7-3 モンスターエリアの探索
「今、傷を治しますね。中回……」
「いや、フィリスはMPを温存するんだ。
激しい戦闘のあと、俺とフィリスは手分けしてブレイブとイサミさんの治療をしていた。前衛の2人は消耗を抑える戦い方を心得ている。特にイサミさんは最前線で戦っているにも関わらず、ダメージがほとんどない。また、ブレイブも的確な魔法攻撃で敵と距離を取りながら戦っている。
「すみません、もう大丈夫です」
「ふむ、あとは自然回復に任せよう」
事故で第5層に来た俺達に、十分な物資はない。本当はこの先の戦闘に備えて万全の状態にしておきたいが、そうできないのは仕方ないことだ。
「ヒイロ、ありがとうございます。そういえば、さっきもわたくしの代わりに回復魔法を使ってくれましたよね」
「そうだったか? ところで、君の残りMPはあとどのくらいだ?」
「多分、8割以上は残っています。まだまだ頑張れますよ」
フィリスの言葉を聞いて安心した。やはり、肝心な場面で必要とされるのは、中級魔法までしか使えない俺よりも、上級魔法まで使える彼女の方だ。いざというときのために、彼女のMPは温存しなければいけない。
「ブレイブ、今俺たちがいるのはどのあたりだったっけ?」
「探索は順調だよ。もうすぐ前回引き換えした地点に到着するところだ」
ブレイブの返事を聞いて、嫌でもその時のことを思い出してしまう。満身創痍の仲間たち、そして非情な決断を受け入れる俺。だが、今の俺達にはまだまだ余力がある。やはり、一度踏破したエリアは、探索の難易度がグンと下がる。
「この先では、ケイブバットが出現する。天井からの奇襲に警戒が必要だね」
ケイブバットは俺にとっては因縁のモンスターだ。ウィズの命を脅かしただけでなく、俺の右目に消えない傷を負わせたやつだからだ。にもかかわらず、その時のケイブバットは一匹だけで、しかも瀕死だった。本当はもっと危険なモンスターなのだ。
「あと、前回の探索で確認した新種モンスター……ケイブワームも、間違いなく付近にいるはずだよ」
こちらも俺とウィズでは到底太刀打ちできなかったモンスターだ。だが、勇者パーティーもケイブワームに遭遇していたというのは初耳だった。俺達とすれ違ったあと、やつはブレイブ達がいる方に向かったということか。
「俺たち4人なら、ケイブバットは倒せると思う。だが、ケイブワームはどうだろうか」
「ふむ、正面からの戦闘は避けたいね。それに、挟み撃ちを警戒するなら、ケイブバットを確実に仕留めながら進むほうが安全だろう」
やはり、強力なモンスター相手には逃げ以外の選択肢はないだろう。前回の探索では、いざとなったら
「ヒイロ、確か君は前回の帰還で、戻る僕達と反対方向に進んだね。この先はどうなっていたんだい?」
「確か……、緩やかなカーブの後、大広間に出て、広い道と細い道に分かれていた。そのうち、俺とウィズが通った広い道は戻る道に合流していた」
「ふむ、事前の予想とほぼ一致しているね。なら、細い道が
俺は頷きながら当時のことを思い出す。ウィズと助け合いながら、なんとか敵から身を隠したのが細い道だ。そして、脅威が去った後、帰還するために通ったのが広い道だ。さらに詳しいことを聞こうと、フィリスが質問する。
「ちなみに、ヒイロが通らなかった細い道というのは、どんな道なのですか?」
「ケイブバットですら入ってこられないような細い道だ。それより大きいケイブワームは言うまでもないな」
「よかった! なら、細い道にたどり着ければ、その先は大型のモンスターはいない、ということですね!」
「そうだな。絶対とは言い切れないが、その可能性は高い」
フィリスに言われて俺は気付いた。確かに、洞窟のような密閉空間では、モンスターたちは通路の広さで移動を制限される。つまり、道が狭いほどモンスターのサイズも小さくなるということだ。
「それはあまりに安易な考えだよ、フィリス。僕達は洞窟の全ての道を把握しているわけじゃないんだ。誰も知らない迂回路があるかもしれない」
「そ、そうですよね……。すみません、ヒイロ、ブレイブ……」
すかさずブレイブが釘を刺す。彼の言う通り、ここまでの道のりで無視してきた分かれ道はいくつもある。そのうちの1つがあらぬ方向にねじれ、いつ目の前に現れてもおかしくないのだ。未探索エリアを埋めた地図は、あくまで予測でしかない。
「そんな言い方をするなよ、ブレイブ。それに、少なくとも細い道の中にいる間は、大型のモンスターとの戦闘を避けられるだろ」
「僕は事実を口にしただけなんだけどね」
「……前見て歩けよ」
「ふむ」
さて、追放地点からしばらく進み、大広間を目前にした俺達は、運良く異変に気づくことができた。
「……臭わないか?」
嗅いだことのある獣臭が俺の鼻を通り抜ける。あの時は血と内臓の匂いだった。だが、今回は鼻が曲がるような糞尿の匂いだ。
「えっ、わたくし、臭いますか……?! 確かに、大討伐出発からお風呂に入っていませんが……」
「ご、こめん! フィリスのことじゃないから!」
