割れ目とは大違いだ」
俺とフィリスが他愛もない雑談をする。これまでの洞窟探索で、俺たちが通ってきた道には2種類あった。1つは、さっきくぐってきたような歩きにくくて狭い道。もう1つは、今歩いている道のように歩きやすくて広い道だ。
「壁も平らだ。急に道が細くなることもないし、分かれ道もない。ん? ちょっと待て、これってまずいんじゃないか?」
「えっと、どういうことですか?」
俺は自分の言葉にふと気付かされる。
今は何の危険もないが、もしかしたら警戒を強める必要があるかもしれない。
「これは俺の仮説なんだが、第5層にある道は、異なる2つの方法で作られるんだと思うんだ」
「道が作られる方法?」
フィリスが不思議そうに相槌を打つ。無理もない。ダンジョンを探索するときに、道の出来方なんて気にしながら歩く冒険者はいないだろう。
「ああ。まず、何らかの自然現象で、地層や岩がひび割れる。こうして出来るのが、さっきみたいな狭い道だ」
「確かに。道というより、ほとんど亀裂のようでしたよね」
「やがて、狭い道を通る小型のモンスターが増え、彼らの足により徐々に凹凸が踏みならされて、幅も広くなる。そうやって出来るのが、ここみたいな広い道だ」
「まるで獣道ですね。……あっ、ということは!」
ここでフィリスも気づいたらしい。彼女はさっと杖を構え、不安そうにきょろきょろ見回す。幸い、今の俺達を狙う敵は周りにいないが、彼女の対応はほぼ正解だ。
「そうだ。つまりここは、通路の広さ相当のモンスターが通る獣道なんだ。まあ、俺の仮説が正しければ、だけどな」
もちろん、俺の考えつかない第3の方法で道が形成されることもあるだろう。なにせ、未踏破の第5層にはまだまだわからないことがたくさんあるのだ。だが、これまでの探索で得た知識は積極的に活用すべきだし、警戒するに越したことはない。
「ということだ、ブレイブ、イサミさん。今の俺たちに索敵スキルはないが、十分気をつけてくれ」
「ふむ、そうしよう」
「通路での戦闘ですか……。善処しましょう」
ブレイブはいつもどおりだ。
対して、イサミさんの返事は珍しくはっきりしない。
「通路戦闘だとまずいことでもあるのか、イサミさん?」
「私の武器は、長剣の中でも特に長いです。なので、思い切り振り上げると……ほら」
イサミさんが長剣を持った腕を思い切り上げる。すると、剣の切っ先が通路の天井をかすめた。凹凸のない滑らか岩壁についた小さな切り傷は、下から見上げてもはっきり見える。
「なるほど。長剣使いにとっては、この通路は狭すぎるのか。それにしても、長い剣だなぁ」
通路の高さは3.5メートルほどだ。それに対し、イサミさんの長剣は刃渡りだけで1メートル以上ある。柄も合わせればもっと長い。
「剣といえば、ブレイブは大丈夫なのか? やっぱり、狭い通路では戦いにくいのか?」
「僕は気にならないかな。師匠よりも剣が短いし、身長も少し低い。いざとなれば魔法も使えるからね」
確かに、ブレイブはイサミさんほどは苦戦しなさそうだ。というか、ブレイブの剣は一般的な長さだし、身長も人並だ。こうして比べると、イサミさんの戦闘スタイルがいかに型破りなのかがよく分かる。
「砂漠ではこんな悩みはなかったのですが。帰ったら格闘技でも始めてみますか」
「師匠は人間を卒業する気なのかい?」
こればかりはブレイブに同意である。
「ふふふ。まだまだ若者には負けませんよ。おや」
イサミさんが不敵に笑った直後、何かに気づいたように後ろを振り返った。そのまま立ち止まり、俺達が歩いてきた道をじっと見つめる。確か、最後尾を歩いていた彼には、後ろからの敵を警戒するようお願いしていたはずだ。
「イサミさん、どうした?」
「今、何か聞こえたような気がします。気のせいだといいのですが」
和やかな雰囲気が、イサミさんの言葉をきっかけに一転して緊張で張り詰める。すかさずフィリスが洞窟の暗闇に明かりを向けるが、見える範囲には何もいない。
「ふむ、何も見えないな。でも」
「ああ。みんな、気を抜くなよ」
さっきまでなら、ただの空耳だと気にもしなかっただろう。だが、ここが獣道かもしれないと気づいている俺達は、さらに警戒を強める。目がだめなら耳だ。全員が暗闇の向こうに耳を澄ます。
ずる……ずる……。
まるで、巨大な芋虫が体を引きずっているような音。
「砂が擦れる音だ。かなり大きいぞ!」
「逃走経路を……前方の安全を確保するんだ」
俺の警告を聞くと、すぐにブレイブが歩き始めた。歩幅は小さいが、先ほどよりも速足だ。明らかに、後方から迫る謎の存在から距離を置こうとしている。らしくもなく俺の警告だけで進軍を決定したということは、よほど音の主を警戒しているからだろう。だが、それだけの相手だということは俺も気づいていた。
「ま、待ってください! 物音の正体もわからないのに、あわてて進軍するのは危険ではないのですか?!」
突然のことでフィリスが動揺するが、俺に背中を押され、迷いながらも前方へ移動する。イサミさんは俺達の安全を確保するため、わざと歩調を緩めて最後尾についた。いつでもモンスターと戦闘が可能な陣形だ。
まさか、奴とこんな形で再開するとは思わなかった。
「物音の正体は、おそらくケイブワームだ」
俺の言葉に、パーティーに緊張が走った。
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