俺の言葉を誤解して、自分の体の匂いを嗅ぎ出すフィリス。そんな事を言ったら、他の3人だって同じくらい臭いはずだ。いやいや、そういう話ではなくて。
「大広間の方から漂ってくる。モンスターがいるかもしれない」
俺がそう言うと、3人が風の匂いを嗅ぐ。あのときと同じように、今の俺達は風上に向かって歩いている。進行方向からの匂いを嗅ぎ分けるのは簡単だ。
「本当ですね。以前ヒイロが通ったときも、こんな匂いがしたのですか?」
「いや、しなかった。大広間には、傷ついたケイブバットが一匹いただけだったが……」
そのケイブバットも、ケイブワームに捕食されて今はいないはずだ。だが、先からは明らかにモンスターの気配がする。
「どうしましょう……。明かりは消したほうがいいですか?」
「俺はつけっぱなしがいいと思うが……。どうする、ブレイブ?」
「ふむ、そのまま点けておこう。暗闇ではパーティーの連携が取れなくなる。それに、洞窟のモンスターは暗闇に慣れているから、明かりが目くらましにもなる」
フィリスは不安そうに俺を見る。視界を確保するというブレイブの考えは正しいが、同時にこちらの存在を相手に強烈に知らせることにもなる。その場合、狙われるのは明かりの持ち主であるフィリスだ。
「済まない、フィリス。俺に
「ヒイロのせいではありません。それに、あなたが身代わりになっても何の意味もありませんよ」
「どういうことだ?」
「あなたの死はわたくしの死ですから……うふふ……」
「……んんん???」
フィリスの態度が理解できない俺。側にいたイサミさんに助けを求めたが、静かな微笑みを返されただけだった。こんな状況でさえなければ、ウィズがいてくれればよかったのにと思う。
「僕と師匠が突入する。フィリスはタイミングを合わせて広間全体を照らすように。ヒイロは最後尾からサポートだ」
「承知しました」
「はい」
「分かった」
ブレイブの指示に全員が頷く。一呼吸置いたあと、前衛の二人がピッタリのタイミングで駆け出し、撹乱のために素早く左右に分かれる。
「明かりを大きくします!」
フィリスの掛け声とともに、彼女の杖の先端がひときわ強く輝く。魔力の明かりのおかげで、広間の全体が照らし出された。だが、そこに立ちはだかるはずのモンスターは一体もいない。ただ、臭いのもとである大量の糞が積もっているだけ……。
「上だ!」
俺は確認するよりも早く叫んだ。全員が俺の声につられて天井を見ると……そこには何体もの巨大なコウモリがぶら下がりながら、か弱い獲物を狙っていた。
「おや。あんなところに」
「天井にいたとはね……」
ケイブバットの大群のうち2体が、ブレイブとイサミさんめがけて急降下した。だが、直前に敵の位置を把握できた2人は、慌てることなく武器を構えて迎え撃つ。
「雷鳴斬!」
「ふんっ」
2人がほぼ同時に振るった剣は、2体のケイブバットを一瞬で真っ二つにする。俺やウィズがあれだけ苦しめられたモンスターを一撃で、だ。
「強い……」
俺は無意識のうちに本音をこぼしてしまう。これほどの強さがあったなら、俺もウィズも死にかけることなんてなかっただろう。能力の格差というものを、嫌でも思い知らされてしまう。
「……ヒイロ! ブレイブとイサミさんが苦戦しています。どうすれば……!」
「……はっ!」
俺はフィリスの声で我に返った。気づくと、前衛の二人は複数のケイブバットに翻弄されて身動きが取れなくなっていた。相手は警戒しているようで、深くは切り込んでこない。だが、数の力で攻められれば、いずれ攻撃をかわしきれなくなってしまうだろう。
「フ、フィリス、明かりを強くして、目くらましにするんだ!」
「わかりました! 光よ、わたくしに応えなさい……!」
フィリスが俺の言う通り、杖を高く掲げて魔力を集中させる。たちまち、光はさらに輝きを増し、普段明るい地上で暮らしている俺たちですら眩しく感じるほどになる。
「今だ! 2人とも、一旦通路に戻って……」
目を薄く開くと、大広間のケイブバット達が苦しんでいるのが見える。暗闇に適応した彼らの目は、強い光に耐性がないのだ。とはいえ、フィリスの光もいつまでもこれほどの輝きを保つことはできない。
だが、ブレイブとイサミさんは全く逃げる素振りを見せない。それどころか、わずかな隙を逃すまいと、素早く剣を構えなおす。これまでの防戦は、逃げるためではなく、攻めるためのものだったのだ。
「風刃斬!」
ブレイブが自身の剣に魔力を込め、斬撃とともに解き放つ。魔剣士である彼は、剣術と魔術の両方を使いこなすだけでなく、それらを組み合わせることができるのだ。風の属性が付与された斬撃は、まとわりついてくるケイブバット達をまとめて引き剥がす。
「剣神の舞!」
ブレイブのおかげで自由になったイサミさんがすかさずスキルを放った。この技は、以前の冒険で砂漠の砂を大きく薙ぎ払った全体技だ。舞のように長剣が振るわれるたび、斬撃がケイブバット達を撃ち落としていく。
形勢は逆転し、瞬く間にケイブバットの群れは駆逐されてしまった。
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